第6話 それぞれの夢、それぞれの目的

 出会ってまだ一時間足らずでありながら、加速度的に仲を深める三人と一匹。

 当然、お互いについて知らない事だらけというわけで、改めて自己紹介することにした。


「オレは希崎カナセ。異葉県生まれ異葉県育ちの18歳。小さい頃からやたら魔法が上手くて、気がついたらゼコマで優勝しちゃってた……って、感じ?」

「ふふっ、さすがだね!」

「へへっ、まーな」


 カナセは、ユフミの絶妙な合いの手に少し照れつつ続けた。


「で、優勝したその日に親父の職場がドカンと大爆発。その全責任が親父にあるつって、多額の賠償金を背負わされた上に、どこかに消えちまった。そんで、めちゃくちゃ貧乏になって、魔クセサリーを売っちまった結果、オレの魔力もガタ落ちってわけだ」


 自虐的に笑うカナセ。

 しかし、その目は生き生きと輝いている。


「でも、意外とイヤじゃないんだよな、弱くなった自分。なんつーか……みんなと近くなった、的な?」

「ふふっ、それってちょっと失礼じゃないかしら? ねえ、フツシ君」

「うん。ちょっと偉そう……かな? ははっ」

「だな!」


 自分から言いだしておきながら、誰よりも楽しそうに笑うカナセ。


「でもまあ、強い魔法が使えてる時より面白い、ってのは事実なんだよな。その上、トントン拍子でこんないいダチに出会えたわけだし……な」


 カナセはキザなセリフを吐きながら、目を細めて綺麗な青空を見上げた。


「それはそう……かもね。まっ、もしかしたら、私はとんでもない悪女かも知れないけど?」

「うん。僕だって、とんでもないワルかも知れないし……プッ」


 思わず吹き出すフツシ。

 つられてユフミも楽しそうに笑う。


「まっ、それならそれで余計面白いってもんよ! ぶっちゃけ、中学も高校も全然楽しく無かったから、憧れてるんだよな、青春ってやつに。それがオレの夢……かもな」

「うんうん。私は、中学高校そこそこ楽しかったけど、超平凡な生活しか送ってこなかったし、希崎君と一緒に青春してみたい!」

「僕は……東氷着いて早々カツアゲされたので分かって貰えると思うけど、イジられやすい体質っていうか、まあ、正直結構キツいこともあったんだよねぇ~。だから、まさか僕らの代で日本一の魔法使いと出会えるばかりか、こうして友達になれるなんて夢みたいだよ」

「おうよ。不届き者はこのオレが全力で蹴散らしてやるから安心しろ!」


 カナセは、右手でドスンッと思いきり胸を叩いて見せた。


「私も……弱々だけど、守ってあげる!」

「にゃーん!」

「ううう、みんなありがとう……」


 涙ぐむフツシの肩を、カナセが優しくポンポンと叩いた。


「ってことで、オレの自己紹介は終わり。次は──」

「あっ、ちょっと待って。希崎君に質問!」

「ん? なんだ?」

「どこまで踏み込んで良いのかどうか迷っちゃうんだけど……」

「あー、気にすんなよ。残念ながら、オレって繊細な心の持ち主じゃねーから」


 そう言って、カナセは手のひらから出した魔法の氷と炎を器用にこねくり回し、さながら粘土のように形を整え、「ほらこれ」とユフミに手渡した。


「……わっ、凄い! 氷のマイクだ!」

「へへっ、んじゃ、インタビュアーさん、質問どーぞ」

「うん! じゃあ希崎君に質問です。事故がきっかけで、ご両親の行方が分からなくなってしまったとのことですが、寂しくはないんですか……?」


 ユフミは冷たいマイクをたまに右手と左手で持ち替えながら、どこぞの記者になりきったように、カナセに質問を投げかけた。


「おう、そう来たか。そうだなぁ……まず、オレの魔法能力は間違いなく親父譲りって感じなんだよな。つまり、魔法の腕は間違いないってこと」

「ほうほう」

「母ちゃんも魔法は使えるけど、どっちかっつーと肉体派っていうか、これ本人に言うと怒られるんだけど、うちの家族で魔法無しで戦ったら、間違いなく母ちゃんが勝つ……ってオレは確信してる」

「へえ、そーなんだ! 頼もしいお母さんだね、憧れちゃうなぁ~」

「いや、ただ怖いだけっていう噂もあるけどな」

「もう! そんなこと言ったら怒られちゃうよ? ほら、実はその辺にいたりして……」

「うわっ、マジかよ!?」


 わざとらしくおどけて見せるカナセ。

 ユフミとの絶妙に息の合った掛け合いを見て、フツシとホノッポも楽しそうに「あはは」「にゃぁにゃぁ」と笑っている。


「って、冗談はこれぐらいにしてだな。不安かどうか、って質問だったら、迷わず不安じゃないって言えるな。奴らは生命力が半端ないから! 寂しいかどうかは……どうだろ、ちょっとわかんねーな。まあ、何が起きてるのか全然見えなさ過ぎるのがとにかく面白く無いから、それを突き止めたいって気持ちはあるけどね。はい、以上!」

「……うん、お答え頂きありがとうございます! マイクも溶けてきちゃったし!」


 手の熱で、もはやただの棒と化した氷のマイクを見ながら、ユフミは爽やかに笑った。

 カナセとしては、ユフミの質問は最初の宣言通り確かに踏み込んだ内容で、若干焦ったりもしたが、あまり表に出すことのなかった本心を口にしたことで、どこか清々しい気分になっているのもまた事実だった。


「そんじゃ、次はフツシ!」

「う、うん」

「ほら、これあげる!」


 ユフミは、”ただの氷棒”をフツシに手渡した。


「あ、どうも、ははっ……って、自己紹介。矢島フツシ、偶魔ぐうま県生まれ偶魔県育ちの18歳。中学高校はどちらも普通科で、どうしても〈魔略士まりゃくし〉になりたくて、無謀にも魔法大学を受験するも不合格。で、結果的に異戸川区立魔法専門学校に行くことが決まって、ここだけの話ずっと悔しさはあったけど、今は本当にそれで良かったと思ってる! なぜなら、素敵な同級生と出会えることができたから! ……とか言っちゃって」


 フツシは、照れくさそうに顔をくしゃっとさせた。

 ユフミが「えへへ、どういたしまして」とはにかんでいるすぐ横で、カナセは釈然としない表情。


「オレから質問。その……マリャクシ? だっけ? って、なんなんだ?」

「えっ、知らないんだ? って、そっか。カナセ君ほどの魔力があれば、魔略士なんて選択肢ゼロだもんね。正式名称は〈魔法戦略士〉。つまり、魔法による攻撃の勝率を出来る限り上げるために、どう攻めれば良いか、どんな魔法を使えば良いか……みたいな戦略を練るっていう職業かな」

「なるほどね……って、全然分からん! もっと簡単に言ってくれ!」

「……あっ、まさにそれ! それだよカナセ君!」

「ん? それ……ってどれ?」

「ほら、カナセ君ってゼコマで優勝できちゃうぐらい魔法の天才なのに、それ以外のことはちょっと弱かったりするよね? 勉強とか、難しい言葉とか」

「だな。改めて言われるとこっぱずかしいけど、事実だわ。なにか覚えたり、計算したりするのめっちゃ苦手だしな」

「それって、実は科学的に証明されてるんだ」


 急に、フツシの顔つきが変わった。

 それまでずっと柔らかかった表情が、シュッと引き締まり、頼もしさすら漂わせている。


「誰もが知ってるように、この世界の人間は〈ニーセス〉と〈ノーマル〉のふたつに分けられる。この世界に魔法をもたらした始祖魔法使いニーセの血を引くのが〈ニーセス〉、それ以外の生粋の人間が〈ノーマル〉。ニーセスが魔法を使えるのは、その血のおかげと考えればごく自然だけど、時代が流れるにつれ、ノーマルの中にも魔法が使える者が出てくるようになる。それはなぜかというと……って僕、ちょっと話長くなりすぎてる? 悪いクセが出ちゃってるかも──」

「ううん、私は大丈夫だよ! っていうか、むしろ面白くて聞き入っちゃってたぐらい」


 その言葉どおり、ユフミの目は好奇心でキラキラと輝いている。

 カナセとホノッポも同様。


「ああ、望むところだぜ! 学校の先生が喋ってたら眠くて寝ちゃってるとこだけど、フツシは声が良いのかなんなのか、スッと耳に入ってくるんだよな。ってことで、早く続きくれ!」

「にゃーん!」

「ははっ、みんなありがとう。じゃあ、授業を再開しまーす。えっと、魔法使いの血を受け継いでいないノーマルの人間がなぜ魔法を使えるようになったのか? それは、大気中の魔法粒子が体内に取り込まれ、長い年月をかけて魔力を身につけていったから。つまり、ニーセスたちが使う魔法の影響で、普通の人々の中にも徐々に魔法が使える人間が増えていった……というわけ。いや、人間だけじゃなく、それこそ魔敷獣なんかもそうだし」

「にゃーん」

「植物の多くも魔法の影響を受けて、様々な変異や進化を遂げた。で、本題に戻るよ。ノーマルが魔法を使えるようになったということイコール新たな能力が追加された……というよりは、元々備わっている能力の一部が置き換わった、というほうが正しい。つまり、魔法が使えるのと引き換えに、少しだけ別の能力が劣ってしまう、ということ。それは人によって多少の違いがあるものの、〈計画性〉〈長期記憶〉〈論理的思考力〉〈連携力〉なんかが少し苦手になるケースが多いみたい」

「ああ、たしかに」


 カナセは、心当たりの多さに大きく頷いた。


「予定立てるのとかめちゃくちゃ苦手だし、魔法の授業で作戦考える役目を任された時なんか酷かったな。最前線で戦わせてくれたら絶対負けねーのに! って」

「そう、まさにそれだよカナセ君! 適材適所。カナセ君のような魔法の天才は戦う事に集中した方が絶対に良い。ただ、相手が強大で、なおかつ強い連携を備えている場合、単純な魔法能力だけではどうしても勝てない場合もある。だから、実戦において魔法使いの隣には〈魔略士〉を付けるのが定石となっている。魔法の知識が豊富で、戦略性に長け、魔法使いのバトルを後方から支援する重要な職業。残念ながら、僕には魔法の才能がない。でも、沢山勉強して、魔法や科学の知識、戦いのノウハウを沢山蓄積して、最高の魔略士になることは出来るはずなんだ!!」


 フツシは、バッと勢いよく立ち上がり、両手を天高く突き上げた。

 ……が、恥ずかしくなったのか、顔を赤らめながらすぐにまた腰を下ろす。


「へへへ、テンション上がっちゃった。っていうか、長々と話しちゃってごめん」

「ううん、謝る必要なんてこれっぽっちもないよ! フツシ君の説明、すごく分かりやすかったし、めっちゃ勉強してるの尊敬するし、私は心から応援してる! っていうか、絶対なれると思うよ、最高のマリャクシに!」

「あ……ありがとう! ううう」


 ユフミから賞賛を受け、本気で涙ぐむフツシ。


「そうだな。オレがずっと学科のテストやばかった謎が解けたわ」


 大げさに頷きまくるカナセを見て、ユフミやフツシ、それにホノッポまでプッと吹き出した。

 

「つっても、実戦で自分の力だけで勝てない……ってのは、まだピンとこないけどな。でも、知らないことを知れるのは面白い。だから色々教えてくれ! 頼むぜ、フツシ先生」

「うん! 任せて! ……って、僕も絶賛勉強中なんだけどね。と言うわけで、自己紹介が長くなって失礼しました。それじゃ、次はユフミちゃんの番!」

「はーい! 浅川ユフミ、東氷都異戸川区生まれ、異戸川区育ちの18歳。小中高と普通科で魔法の経験はゼロ。家が炒飯屋さんをやってるんだけど、”火炎魔法で炒めた絶品炒飯”っていうのが売りで、パパのお手伝いをするのが小さい頃からの夢だったの。手のひらから格好良く火の魔法を出して、パパの炒飯を香ばしくするんだ! って。だから、イドマホに入って、頑張って火属性魔法を覚えて──」


 グーッ。

 グーッ。

 グーッ。


 腹の虫、三連発。

 その主はもちろん、カナセ、フツシ、ホノッポである。


「ユフミんちって炒飯屋だったのか? くぅ~、腹減ったぜぇ~!!」

「じ、実は、東氷に着いてずっと緊張しっぱなしで忘れてたけど、朝から何も食べてないんだよね……。そこへきて、ユフミちゃんの話はヤバすぎる……!」

「にゃ……にゃーん……!」

「ふふっ、みんな腹減りじゃん! それじゃ、うちに来る? パパの美味しい炒飯でも食べながら、ゆっくり続きを──」

「よっしゃー!」

「やったー!」

「にゃーん!」


 欲望と歓喜が爆発したその時。

 異戸川の対岸から、光の玉がカナセたち目がけて飛んできた。

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