洋上の死斗

 幾重にも張り巡らされたコイルと磁石の中心に位置する二本の金属レールに電気が通う。何発でも撃てる様に徹底的な蒸発への対策が施された無機質な砲身が、嵐を戴冠する海原の覇王の腹部に向き、仰角を取って眉間に向けられる。凡そ非効率な量の大電流が流れ、打ち出されるは炭化タンタル製の弾丸。




 径40インチにも渡るその弾は、射出されると同時に丁度耐熱であった表面までが蒸発し、プラズマとなり、それを置き去りにして加速する。マッハ10、マッハ40、更に加速する。マッハ50、最高点にはマッハ100まで到達した。破壊力は絶大、例え対象が超音速で飛行しようと命中し、例えMOABを耐え切る頑丈さを誇ろうとも熱により装甲を溶かし、容易く貫通し、大部分を消し飛ばす、対怪獣専用の特殊兵器。吹き荒ぶ防風もその速度の前には大した妨害は出来ず、触れる雨を逆に蒸気と化させ、一直線に怪獣の脳天に進み──




──呆気なく、実に呆気なく、表皮に傷を付ける事すら無く、その割に仰々しい着弾音を立て、頭蓋で弾は燃え尽きた。その途端、怪獣コーポロッサスの双眸の輝きが、一層燦然と増した。号砲、と言うには威力があり過ぎるレールガンは、しかしゴングの役割を十全に果たし、怪獣に戦闘の意思を持たせた。




 大気が一瞬の内に静まり返る。静かな怒りは寧ろ波を引かせ、嵐を鎮め、却って環境を穏やかにした。顎が開き、洞穴を彷彿とさせる喉の奥へと、サイクロン同然に空気が吸い込まれて行く。超然たる怪獣は、口で息をするのも訳は無いのであった。強く光った眼球に、徐々に感情が宿る。表情筋など存在しない、硬質なる頭部の中に顕現する、憤怒の面相。そして開いた口が振動し…




【GROWRRRHHHHHHHHHHHHHHHHOOOOOOOOOoooooooooohhhhHhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!】




発するは、世界の全てを破壊し、怒りを轟かせ、音波と衝撃波を伴う、雄の鰐が発する吠え声を数千数万倍に大きくした様な、大海を揺るがし、全世界に存在を轟かせ、音圧のみで硝子さえ叩き割り、鼓膜を破る大咆哮! その威力たるや、二キロは離れていた、二百メートル近くの全長、排水量は三万トンを超える戦艦が衝撃に揺られて押し戻され、それと同時に抑えられていた嵐は最初の何倍もの激しさで、忽ちの内に水平線の奥までを覆い尽くしてしまった! 




 十を超える雷霆が幾千もの紙を破る様な音を立てながら船体を叩き、嵐顎大怪獣は黒い岩山を彷彿とさせる體をうねりくねらせ、戦艦に、体格からは想像も出来ない豪速で、文字通りの怒濤を滾らせて泳いで来た! ジェットフォイル、エクラノプラン、それらよりも更に速い、水上を駆けるあらゆる物体にも例えられない速さで海を掻き分ける怪獣の後に続く轟音、その正体である大津波がコーポロッサスの後に大軍勢と化して押し寄せ、今やこの雄大にして特異な秘密組織の戦艦は、餓狼に囲まれた羊同然であった。




「バリア展開急げ! 怪獣さえ避ければ、後の波は防ぐ事が出来る!」




 戦艦から、忙しく指示の声が聞こえ、怪獣を避ける様に向きを変えて移動を始め、船全体を覆うラグビーボール状の光の壁が展開された。そしてそのまま四方を取り囲む大波に真正面から突っ込み、強行突破に出たのである! なんと無謀な、と結衣は驚いたが、あの光の壁はどんな原理か、水の莫大な質量を弾き、船が呑まれる事を防いでいる様だった。一難を凌いだかに思えたが、未だ最大の関門は健在だった。数百メートルの高さの黒き水の壁の中にちらと更に黒い影が現れ、竜巻の勢いで胴体を捻り水中を進み、海の中に身を隠しながら、鋭い眼光が油断無く船を睥睨する。




 怪獣は今や海の壁の底にある元海面付近で暫し静止し、その後、昇竜の勢いで水中を上昇し始めた。僅かに数秒、その間に雲まで届かんばかりの大波の頂までその五体のみを頼りにぐんぐんと登り詰め、そしてその終着点でも止まることは無く、水面を切り裂き、飛沫と共に水柱を生成し、何かを叩き付けた様な重い異音を伴って、空中にその黒色の威容を現した。




 その大きさ故に、跳んだ姿は鰐と言うよりも鯨を思わせた。しかしそれも束の間、怪獣は獰猛な本性を露呈させるのであった。此方を力一杯に睨み付けたかと思えば、頑強にして雄大な前肢を拡げ、長さ約20メートルはあろうかと言う顎を地獄の門の如く上下に開き、爪と牙の攻撃性を剥き出しにして、戦艦目掛けて自由落下を始めたのである! 




 回避は論外であった。100ノットを優に超す速度のこの超戦艦も、頭上の怪獣にしてみれば、のろまも甚だしかった。結衣は海を凍らせる事で、コーポロッサスを食い止めんとした。彼女は脳に浮かんだ指令に従い、目を瞑り、杖を掲げ、祈る様な姿勢で跪く。かの人魂大花潜との戦闘の際にも、また同じように脳内に響く声を頼りとしていたのだった。すると、戦艦の邪魔にならない範囲、半径数百メートルの波が瞬く間に凍り付き、魔法少女の白銀の氷結と大怪獣の漆黒の進撃が衝突したのだ!




【growrrrrrrrraaaaaaaaaaaaaoooooohhhhhaaaaah!!!!!!!!!】




 隕石の衝突を思わせる衝撃音、氷が砕ける音、下半身が叩き付けられた、先程よりは軽い音、そして、あの嵐のエネルギーを一点に収束させた様な大咆哮。結果として、せり上がっていた海をそのまま壁にする形で発現させた極厚の氷の隔壁は、自由落下の突撃こそ勢いを殺し切る事に成功したが、その上咆哮を耐え切る力は持ち得なかった。凍り付いた海洋そのものがグラグラと揺れて崩れ落ち、数十メートル単位の氷の欠片がバリアに弾かれて砕けた。




 砕けた氷の割れ目から姿を現し、落ち掛かる怪獣。同時に隙間から我先にと飛び出して来た嵐が氷を削り取り、怪獣が落下してきた衝撃によって200メートルの水柱が立てば、盤面は限り無く降り出しに戻ってしまった。ステッキの先端の雪の結晶は振り回される度に淡く光って、空中に怪獣の背丈の半分程の氷の槍を作り出し、そして空に浮かぶ槍が百を数えた時には、嵐顎の大怪獣目掛けて射出された。




 怒号に近い号令と共に放たれた大量のミサイルとレールガンの第二射、そして貯めてある電力を転用した赤いレーザービームも加勢し、身長94メートルもの怪獣は爆風に包まれて姿を消した。だがそんなチャチな攻撃が効くなどとは、この場の全員は毛頭思っていなかった。果たして予想通り、さも当然と言わんばかりに憤怒に身を奮わせた、無傷のコーポロッサスが身体を滅茶苦茶にのたうたせながら煙を打ち破り、水を形を復元させる暇もなく爆ぜさせて咆哮した。しかし、それは異様であった。




【growrrrrrrrraaaaaaaaaaaaaoooooohhhhhaaaaah………………】




 まず咆哮に力が無かった。戦意を喪失した風では無い。怒りを内部に押し留めて増幅する様だった。次に、背中のゴツゴツとした巖の突起が、白く光り始めた。発光は鎧の様に體を覆う鱗の切れ目の全てから漏れ、空間すら電撃のスパークに打たれて稲妻様に煌めいていた。例の地平線の彼方まで、一瞬で吹き飛ばせる威力の攻撃、その予兆に違い無かった。もう溜めなど必要も無く、この戦艦を魔法少女含めた乗組員毎消し飛ばせるエネルギーがあるのは皆目に明らかであったが、怪獣は赫怒に任せて更に雷を溜めていた。気が済むのには数秒を要し、その時には怪獣は、黒い岩山よりも、白き神とでも形容した方が良い程に輝き、猛り、光っていた。




 バリアなどあれに掛かれば障子である。戦艦などあれからすれば図体ばかりのハリボテである。氷を操る魔法少女も、あれからすれば羽虫とそう変わりはなかった。最早頼りはただ一人、百眼金翼の魔法少女のみ。かの大怪獣と単独で並ぶに値すると自称していたその一人は、今までの戦いに何一つ参加らしい事をしておらず、只々傍観に務めていた。腹立たしげに結衣がそちらを見やると──




 ──少女の姿のいたる所には、罅が入っていた。生きているとは到底思えない。瞳は光を失い、無機質な人形らしくなり、欠片が抜けた後の穴からは眩いばかりの光が漏れ出し、陶磁器の殻と化した人の形を内部から砕き、百にも渡る金の蛇が拡がり、あっという間に人の姿から、かの怪獣と同等の大きさにまでなった。大鰐の眼前に佇み、金の翼をばさりと掲げ、百本の巨大な蛇の鎌首を鋭くもたげ、体の過半、首の根本と言ってもいい所から裂けた口を百個一斉に開き、ギリシア神話に語られた大龍、ラドンは、迎撃の態勢を取った。




 結衣はただ無表情であった。驚いて硬直している様にも、慣れて平然としている様にも見える。




 怪獣の攻撃は、チャージが終わり、準備は万端となっていた。ラドンも又口蓋内に高熱を溜め、二大巨獣の間には何者をも寄せ付けない威圧と風圧、熱風が渦巻いていた。




 両者が攻撃するのは同時であった。怪獣コーポロッサスの周囲の放電が即座に収束し、口から雷の怒濤が放たれ、ラドンのそれぞれの首から、合わせて百の熱線が発射される。その速度は同等、丁度二体の中間で衝突し、そして正しく百雷の衝撃が海洋を揺るがした。電撃が熱線を貫き、熱線が雷を飲み込み、互いの攻撃は相殺され、其処から同心円状に大爆発が発生し、凄まじい勢いで雲を吹き飛ばし、波を浚い、周囲にある二体以外の全てを木の葉同然に振り回すのであった。




 爆発の中、怪獣が駆けた。撓る尾で水を押し出し、顎を開いて俊敏に飛び掛かる。中空に全身を顕にした巨影を多頭龍は怯む事なく見据え、首の内の数本を素早くけしかけた。重く、痛々しい音とは裏腹に、怪獣には大した傷もダメージも無いようで、攻撃を受けて仰け反りながらも、自ら描く放物線を中途で捻じ曲げ、空中で尾を引き絞り、鞭の様にラドンの胴体に強烈な一撃を叩き込み、重力が巨体を降ろすより先に彼女を大きく転倒させた。二体は同時に黒い海に落ち、臓物を揺さぶる振動と共に、白波の上がらぬ海面に包まれた。




 闇の中に消えた二体に対し、戦艦はひっきりなしに魚雷を撃ち続けて旋回し、誘導していた。結衣は行動こそ起こさなかったが、いつコーポロッサスが襲撃してもいい様に、杖を掲げて冷気を発していた。魚雷の着弾音と今やすっかり収まった天気の中に艦船が揺れる様は、どことなく心許ない。




 ソナーが鳴る周期が次第に短くなり、その反応の接近を伝える。馬鹿馬鹿しい程の速さ、水中を泳いでいるとは到底信じ難い。しかし黒波を切る黒の背甲が山の如く隆起して、それが虚構でも幻でも無い事を雄弁に知らしめた! それを確認するや否や、結衣はステッキを二度、三度と振るった。すると、雪の結晶を描く様に海が段々と凍り付き、海域に氷の蓋を掛けた。山が沈み、そして、千剣の尾が氷を突き破り、怪獣が這い出ると、走狗の勢いで氷上を駆け出したのである! 




 大きさは山なれど、その動きはさながら猟犬。数秒毎に爆音にも似た足音が恐ろしいペースで肉薄し、オーストラリアワニのモーションで氷をガリガリと削りながら飛び跳ね、戦艦と同等の体格をこれでもかと見せつけ躍動させ、そして全速力で逃げる戦艦の真後に着水した。跳ね上げられた総量数万トンの水、結衣はそれらを全て凍らせ防ぎ、更にステッキに力を溜めた。




 コーポロッサスは前肢を振り降ろした。筋肉が圧倒的な力を帯び、獰悪な爪が猛々しく唸る。腕の風圧が暴風と化して吹き付け、異様な風切り音がその破壊力を語る。この一撃のみで、数百の生命を奪い得る事が出来るのだと悟った結衣は、有りッ丈の力──彼女自身でもこの力を得てからの日時は丸一日と経過していない為に、その力の総量などは計り知りようもなかったが──を放出して、可能な限りの分厚さと強固さを持った氷の壁を現出させた。ステッキから吹雪が流れ出し、つむじ風の軌道を描いて、壁より塊に近い氷を形成した。




 大層で摩訶不思議な神秘と、粗暴で単純な野性が衝突した。その差は比べようも無かった。船の周りに張られた、物理的性質を持つ、技術の賜物の光の壁が、ほんの少しの拮抗の末に破られ、氷の壁もその攻撃を防ぐには至らず、コンマ数秒を掛けて、無力にも砕かれた。だが、そのほんの少しの時間稼ぎは、彼女等の命運を左右した。




 船は移動し続けていた事が幸いし、腕の間合いから既のところで逃れられた。怪獣の腕が海を切り裂き、その爆風とすら言える突風に戦艦がかまを掘られた様に弾き飛ばされ、モーセの奇跡の様な、神秘的ながらも畏ろしい光景を創り出したのを見て、結衣と、表情は明瞭で無かったが、恐らく船員達も、肝が縮み上がり、心の芯までも恐怖と戦慄に漬けられた。




【grrrrrrraaaaaaaaaaaaaoooouuuuuaaaaaaaa………】




 嵐顎大怪獣コーポロッサスは遠ざかる船をねめつけて、聞くだけで寒気を覚える唸り声を上げ、そして追うのを止めた。しばし結衣の心中に安堵が湧き上がった。怪獣は項垂れ、手近な水を、原理は不明ながら球状に集め、その半径が1キロメートルにも成長すると、それを開いた顎口の中心の一点に収束させた。この後、何が起こるのかは、誰にでも解り過ぎる程に解った。それ故に、彼女は顔面を蒼白させた。心臓が早鐘を打ち、諦観と恐怖、絶望の心に支配された、酷い心情を顔にそのまま浮かべてへたりこんだ。




【GROWRAAAAAAAAAAAaaaaaaaoooooohhhhhaaaaahaaaaaaa!!!!!!!!!!!!AAAAAAAAAAHHHHH!!?】




 今にも望む景色全てを一撃で薙ぎ払う水鉄砲が放たれんとしたその時、怪獣の背後で一際大きな水音がした。黒き海の呪縛を払い、広げられた輝く翼。渾身の体当たりを受けた怪獣は狙いを外し、艦橋の人が居なかった部位を切断し、あとは空を切るに留まった。怪獣は戦線に復帰したラドンに猛然と攻撃を開始し、ラドンも受けて立った。




 爪が金色に傷を付け、並んだ牙が首の何本かを食い千切り、尾を胴体に突き刺し抉る。千切られたそばから再生した蛇が鰐の首をギリギリと締め上げ、残りの首が炎を吹く。泡を吹き、雷を吐いて脱出したコーポロッサスが尾部を掴んで振り回し、投げ飛ばそうとするも、ジャイアントスイングの初動でラドンは飛翔し、却って持ち上げられた怪獣を叩き落とす。直ぐさま立ち直り、一声吠えれば海は漏斗の様な渦状に変化し、積乱雲と突風が数キロの範囲を地獄に変えた。金の龍は羽ばたきながら四方八方に熱線を撃ち、海を蒸発させ、雲を消し飛ばし、風を相殺させ、怪獣の真上まで飛び、相対した二体の放った最大火力の熱線と電撃の水流がぶつかりあい、また呼び出された雲を天使の輪の様な有様にした。




 全ての動作に強大、強力の接頭句を付けるべき超弩級の戦闘。一挙一動の余波が地平の果てまで届く衝撃波を生み出し、一撃一撃が都市を滅する威力を持つ事は論ずるまでも無い。ラドンの言葉の通りの互角の戦いを繰り広げる二体であったが、勝負は付きそうにも無かった。両者共に、喉笛を掻き切ろうとも心臓を貫こうとも死なず、千日手の膠着状態になろうとしていた。




 天空から降り注ぐ雨と熱線を受け、鱗を焦がしてあちこちから煙を上げ乍らも、怪獣はただの一点を見上げ、下半の体に力を入れ、そして水上から姿を消し、信じられない事に、遥か上空にいるラドンまで跳躍し、翼の付け根に顎を食い込ませ、夥しい量の血液を浴び、口元に鮮やかな赤を塗った。それをラドンが許す筈も無く、百の蛇の頭が即座に怪獣を取り囲み、各々に熱線を吹き掛け、鱗を貫き、肉に噛み付いて毒を注入し、その膂力のままに全身の骨が折れ、脊椎が捻じ曲がるまでに締め上げて血祭りに上げた。味方が敵を絞めている場面だと言うのに、少女は目を覆った。




 大量の血と焦げた肉片の雨がどぼどぼと落ちて洋上を紅く染め、それでもコーポロッサスは潰されて眼窩が残るのみの眼で、それでも生命を一杯に蓄えた威圧を発し、万力の如き力で顎を離す事無く、関節から断面を晒していた肢で纏わり付いていた龍を斬首し、顎を起点として、デスロールを実行し、腹を捌き、牙の届いていた臓物を引き摺り出して放り捨て、千切られた翼と共に落下した。ラドンもまた片翼では飛ぶ事叶わず墜落し、雲が開けて現れた黄色の陽に高層ビルの高さの柱を立てた。




【GROOOOOOOOOWWWWWWWWRRRRAAAHHHHHHHHHHHH!!!】




 それでも尚、二体は闘っていた。全身を痙攣させ、止まらない出血で海を赤くし、巻き付く蛇を撥ね、胴体を咥えて、何度も何度もデスロールを掛ける。ラドンには、抜け出すだけの力はもう残されていない様だった。




 ふと、結衣は百頭の龍が、此方に目配せを送った様に思えた。彼女を必要としている、そう感じたのだ。彼女は迷いなく足元に氷を生成して、誘導の為に注意を惹き付けんと艦砲射撃をしている船から跳び降り、海面を凍らせてラドンの元へ向かった。最早命令などは必要無く、手足同然に氷を使いこなせた。怪獣は、結衣も射撃も歯牙にも掛けていない。怪獣にとっては羽虫も同然であるから、当然の事である。だが、その認識が大怪獣にとっての命取りであったのだった。




 怪獣の足元が凍り付く。滴る血液の温度が氷を融解させるも、生成速度はそれより早い。体が回る度に氷が砕けるも、その欠片を継ぎ合わせる様に氷結は手を伸ばす。まず檻の様なドームが怪獣を覆い、次に内側にも氷河が注ぎ込まれて固められ、コーポロッサスは完全に氷漬けになったのだ! 




 大怪獣に対する大勝利、しかしそれは一時的に過ぎず。ピレネーの城の氷塊版とでも言うべきそれにはすぐに罅が走り、雪崩と共に氷の底を尾で叩き、怪獣は復活し、吼えた。少女一人を全力を以って潰さんと言う激怒を向けられ、されど結衣は怯む事は無かった。怪獣の背後に広がった金の翼を見て、信頼を湛えた微笑みを浮かべた。




 打撃音と共に、巨獣の姿が鋭く揺れ、倒れる前に更に再生した翼によるアッパー攻撃を貰い、コーポロッサスの身体が浮き上がる。かの怪獣も反撃を試みようとはしていたが、まだ傷を負っている状態では、ラドンの百の口に灼熱が溜まるのを阻害する事は出来なかった。




 網膜に焼け付く光、向けられた訳でも無いのに肌を撫でる炎熱、一万の編成の新幹線が一度に目の前を通った様な凄まじい音、もうもうと空気に溶け込む海と岩盤の成れの果て。百条の熱線は一つと成りて、螺旋に連なり雲も波も見え得る限り焼き飛ばし、成層圏を突破し、宇宙に到達するまで全てを呑み込み続けた。




 蒸発した海、抉られた海底、そしてその只中に佇む怪獣。奴は生きていた。肉と言う肉が黒焦げになり、右半身が消し飛び、露出した内蔵が炭になっても、尚。不死と謳われ、これの死など誰も彼も度外視し、撃退や誘導をしていたのも納得が行く生命力であった。




【GROWRAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaahhhhhhhhgggghhhaa!!!】




 最後に、彼は結衣とラドンを、焼失した眼球で眺め、一声吼えて、闘志を使い切り、空気中に漂っていた水蒸気を海に戻し、帰って行った。それを確認した戦艦は、彼方に進んで又去った。黄金の翼が光り始め、ラドンは少女の姿に戻って、コーポロッサスが海に消えるまで見つめ、そして結衣の方に向き直った。




「良くやってくれた。お前がやってくれなけりゃ、こうも上手く撃退は出来なかっただろうね。」




 今までただ受動的、何の行動理念も無く流されるだけであった結衣は、自分の行動が助けたのだと言うラドンの言葉を聞き、顔を綻ばせた。








「よくも結衣ちゃんの髪を焦がしてくれたわネェ〜? 貴女を八つ裂きにして差し上げますワヨォ! ラァドォン!!」




「やめて!」




 館に帰って来ると、茶縁の眼鏡を掛け、本を読んでいるインダストが迎えた。彼女は結衣を精査し、あの大熱線で縮れたのだろう前髪を見付けて、背中から丸鋸、チェーンソー、ロボットアーム、グラインダー、その他の兇器を大量に生やし、ラドンを約束通りに八つ裂きにせんとした。洒落、謀略、それにしては余りにも突拍子が無く杜撰であり、それに至って真面目な面持ちだ。彼女の人間的欠陥の現れとするのが適当だろう。




 結衣が止めるとインダストはすぐに鉾を収め、そういえば、と先程まで人を処刑しようとしていたとは思えぬ切り替えで話題を持ち出した。




「これって何なのかしらン? 丁度貴女が来たときに、コイツラが攻め込んできたのヨ。」




「お前、忙しいって言ってたの、あれ嘘じゃ無かったんだ。」




「擦り潰しますワヨ」




 軽口にしては本当にやりかねない、危うい語調の発言をしながら、スカートの中をガサゴソと弄り、取り出した物は、半分が金属に浸食された、直径2メートル程の雪洞の様な物体であった。攻め込んで来た、との発言より、これが元は生物である、若しくは生物と同等に動いていたと知った二人は揃って顔を顰めたが、インダストは二体目の雪洞を取り出していたので、気付かない様だった。




 これを倒したインダストが半分を金属の塊に変えてしまったので、巨人用のパーマ機か何かに見える残骸に結衣が恐る恐る触れてみた。半透明なガラス質の体は脆く、とても戦闘に耐えるとは考え辛い。ユビアシクラゲの様な腕が体の中に縮こまり、奇怪な銃が握られていた。残念ながらただの金属塊にされていて、それ以上は解らなかった。




「誰かの知り合いだったりしないかしラ。何か言っていましたけれどモ。」




 スカートの中からはカセットテープも出て来た。一体全体どうなっているのだろうかと疑問が芽生える。




「そんなものがあるなら早く出せ、これの正体が知りたいならまず真っ先に出す物でしょ。」




「………。エ、エエ。最初からこれを出すつもりでしたワ。タダ…タイミングを見失っただけ…ですわヨ。」




 インダストが自分の手を分解して形成したカセットレコーダーにテープを挿入すると、破竹の勢いで地面から生えて来た80インチディスプレイが、監視カメラらしき映像を映し出した。インダストの機械を延々とパターン化して配列し、町を作っている様な、赤錆と漂う硫酸ミストが不気味な廃墟の中に、これからこの残骸となる、銃を持ったクラゲが二体フェードインした。ミョミョミョ、ニョニョニョと妙ちきりんな音を出して二体は会話し、銃を油断なく構えて警戒している。それも虚しく足元からインダスト宜しく機械が浸食し、慌てて足を引っ込めるも、哀れ、無残に死んだ。




「エー、ノイズ除去、既存言語との当て嵌め、音声パターン識別、言語体系確立、単語の意味類推…『海、底、王、威。出、伏、撃。』だそうヨ。」




「下手糞な翻訳だな。」




「しょうがないじゃないノ、言語体系が離れすぎてまともに翻訳出来ないんですノ。それは兎も角、海底の王、それは何を指すのか、が問題ダワ。ソイツがコレを送り込んで来るなラ、延々とこんなのが来るのかもしれなませんワ。面倒くさくて仕方のありませんコト。だから、サッサとその海の王とやらを叩き潰さないといけませんワ!」




海底の王とやらも、鬱陶しいとの理由だけで殺されては堪らないだろうと思いながらも、結衣は協力を惜しむつもりは無かったのであった。


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