第4話 運命の出会いは魔法

 けたたましいサイレンの音が、どんどん大きくなってくる。


「ヤバい、近所の人が通報したのかも⁉」


 ユフミが不安そうな表情を浮かべながら、カナセたちの元へと駆け寄ってきた。


「うん。間違いないね。カナセ君のとは違って、あの松尾っていう都立生の魔法はこれ見よがしに轟音出してたから! ……って、どうも初めまして、ぼ、僕は矢島フツシです!」


 フツシは緊張の面持ちで、ユフミに向かってぺこりと頭を下げた。


「ふふっ、知ってる! さっき聞いたもん! 私は浅川ユフミ、よろしくね!」

「あっ、そ、そうだっけ、あはは……って、ヤバい、もうすぐそこまで来てるっぽい!」


 フツシの声がかき消されるほど、パトカーのサイレンが大きくなっていた。


「とりあえず、早いとこずらかろうぜ!」


 完全に“悪者”のセリフだが、それも含めてカナセはこの状況を楽しんでいた。

 

「うん、逃げよっ!」

「う、うん!」

「にゃぁ~」


 こうして、カナセたち一味は公園を後にした。

 その直後、一台のパトカーが到着。

〈魔法課〉と書かれた制服姿の警官が降りてきたが、そこにはもう誰の姿も残っていなかった。




 カナセたちは、とりあえず異戸川沿いの河原に移動し、逃走で乱れた息を整えるべく、横並びで土手に座った。

 と言っても、ハァハァと息を漏らすユフミやフツシと違い、カナセだけは一切疲れた様子もなく、すまし顔で川の流れを見据えていた。


「さすがカナセ君、ゼコマ優勝者は半端ないね! さっきの水魔法凄かったなぁ~。属性特効が加算される川近くってことを踏まえても、十代であれだけの魔法を使えるとか、やっぱりモノが違う! いいなぁ~、憧れちゃうなぁ~、ゲッホゲッホ!」


 カナセへの賞賛が喉に詰まり、咳き込むフツシ。


「ホントだよねっ! あれで、まだまだ全力が出し切れないとか信じられないよ!」


 ユフミからも賛辞を貰い、ニヒヒとご満悦のカナセ。


「……えっ? ちょっと待って。全力出せないって……どういうこと?」

「うん、私もさっきちょろっと希崎君から聞いただけなんだけど……」


 ユフミは、チラッとカナセの方を見た。


「ああ、うちの親父がどえらい借金作っちまってな。家が無くなって、洋服も何もかも無くなって、ついでに魔力もごっそり無くなっちまったってわけ。笑えねぇ笑えねぇ」


 と言いつつ、カナセは窮地すらも楽しんでるかのように、ニヤニヤと笑みを浮かべた。


「うーん……それってもしかして、魔クセサリーが無くなったから……ってこと?」

「マクセ……サリー? なんだそれ?」

「えっ? カナセ君知らないの? っていうか、ゼコマ決勝の時、ちゃんと装備してたよね。手首に」

「ああ、ブレスレットか。結構気に入ってたのに、あれも売り払っちまったんだよなぁ~。手首が寂しいぜ、まったく」


 カナセは左手で何も着けていない右手首をさすりながら、遠い目で空を見上げた。


「はい、はーい!」


 突然、ユフミが元気よく手を挙げた。


「私、ブレスレット持ってるよ! 誕生日に友達の女の子から貰ったやつ。それさえあれば希崎君、魔法で全力出せるんだよね⁇」

「おお、サンキュー! って、それ良いのか⁇」


 カナセはユフミの厚意に感謝しつつ、チラッとフツシの方を見た。

 案の定、フツシは首を横に振る。


「魔クセサリーっていうのは、もの凄く高価なものなんだよ。ユフミちゃんのお友達がどんなにセレブだとしても、十代の女の子が友達にプレゼント出来るようなものじゃないし、そもそも普通のアクセサリーとは全く違う代物だから」

「へえ、そうなんだ。しょぼん」


 ガクッと肩を落とすユフミ。

 白猫が「にゃあにゃあ」と鳴きながら、まるで慰めているかのように、ユフミの太ももに顔をスリスリさせる。


「アクセサリーが基本的にファッションとして身につけるのに対し、魔クセサリーは魔力を解放するためのアイテム。しかも、始祖魔法使いの血を受け継いでない人、つまり〈ノーマル〉のために開発されたもので、そもそもなんで〈ノーマル〉が魔法使いの血を受け継いでないのに魔法が使えるようになったかというと──」

「ちょーっと待った。フツシ、説明してくれるのはありがてーんだけど、なんでそんなに詳しいんだ? いや、マジでありがてーんだけどさ」

「あっ、ごめん! 僕、魔法マニアっていうかなんというか、こういう話が大好きで、ついつい乗ってきちゃって……」


 フツシは、恥ずかしそうにポリポリと手で頭をかいた。


「そっか! オレ、中学からずっと魔法系に通ってたけど、実践以外の授業はほとんど寝てたからなぁ~。正直なんも知らねーから、なんつーか……色々教えてくれるとありがてぇわ」


 カナセも、妙に照れながらポリポリと頭をかいた。


「私も、小さい頃から魔法を使いたいって思ってたわりに、ずっと普通科だったし、自主的に魔法の勉強しようとしても要領悪くて全然ダメダメなんだよねぇ~」


 ユフミもポリポリ。


「にゃあ!」


 なぜか白猫は自信ありげな表情を浮かべながら、それでもやっぱり後ろ足で首筋をポリポリ。


「ハハッ、面白いメンツが揃ったじゃねーか! ってことで、改めてこれからよろしくな!」


 カナセはニカッと笑いながら、右手を前に伸ばした。


「うん! 運命的な出会い、って言ったら大げさかもだけど、なんかすごく良い友達に出会えた気がする! よろしくね!」


 ユフミもニコッと笑いながら、カナセの手に自分の右手を重ねる。


「僕も、生まれて初めての東氷でドキドキしまくりだったし、いきなりカツアゲされてどうなることかと思ったけど、まさかこんな出会いが待ってるなんて思いもよらなかった! 助けてくれてありがとう! これからよろしく!」


 フツシは少し恥ずかしそうに、白くて柔らかいユフミの手に自分の手を重ねた。


「にゃあ、にゃあ……にゃーん!」


 さも当たり前のように、白猫が自分の手……というか、自分の体ごとフツシの手の上に乗っかった。


「ちょ、ちょっと、ニャンコちゃんさすがにそれは重い……って、えーっ!?」

「ん? どうしたフツシ?」

「待って待って……このニャンコちゃん、よく見たら……魔敷猫ましきねこでしょ!? ヒーッ!!」


 突然、悲鳴を上げるフツシ。

 白猫は、揺れるその手の上で絶妙にバランスを取りながら、すまし顔でペロペロと毛繕いをしていた。

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