第3話 魔法でカツアゲ、ダメ絶対
カナセとユフミが爆音のした方へ走っている途中、さらに二度、軽めの爆音が鳴り響いた。
それを頼りに進んでいくと、高い木に四方を囲まれた公園にたどり着く。
緑の芝生がまばらに生えた広場の中央に、ラフな格好をした少年4人組の姿が見えた。
「なんだ、アイツらが魔法で遊んでただけか」
がっかりした表情で肩を落とすカナセ。
「でも、ここってFMBZじゃないよね。あんな音がするような強い魔法を使っちゃいけないはずだけど……」
小首を傾げるユフミ……のすぐ横で、カナセも首を捻る。
「エフエムビーゼット? なにそれ?」
「えっ? 希崎君知らないの? フリーマジックバトルゾーン」
「知らん」
「……あっ、そうか。異葉県から来たんだっけ。魔法禁止区域が無いんだよね、たしか」
と、その時。
今度はふたりの目の前で、ドゴォォォォンと轟音が鳴った。
すると、四人組の内、1番地味な格好をしている少年が「うわっ!」と悲鳴を上げ、地面に倒れ込んでしまった。
「やばっ、助けに行ってくる!」
迷わず公園の中へと足を踏み入れるカナセ。
「ま、待って……!」
恐る恐るカナセの背中を追いかけるユフミ。
「にゃ~ん」
白猫は、真打ち登場といった堂々とした表情で、最後尾からゆっくり公園の中へと入っていった。
「さっさと出せって言ってんだよ!」
背の高い茶髪ロン毛のチャラい男が、右手で魔法の火の玉を練りながら叫ぶ。
見下ろす視線の先には、地面にひざまずき、両手で大きなリュックを大事そうに抱えている少年。
そのすぐ近くに、土が丸くえぐれている場所が三つあった。
「松尾さんが本気だしたらマジやべぇぞ!」
「そうだそうだ! 死ぬぞ、オマエ死ぬぞ!!」
松尾と呼ばれる茶髪ロン毛チャラ男の両脇に立っている、背の低い短髪ロン毛チャラ男と、さらに背の低い赤毛チャラ男が、追い打ちをかけるようにまくし立てる。
リュックを抱えた純朴そうな少年は、
「ごめんなさい、ごめんなさい……でも……これは渡せません!!」
と、半泣き状態ながら、意思のこもった目で3人を見上げた。
「チッ、無駄に抵抗しやがって! 今度こそ直接攻撃してやる。覚悟はいいな?」
松尾が火の玉を握りしめた右手を高々と掲げたその時。
「ちょっと待て! なんだか楽しそうなことしてんなおい」
四人の前に、颯爽と登場するカナセ。
そのすぐ後ろにユフミ。
その足元に白猫。
「なんだオマエら? 邪魔すんじゃねぇ。さっさと失せろ」
松尾は火の玉を掲げたまま、カナセたちを睨み付けた。
しかし、カナセは微塵も動じることなく、
「楽しそうなことしてんな、って聞いてんだけど、あーん?」
と、謎の問いかけ。
苦笑いのユフミと白猫。
「ふざけんじゃねー! 松尾さんが失せろって言ったら失せろ!」
当然のように因縁を付けてくるチビロン毛茶髪チャラ男。
「知るかよ、松尾って誰だよ。そのしょぼい魔法を自慢げに掲げてるヤツか?」
カナセは真顔で毒を吐きながら、なんの感情もこもっていない眼差しを松尾に向けた。
「なんだと……⁉」
松尾の顔が、みるみるうちに紅潮していく。
「ね、ねえ、希崎君……」
ユフミが、カナセの背中をツンツンと突きながら小声でささやく。
「ケンカはよくないんじゃないかな……って」
「ん? 大丈夫大丈夫。ケンカにもならねーよ。オレだって、伊達に魔法使いやってるわけじゃないから相手の力ぐらい──」
カナセが言い終えるより早く、松尾は「くそがっ!」と叫びながら右手を振り下ろした。
練りに練った魔法の火の玉が、無残にもリュックを抱えた少年に……当たることなく消滅。
地面の穴が増えることも、轟音が鳴ることすらなく、シュッと消えてしまった。
「……なに!? ど、どうなってるんだ……!?」
戸惑う松尾。
一方カナセは、いつの間にか伸ばしていた右手をゆっくりおろしながら、ニヤリと笑って見せた。
「お、おい、オマエら、何が起きたか見てたか!?」
松尾は焦り顔で子分たちを問い詰める。
が、唖然とした表情のままノーリアクションのふたりに代わり、その答えを返したのは意外な人物であった。
「……す、凄い! あんなにスピードの速い水魔法初めて見た!!」
相変わらず地面にかがみ込み、リュックを大切そうに抱えた少年が、顔だけ上を向いて興奮気味に声を震わせた。
「おっ、今の見えたのか? へへっ、どうよどうよ」
カナセは嬉しそうに話しかけた。
「うん! 火属性魔法もそこそこ早かったのに、タイミングを合わせて、あの猛烈なスピードで水魔法を放つってもの凄すぎ──」
そう言いかけて、リュック少年は、しまった、と顔を引きつらせた。
案の定、《そこそこ》の火属性魔法を放った松尾が、眉間に皺を寄せ、怯えるリュック少年をギロリと睨み付ける。
「……オマエ、舐めてんのか? あーん? 今度は容赦しねーぞ……ごるぁ!!」
再び、松尾の火の玉魔法攻撃。
「おい。今オレが褒められてるとこだったろが!」
別の意味で怒るカナセは、ついさっきの動きをコピーペーストするが如く、リュック少年に向かって放たれた火の玉に、自らの水魔法を超高速でぶつけた。
二つの魔法が合わさった瞬間、シュッと跡形もなく消え去る。
「……すごいっ! すごいよ希崎君!」
自分のすぐ後ろから黄色い声援が飛んできて、ご満悦のカナセ。
白猫も「にゃぁにゃぁ」と少し興奮してるご様子。
リュック少年も「おお……おお……!」と、目を輝かせている。
一方、松尾はと言えば……。
「グギギギギ……」
割れんばかりに奥歯を強く噛みしめ、顔は真っ赤に染まっていき、自分自身が火の玉になって爆発しそうな勢い。
両サイドに立つふたりの子分は、口をポカンと開けたまま、ただただ茫然自失状態。
「ってか、なんでこうなってんの? お前ら友達? 知り合い? ケンカ?」
カナセは目の前の4人に向かって、今さらな質問を投げかけた。
「ち、違うよ!」
リュック少年は、首がもげそうなほど全力で顔を左右に振った。
「僕は今日、地元から上氷してきたばかりで、この町に友達どころか知り合いなんてひとりも居ないし……着いて早々カツアゲされるし……やっぱり東氷怖い……」
「なるほど、オッケー。ってことは、やっぱただの悪いヤツら、ってことだよな?」
カナセはゆっくり首を回しつつ、両手で指をポキポキさせながら、ゆっくり前進する。
そして、チャラ男三人衆とリュック少年の間に入った所で、右側を向く。
ちょうど正面に立つ松尾と目が合った。
「あんたら高校生? それとも専門学生か大学生か?」
「……都立魔法専門学校だ、それがどうした、おら!?」
「ふーん、それじゃ一応まともに魔法を習ってるってことだな。だったら、しつこいぐらいに言われてるだろ。『正しい理由なく、みだりに魔法を使ってはいけません』ってな」
そう言いながら、カナセはすぐ後ろを見やった。
リュックを抱えた少年は、相変わらず小刻みに震えている。
「面白くねーな、この状況は。まったく面白くねぇ」
カナセの顔が、東氷に来て初めて真顔になった。
「ちょ……調子に乗ってんじゃねーぞこら! オマエこそ何者だこら!?」
「オレは
「区立……だと? ……ぶはははははっ!」
カナセの言葉を聞いた途端、松尾が声高に笑い出した。
「区立もんかよ。ってことは、オレの邪魔ができたのは偶然ってことか。焦らせやがって、この野郎」
口では余裕ぶっているものの、松尾の顔は引きつったまま。
言葉と表情がまったく噛み合っていない。
「……えーっ⁉ 僕もイドマホに入るために上氷して来たんだけど⁉」
ストレートに驚くリュック少年。
「おお、そっか! 同級生じゃねーか、よろしくな! って、まだ名前聞いてなかったわ」
カナセは松尾など眼中にないとばかりに背を向けて、うずくまるリュック少年に向けて手を伸ばした。
「僕は
リュック少年こと矢島フツシは目を丸くしながら、カナセの手を掴んで立ち上がった。
「そうだよ! すっごいよね~。ちなみに、私もこの春からイドマホ生! よろしくね、矢島くんっ!」
少し離れた場所で見守っていたユフミが、満面の笑顔で大きく手を振った。
「う、うん、こちらこそよろしく!」
フツシは返事をしたあと、
「めちゃ可愛い……あの子も同級生……やった……上氷してきたかいがあった……」
と、小声で呟きながら、小さくガッツポーズ。
「オ・マ・エ・ら……オレ様を無視してなにぺちゃくちゃ喋ってんだごらっ! 最底辺の区立どもが! おいっ!」
松尾は子分たちを睨み付け、「あの女を捕まえろ!」と指令を出す。
区立を見下した言葉とは裏腹に、正攻法では勝てないと踏んだのか、ゲスな作戦に打って出る都立三人衆。
「へ、へいっ!」
「あいあいさー!」
小柄な茶髪子分と赤髪子分がユフミに向かって駆け出す。
……が、しかし。
「あたっ!」
「うおっ!?」
何かにつまずいたように、足を取られて頭から地面に倒れ込んでしまった。
「へへっ、させるかよ」
カナセはニヤリと笑いながら、ピストルの形にした右手の指先にフッと息を吹きかけた。
そう、子分たちはつまずいたのではなく、カナセの魔法攻撃を受けて倒れたのだ。
「カナセ君、今のも水魔法だよね? すげーや!」
「おう、サンキュー!」
「たしか、この近くに大きな川があるよね?」
「ああ、異戸川な。オレたちその河原から来たんだけど。それがどうかしたか?」
「うん、海や川の近くは水属性魔法の威力が増すもんね。ある意味常識だけど、突発的なバトルで地の利を考慮して戦えるっていうのが、やっぱり凄いなぁって!」
フツシはキラキラと輝く羨望の眼差しをカナセに向けた。
……が、カナセはポカン顔。
「えっ? そんなのあんの? 全然知らんかったぞ」
「……えーっ!? じゃあ、なんで水魔法でばかり使ってたの⁇ ゼコマ決勝戦の動画で『全属性が得意』って言ってたよね⁇」
「あー、まあ強いて言えば……」
「うん……」
「……ずっとトイレ我慢してるから」
「……はいっ⁉」
「なんだかんだあって、行くタイミング無くて。正直めっちゃ漏れそうだから、それがちょっとでもやわらげばいいかな……ってさ」
しょうもないセリフを、いたって爽やかに言ってのけるカナセ。
「……ブッ……ブファッ! ぶはははははっ! 面白すぎるよカナセ君!」
フツシは、あれだけ大切に抱きしめていたリュックから手を離してまで、腹を抱えて笑いだした。
「そ、そうか……? はは……ははは、照れるなぁ、ははは」
カナセはなぜか、魔法が褒められた時よりも嬉しそうにはにかんでいる。
その光景を苦々しく見つめているのは……もちろん。
「うぉい!! いい加減にしろよオマエら。よーし、もう我慢の限界だ。都立生の恐ろしさを教えてやる。食らえ、オレ様の最強魔法、グビバゼ──」
松尾の呪文詠唱に釘を刺すように、ヒュンッと鋭い音が空を切った。
直後、松尾は死んだように瞼を閉じ、体が伸びきったまま静かに後ろ向きに倒れた。
「そっちこそ、いい加減にしろ。都立生だか何だか知らねーけど、カツアゲなんて面白くねぇことしやがって。頭冷やしとけってんだ!」
カナセは倒れた松尾に真っ直ぐな目を向けたあと、その視線を子分たちの方へと移した。
ふたりの子分は、びくともしない松尾に心配そうな目を向けている。
「手加減しまくったから大丈夫だ。それより早いとこ親分連れて帰っとけ。それとも、おたくらも頭冷やしとくか?」
「ひぃ! ご勘弁!」
「す、すぐ消えますんで!!」
子分たちは叶えに向かって頭をペコペコ下げながら、倒れた松尾の頭と足をそれぞれ持って、逃げるように公園の外へ出て行った。
「あ、ありがとうございます!!」
フツシは地面に落ちたリュックを拾い上げながら、カナセに向かって大きくお辞儀をした。
「おいおい、やめてくれよ。オレたち同級生だろ? って、まだ早いか」
カナセは、ブハハと豪快に笑った。
微妙に重くなっていた空気が、その笑い声でゆっくり和らいでいく。
さらに、絶妙なタイミングで白猫が「にゃぁ~」と鳴いたことで、張り詰めた空気は完全に春の空へと消し飛んだ。
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