第9話 魔法の力も金次第

「ん? なに言ってんだ?」


 全く予期しない敵の攻撃に、唖然とするカナセ。

 すると、国立男の後ろにあるバリアの壁越しに、何者かが動いているのに気付く。


「おっ? そっちも仲間が居たのか? でも遅かったな。もうすぐ、オレが倒しちゃうから」


 相変わらず余裕のカナセ……だが、状況判断に優れ、目の良いフツシだけは、悪い予感をひしひしと感じ取ったようで、「カナセ君、油断しないで!」と注意を促す。

 その直後。


 ドンッ、ドンッ、ドンッ。


 国立男の背後から、何かが3つ、ドームの中に投げ込まれた。

 足元のそれを見て、国立男がニヤリと笑う。


「ん? なんだそれ?」


 カナセは、まだ事の深刻さに全く気付いていない。

 フツシは目を凝らし、地面に落ちている灰色の物体を注視する。

 そして、その正体に気付いたのか、ハッとなって叫んだ。


「カナセ君! それを使われたらマズいよ! 今すぐ全力で攻撃して、勝負を決めないと……!」

「ん? そんなにヤバいのか?」


 のんきに後ろを振り向いて、フツシに向かって話しかけるカナセ。

 

「ヤバいよヤバいよ、ヤバすぎだよ! あれは〈魔法陣ディスク〉。強力な魔法を封じ込めたアイテムで、国家間の魔法軍事演習でも使われるような代物なんだよ!」

「へー」

「だから、もの凄く高価なんだ! 安いのでも、1枚あたり500万は下らないはず」

「……げーっ! 500万⁉ やべーなそれは‼」


 機能面よりも、ぶっ飛んだ金額に対して衝撃を受けるカナセ。

 何とかしてあれを手に入れる方法はないものか……などと、よこしまな考えすら脳裏をよぎらせていたが……。


「黙れ、貧乏人め! こんなアイテム如きではしゃぐんじゃねぇ」


 国立男は、強烈な嫌み攻撃を放つ。

 カナセは……結構効いていた。

 が、それよりも欲望が上回る。


「……うっ! な、なぁ、ダメ元で聞くけど……それ、1枚くれねーか?」

「……バ、バカかオマエ? 本物のバカだろ? やるわけねーだろが!」


 国立男は心底呆れた表情を浮かべながら、地面に落ちた魔法陣ディスクを拾い上げ、カナセに向かって構える。


「……チッ。ケチ……」


 ぼそっ、と小声で吐き捨てるカナセ。

 国立男はその愚痴も拾い上げ、キレ味の鋭いブーメランにして返す。


「残念だったな。うちの親は引くほど金持ちなんだよ。毎月の小遣いでこれぐらい余裕で買えるぐらいにな……!」


 国立男は両手に持った魔法陣ディスクをこれでもかと見せつけながら、ドヤ顔でイヤらしく笑った。


「クッ……!」

「ハッハッハ! いいぞいいぞ悔しがれ。ホント、親が金持ちって最高だな。誰さんとこみたく、爆発事故を起こして姿を消したりもしないから助かるぜ……!」


 直接的かつ強烈な毒を吐き出す国立男。

 それまでは、おどけた調子で悔しがっていたカナセの顔つきがガラッと変わった。


「その言い草は面白くねえな。全く面白くねぇ……」


 国立男を睨み付けるカナセの左手に真っ赤なオーラ、右手には黄色いオーラが漂い始める。

 本来であれば、一瞬で強烈な魔法を放出し、国立男に大ダメージを与えて瀕死状態にさせるなど造作も無い。

 だが、大きなハンデを背負っている状況に、カナセは歯がゆさを感じずにはいられなかった。

 それでもなお、その両手を覆う強烈なオーラは、対戦相手に恐れを抱かせるには十分であった。


「……さ、さすが腐ってもゼコマ優勝者。だが、これを食らえ!!」


 国立男が魔力を込めると、灰色だった魔法陣ディスクがほのかに赤く光り出す。

 それをカナセに向かって投げつける。

 しかし、みすみすカナセが立ち止まって受けるわけもなく、華麗なサイドステップでかわそうとするの……だが。


「……なに? な、なんだこれは……⁉」


 魔法陣ディスクはカナセの足元、前、左、右の三点に落下すると、赤い光が斜め上に向かって放出され、細長い三角すいが浮かび上がる。

 強烈に赤く光る三角の中に、カナセがすっぽり覆われた。


「それは……捕縛の魔法陣だ! 本当だったらA級の魔敷獣を捕まえるために使うようなものなのに、こんな所で使うなんて!!」


 フツシが、オレンジ色のバリア越しに国立男を睨み付ける。


「希崎君、逃げて‼」


 ユフミが叫ぶ。

 ……が、カナセは言葉を返すこともできないほど、完全に身動きが押さえ込まれていた。


「く……な、なんだこれ……は……」

「思い知れ、力の差を! さあ、ここからじっくり、どう料理してやろうか──」

「先輩! そんな時間無いですって……!」


 国立男の言葉を遮ったのは、彼の背後からディスクを投げ入れた仲間だった。


「……ああ、そうだった。残念だがおしゃべりはこれぐらいにして……おらっ!」


 常に一定の距離を取っていた国立男だったが、両手で光の玉を練りながら、カナセに向かって前進。


「く……くそっ……」


 直接殴れそうなほどの至近距離から、無防備なカナセに光の玉を投げつける。


「うわっ……!」

「おら、おら、おら、おら!」


 国立男は全く躊躇すること無く、次々に光属性の魔法をカナセに浴びせ続けた。


「やだ! もうやめて!!」


 ユフミが悲鳴を上げるが、もちろん国立男はそれで攻撃の手を緩めるなんてことはしなかった。

 20発……いや、30発もの攻撃を食らったカナセ。

 それでも倒れない。


「す、凄いよカナセ君……! そうか。彼の中にある膨大な魔力は魔クセサリーがない事で攻撃に転化できないものの、その代わり防御・スタミナに変換することで、持ちこたえてるんだ! で、でも、さすがにあれほどの至近距離で攻撃を食らい続けたら……」


 フツシの不安がまさに的中。

 魔力のポテンシャルだけで持ちこたえてきたカナセだったが、ついに力なく地面に膝をついてしまった。


「やめて! もうやめてってば!!」


 ユフミの悲痛な叫びがむなしく響く。

 国立男は一切手を緩めようはせず、膝立ち状態のカナセに向かって容赦なく攻撃を浴びせ続ける。

 まさにサンドバッグ状態……いや、天井に吊り下げられていたサンドバッグは紐が切れて地面に落ち、穴があいて砂が漏れているほどボロボロだ。

 意識も遠くなり、いよいよ瀕死状態に陥る……寸前。


「希崎カナセ! 顔を上げなさい」


 どこからともなく、ユフミとは全く違う女性の声がした。

 地面に突っ伏しそうになっていたカナセは、最後の力を振り絞って右手を地面に突き、なんとか堪えると、声がした左の方へ顔を向けた。

 オレンジ色のバリア越しに、誰かのシルエットが見える。

 怒濤の攻撃を受け続け、朦朧としているため視界がはっきりしない。

 シルエットの腕が動くと、何かがカナセに向かって飛んでくる。

 反射的に左手を上げてキャッチ。

 それは……。


「ブレスレット……? もしかして……!」

「オマエそれ……なんなんだアイツは──」


 言い終えるよりも早く、国立男の体は思いきり吹き飛んだ。

 その近くには、魔法陣ディスクも転がっている。


「うおぉぉ! 久しぶりの全力パワー!」


 さっきまでの様子がウソのように、カナセは両足で強く地面を踏みしめ、真っ直ぐ立っている。

 その体は黄色のオーラをまとっていた。


「え……えーっ⁉ 希崎君、なに今の? ねえ、フツシ君、どうなってるの⁉」


 ユフミはカナセが復活したことを喜び、興奮しながら隣のフツシの肩をバシバシと叩き続けた。


「イテテテテ……。って、ほら見て。カナセ君の左手首! ブレスレット! あれ、きっと魔クセサリーなんだよ!」

 

 前に向かって真っ直ぐ突き出すカナセの左腕に、金色のブレスレットがキラリと輝いている。

 表面には複雑な模様が描かれており、それがとてつもない代物であることは明らかだった。


「ぐ……ぐぐ……魔法陣ディスクで動きを封じてたはずなのに……な、なぜ……」


 地面に腹ばい状態の国立男が、残り僅かな力を振り絞るようにして顔を上げ、カナセを見上げる。


「まっ、オレが全力を出せばこんなもんよ! へっへっへ!」


 カナセは満面の笑みを浮かべ、さあ来い、とばかりに両手を構えた。


「くそ……が……」


 国立男は最後に悔しさを吐き捨てながら、とうとう力尽きて顔を地面に落としてしまった。

 バトルゾーンの端末が、機械の声で『瀕死状態を確認。勝負終了』と言うと、オレンジ色のバリアがスーッと消えた。

 真っ白だった端末が、虹色に輝いている。

 カナセにとって生まれて初めてのバトルゾーン戦を、見事大逆転勝利で飾った。

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