第2話 魔法専門学校ヒエラルキー

 同じ学校に通うことがわかり、意気投合したカナセとユフミは、綺麗な黄緑色の草が生い茂る土手に移動し、隣り合って座った。

 懐いたのかなんなのか、白猫もトコトコと付いてきて、ふたりのすぐ横にちょこんと腰を下ろし、ペロペロと毛繕いしている。


「でも、希崎君ってすごく魔法が上手そうなのに、なんでイドマホに?」

「ん? ダメ?」

「い、いや、もちろんダメじゃないけど、なんて言うか……ほら、イドマホって底辺じゃん? 魔法系の学校で言ったら」

「へえ、そうなんだ。オレ、そう言うの全然知らないから」


 とぼけているのでは無く、シンプルに無知。

 魔法バカの世間知らず、それが希崎カナセである。


「ふふっ、了解! それじゃ、ユフミ先生が色々教えてしんぜよう!」

「おう! 助かるぜ、マジで!」

「あっ、とか言って、私もネットとかパンフレットとかで見たぐらいの知識だから、そんなに期待しないでね」

「あちゃ~、教えて貰う先生間違っちゃったかこれ」

「もう! そこまで言わなくても!」


 と、ユフミは右手でカナセの肩をポンと叩いた。

 白猫が、真っ昼間から何をイチャついてるんだこら、とでも言いたげな顔で「にゃぁ」と低い声で鳴く。


「でも真面目な話、魔法専門学校は区立、都立、国立の順に魔法のレベルが上がっていって、さらにその上には魔法大学や魔法大学院なんかがあるんだよね。つまり、区立魔法専門学校は最底辺。私みたいに普通科の高校を卒業してから、初めて魔法を学ぶような人たちが入る所だと思ってたんだけど……」


 ユフミは、ハテナで満ちた瞳をカナセの横顔に向けた。


「まあ、ぶっちゃけオレ、魔法でいったら天才なんだよな」

「ふふっ、自分で言っちゃう」

「まあな。本当のことだし?」


 わざとらしく腕を組み、おどけた表情を浮かべるカナセ。


「そこまでいったら、逆に格好いいと思う。だって、これ言っていいのかどうかわからないけど……って、言っちゃうけど、希崎君ってあの希崎君だよね? ゼコマで優勝した」


 全国高校魔法能力試験ゼコマは魔法教育庁が主催する公的な一大イベントであり、全国民……特に高校生であれば、興味の無い人間の方が遙かに少ないほど。

 しかも同世代のユフミが、優勝者のカナセを知っているのはある意味当然だった。


「ああ、そうだよ。まっ、それから色々ありすぎて、このざまだけどな」


 カナセは両手を広げて、自嘲気味に笑った。


「うん。ぱっと見は、全然そんな風には見えないよね」

「おっ、言ったな?」


 ユフミをキッと睨み付けるカナセ。

 しかし、その口元は明らかに笑っている。

 白猫がまた、低い声で「にゃぁ」と鳴いた。


「へへっ。でも、不思議に思ってたんだよね~。ゼコマで優勝した人って、テレビとかネットとか出まくりの人気者になって、中には歌手デビューしちゃったり、映画に出ちゃう人とかもいたじゃん?」

「まあ、あれじゃね? シンプルに、オレの見た目が悪いとか?」

「えーっ⁉ それは無い無い! スタイル良いし、服装はアレだけど、普通にイケメンだし!」


 ユフミは、隣に座るカナセの横顔を真っ直ぐ見つめながら、真顔で言い放つ。


「お、おう……って、そこまで言われるとなんつーか、困るっつーか……」


 突然の褒めちぎり攻撃に、タジタジのカナセ。

 ユフミも自分で言っておきながらモジモジしつつ、


「あの、えっと……そうそう、何か事情があったってことなのかなぁ……? ゼコマで優勝したのに、メディアとかであまり取り上げられなかったわけが……って、さすがに踏み込み過ぎだよねこれ。ごめんなさい」

「そんなことねーよ。むしろ、誰にも話せなくてウズウズしてたんだよな、ずっと。実はオレの親父、あの第三魔力発電所の所長で──」


 と、言いかけたその時。


 ドゴォォォォンッ!


 ふたりの背後、異戸川沿いに建ち並ぶ住宅街の方から、鈍い爆発音が鳴り響いた。


「うおっ、なんだなんだ⁉」


 カナセは反射的に立ち上がり、後ろを向いて様子を伺う。

 ユフミもカナセの横に立ち、心配そうな表情を浮かべていた。


「なんだろ⁇ めっちゃデカい音だったよね⁇ うち、大丈夫かな……」

「ユフミんち、この近くなのか?」

「自転車で20分ぐらい……かな」

「そっか。たぶん、それより近そうな感じだったから大丈夫じゃね? つっても気になるから行ってみっか」

「うん! ちょっと怖い気もするけど……」

「大丈夫、なんてったってオレが付いてっからな」


 冗談めかしてクサいセリフを吐きながら、カナセはニヒヒと歯を見せて笑った。

 ユフミは呆れる……かと思いきや、意外と安心した表情を浮かべている。

 

「うん。頼りにしてる……とか言っちゃって」


 顔を赤らめながら、ペロッと下を出すユフミ。


「お、おう。ま、任せとけ……」


 自分から言いだしたくせに動揺するカナセ。

 白猫がまたまた低い声で「にゃぁ」と鳴いた。


「……おい、オマエまだ居たのか? オレたちちょっと向こうに行ってくるから。達者でな」


 カナセは猫に一声かけてから走り出す。


「にゃんこちゃん、元気でね!」


 カナセの背中を追うように、ユフミも駆け出そうとする……が。

 

「にゃん、にゃ~ん」


 白猫が、スニーカーを履いたユフミの足元に近づき、頬でスリスリし始めた。

 それに気付いたカナセは立ち止まって振り向き、

 

「ハハッ、随分懐かれちゃってんな」


 と冷やかす。


「もう、にゃんこちゃんったら」


 まんざらでも無い様子のユフミ。


「なんなら、ユフミはここで待ってれば? オレ、急いで見てくっから」

「……ううん! 私も行くよ! にゃんこちゃん、また来るからちょっと待っててね」


 そう言い残し、2人は爆音の鳴った方に向かって走り出した。


「にゃーん」


 と、白猫が鳴いたのは、決して「いってらっしゃーい」という意味では無いだろう。

 なぜなら、白猫も一緒に走り出したのだから。

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