第7話 国立生

「ヤバッ、みんな伏せろ!!」


 カナセは叫びながら仲間たちを守るように大きく足を広げて立ち塞がり、手のひらで水魔法を練り始める。

 だが、光の玉はもうすぐ目の前。 


「カナセ君、相手は川の向こうなんだから、ここはまず逃げることに専念した方がいいんじゃ──」

「おう、アドバイスありがとな、フツシ。でも大丈夫。あんな玉ぐらい、オレの魔法でちょちょいの……うわっ!」


 それまで一定の速度を保っていた光の玉が突然加速。

 その直撃を受けたカナセの体は、土手の上に向かって思いきり吹き飛ばされた。


「希崎君!」

「カナセ君!」

「にゃーん!」


 ユフミたちは追撃を恐れることなく、土手を駆け上っていった。


「……くぅ、イテテテテ。いきなり速くなるとか、ずっりーなおい!」


 土手の上に作られたアスファルトの道。

 カナセは、魔法攻撃によりさらにボロボロ度が増したパーカーを両手ではたきながら、ゆっくり立ち上がる。


「希崎君、大丈夫!?」


 不安に満ちた表情でカナセに駆け寄るユフミ。

 フツシとホノッポも背後を気にしながら合流する。


「心配すんなって、オレがやられるわけないだろ? それより、このパーカーしかねーっつーのになんてことしやがるんだ、ったく! どこのどいつだ!?」


 カナセが怒りに満ちた表情で、異戸川の対岸方面に目を向けた途端。


「どうも、天才魔法使い君」


 全員、川の方を向いてるその背後から男の声。

 一番早く反応して振り向くカナセの目に飛び込んできたのは……見知らぬ男。


「やあ、初めまして」


 サラサラの短髪ヘア、Tシャツにジャケット姿という、いたって爽やかな、どこにでも居そうな好青年。

 だが、その声色は氷のように冷淡で、ただ者ではない雰囲気を醸し出している。


「もしかして……さっきの魔法……」


 野生の勘、もしくは魔力により研ぎ澄まされた感覚ゆえか。

 カナセはとっさに、そう感じていた。


「えっ、でも、川の向こうに居たはずなのに……」


 ユフミの意見はとても真っ当であるが、それはあくまでも常人レベルに限る。


「いや、そうとも言い切れないよ。魔法の力を使えば、短時間でこの距離を移動する方法は色々考えられるし、そもそも、敵が一人とは限らないし……!」


 魔略士志望のフツシの言葉を聞き、謎の青年は張りついたような笑顔を浮かべ、パチパチパチと手を叩いた。


「なかなか素晴らしい仲間を持ってるようだね。さすが、ゼコマ優勝者」

「……チッ! なんなんだよもったいぶりやがって、何者なんだ⁉」


 カナセが苛立っているのは、決してその男の言動に対してだけではなかった。

 武道の達人が一目で相手の力量を測れるように、優れた魔法使いは、強い魔法使いを察することが出来る。

 カナセがそれを明確に意識している訳では無かったが、肌にピリピリと感じるイヤな感覚を、直感的に脅威であると感じていた。


「心外だなぁ。実に心外だよ。僕だけがキミのことを知ってるなんて。まっ、兄弟にしては、あまり似てるとは言われないけれども」


 謎の男は両手にポケットを突っ込み、憮然とした表情でカナセたちを睨んだ。


「……おい、アイツ知ってるか? ユフミ、ここが地元なんだよな?」


 カナセが小声で聞く。


「うーん、知らないなぁ……フツシ君は?」

「えっ? それこそ、僕なんて東氷に知り合いなんて……ん? ちょっと待って」


 フツシは何かに気付いたように、目を細めて謎の男を注視する。


「おっ、なんか分かったのか?」

「うん。ほら、彼の右目にホクロがあるでしょ? さっき僕がカツアゲされてたあのチャラい男も、似たような場所にそのホクロが……」

「えっ? ってことは、アイツの兄弟ってことか? って、フツシ、視力やばくね?」

「そ、そうかなぁ? 僕って魔法も体動かすのも苦手だから、せめて人より色々なものを観察しようって思ってるだけなんだけど……」


 てへへ、と照れるフツシ。


「凄いじゃん! それこそ、魔略士にぴったりの才能だ!」

「にゃーん!」

「あ、ありがとう、ユフミちゃん、それにホノッポも。なんか、ちょっぴり自信が湧いて──」

「おい! なに勝手に盛り上がってるんだ、ごらっ! 殺すぞ⁉」


 終始冷静だった青年が、ついに本性を露わにした。


「ああ、間違いねぇ。アイツの兄貴だな」


 フッ、と笑うカナセ。

 しかし、その表情に余裕の色は無い。

 公園で対峙した弟のチャラ男とは比べものにならないほど、目の前の男は強い魔法のオーラを漂わせていた。

 ただ、それでもゼコマ優勝者たるカナセが恐れるほどでは無いはずなのだが、魔クセサリーを失ったことによる大幅な魔力減少の影響を、無意識レベルで感じ始めていた。


「たしかに出来損ないのバカな弟だが、俺にとっては大切な可愛い兄弟。魔法でいたぶられて、放っておくわけにはいかないんだよ。しかも、相手はゼコマ優勝者ときたもんだ。国立魔法専門学校で鍛えた技を試す絶好のチャンス、ってね」

「えっ……? こ、国立⁉」

「ひぃ……! や、や、やばっ……!」


 男が発したその言葉を聞いた途端、ユフミとフツシの目の色が変わった。

 それを見て、チャラ男の兄貴はニヤニヤと嬉しそうに笑う。


「フフッ、そう言えば、キミたちは区立に入る予定なんだってね。俺としたことが、大人げない。国立に比べたら区立なんてゴミも同然。ゴミのしたことに対して本気で怒るなんて我ながら恥ずかしいよ。うんうん。それじゃ、土下座でもして貰おうか? たったそれだけで、すべて許してあげるよ。ゴミなんだから、それぐらい簡単だろ?」


 ハッハッハッハ、と国立男は高笑い。

 カナセの頭から、ブチッと何かが切れる音が鳴る。


「面白くねぇ! その言い草はクソほど面白くねぇぞ! 国立とやらで鍛えた技を試したいんだろ? やってやろうじゃねーか!!」


 カナセは右手から炎の玉を出し、怒りの大きさに比例するようにどんどん大きくなっていく。


「フフッ、そう来なくっちゃね。ただ、ここで戦うと警察がうるさいんだな。ほら、あそこ」


 国立男が指さしたのは、異戸川に架かる橋の下。

 川辺の砂利道に、白い筒状のポールが立っている。


「ちょっと狭いが、一応FMBZだ。そこで思う存分戦おうじゃないか。さあ、付いて来い」


 そう言って、国立男は背中を向け、静かに土手を降りていった。


「ああ、望むところだ! ……って、なんだっけそれ?」

「フリーマジックバトルゾーンだよ! さっき言ってたやつ!」

「そうそう! 市民の魔法能力向上という名目で、魔法庁が各地に設置してるやつ! 自動的にバリアが展開されるから、建物や関係無い人への被害を気にせず、思いきり戦える場所!」

「にゃーん!」

「ああ、それな。面白いじゃねーか! やってやるぜ!」


 妙な所で仲間のありがたみを実感しながら、カナセは飛び跳ねるように大股で勢いよく、土手を駆け下りていった。

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