第8話 フリーマジックバトルゾーン
「さあ、さっさと始めようか」
薄暗い橋の下。
国立男が、地面から伸びる白い円柱型のポールの近くに立って待ち受けていた。
「あれは……なんだ?」
知らないことだらけの魔法バカが、フツシに向かって問いかける。
「FMBZの起動端末だよ。魔法と科学が融合したコンピューター。対戦人数や勝利条件、バトルルールなんかを設定したり、近隣を守るためのバリア展開もあの装置がやってくれるんだ」
「あー、それな。うんうん、よく分かった」
「希崎君、ホントかなぁ……?」
カナセの顔を横目にジロッと見つめるユフミ。
「そ、そんじゃ、ちょっくら行ってくらぁ!」
とぼけた表情を浮かべながら、カナセは国立男の方へと歩み寄る。
「おい、キザキ、ルールはどうするか? 対戦方式はタイマン、勝利条件は瀕死、アイテムサポートは有りで──」
「ああ、いいよいいよ! 何でも良いから早く始めようぜ!」
バトルゾーンのバの字も知らなかったカナセは、とにかくボロが出る前にと国立男を急かす。
「オッケー」
国立男は慣れた手つきで端末を操作し、【バトル開始】ボタンを押した。
すると、端末を中心にオレンジ色の光が拡散し、橋の下全体を包み込む。
それはドーム型の魔法式バリアで、バトルが終了するまで人間も動物も中に入ることはできない。
ユフミとフツシとホノッポは、バリアのすぐ外側から、ドームの中で身構えるカナセを心配そうな表情で見守っていた。
「希崎君、がんば!」
「カナセ君ならできる!」
「にゃーん!」
仲間からの声援に、カナセは「おう、任せとけ」と返す……が、表情は硬い。
「ああ、たまんねーなぁ。仲間の前で、ボロクソにやられる現ゼコマ優勝者。ちなみに俺、高校の時ゼコマ出たけど地区予選で負けてるんだわ。死ぬほど悔しかったよ。それから死ぬほど魔法を磨き続けて、国立魔法専門学校に入って、毎日ハイレベルな魔法訓練を受け続けてるのに、成績は最下位。やべぇよな。この世界、上には上が居まくるってことだ。屈辱の日々だよ。そんな時、弟が町中でボロボロにやられたってな。相手はゼコマ優勝者。しかも、魔クセサリーを売り払って実力が大幅ダウンしてるんだってな?」
国立男は両手で光の玉を練りながら、カナセに向かってイヤらしく笑った。
「なんでそれを……⁉」
「ハハッ。色々と使える仲間を持ってるのは、オマエだけじゃないってね。さあ、御託を並べるのはここまでだ。一気にカタを付けてやる! 食らえ!!」
国立男が両手で練っていた光の玉が加速度的に肥大化し、自分の体よりも大きくなったところでカナセ目がけて投げつけた。
「おっと、いきなりかよ! これはやべぇ……って、うそうそ! この魔法はさっき受けて分かってんだ。まあ、ビリッとするぐらいで、そんなに大したこと──ぐはっ!」
調子に乗って国立男の光魔法を真正面から受けたカナセは、悲鳴を上げながらその場に倒れてしまった。
「希崎君っ! 大丈夫!?」
バトルゾーンのドームの外からエールを送っていたユフミが声をうわずらせる。
とっさに、ドームの中に入ろうとするが、オレンジ色のバリアに阻まれて指一本通すことはできなかった。
「ユフミちゃん気をつけて。バトルが始まったら、ルールに反するモノは何があっても入ることができないんだから!」
「う、うん……ありがとう、矢島君。知ってたけど、思わず……」
ユフミはバリアに両手をつき、倒れたカナセを不安げな眼差しで見つめた。
「おいおい、一発で終わりか? つまんねーの。勘弁してくれよ。そんなんじゃ、本当にゼコマ優勝者かどうかあやしい──」
ヒュンッ!
鋭利な音が、国立男の顔をかすめる。
「チッ、やりやがったな」
舌打ちをする国立男の頬を、一筋の赤い鮮血が流れた。
が、傷口は一瞬で塞がる。
魔法で負った傷は、魔法で治す。
そのために白魔法・回復魔法というものが存在しているのだが、魔力の扱いに長けた者であれば、それらの魔法を使わずとも、魔力のコントロールだけでかすり傷などは修復することが出来る。
「おっ、今のかわすんだ? さすが国立、おもしれぇ!」
地面に突っ伏したまま、指先を伸ばして水魔法を放ったカナセは、笑いながらスクッと立ち上がった。
「それでこそ、ゼコマ優勝者だ……なっ!」
再び、光の玉を放つ国立男。
だが、その大きさは第一撃よりも小さく、動きも遅い。
「へへっ、それじゃ、こっちは……こうだ!」
強い相手とのバトルを心底楽しんでるように笑いながら、カナセが放ったのは円盤状の黒い魔法。
それをフライングディスクを扱うように手首のスナップを効かせながら投げると、回転しながら弧を描くようにして、光の玉の横っ腹に直撃。
すると、まるで居合い斬りの達人が巻き
黒い円盤はそのまま勢いが衰えることなく、オレンジのバリアに当たってようやく消滅。
「闇魔法だと……? オマエ、どれだけ属性使えるんだ……⁉」
これまでずっと余裕の表情を浮かべていた国立男の顔に、初めて焦りの色が見えた。
「さあね、そんなの数えたことねーし。っていうか、そっちは光の魔法だけなんか?」
カナセは決して悪気を持って言ったわけでは無いのだが、国立男の心には深く刺さったようで、苦虫を噛みつぶしたように表情ががらりと変わった。
「うるせぇ! 普通は……くそっ!」
国立男は言い淀み、怒りを吐き捨てた。
恐らく、言いたかった言葉は「普通は使える属性なんてひとつかふたつなんだよ」だろう。
確かにその通りで、ニーセスでも無い普通の人間であれば、魔法が使えるだけでも異質。
その中でも、使える属性はほとんどの場合ひとつのみ。
才能のある人間でもふたつ。
ゼコマで地区予選を勝ち抜けるような天才・秀才であっても精々三つか四つ。
自分でもどれだけの属性が使えるのか分からない、なんてことは、もはや異次元レベル。
カナセが三十年に一度の天才と言われる所以のひとつであった。
「オマエ……魔クセサリーがなければ、実力の1%も使えないんだろ……」
「あー、だったら、オレの1%より、そっちの全力のが弱いってことかもな」
カナセは、ヘヘッ、と無邪気に笑った。
これまた悪気は無いのだろうが、今回ばかりはユフミやフツシたちが聞いても、さすがに嫌みったらしいんじゃないか……というほどで、国立男は苦虫どころか、鉄球でもかみ砕けそうなほど、奥歯を強く噛みしめて怒りに打ち震えていた。
そして、なぜか背後に目配せしながら、「おい、今だ!」と叫んだ。
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