第157話 あの日の心は忘れていない

 俺たち二人よりも先に、薫と葉月。それから月見里さんの三人が来ていた。

 葉月は盆の帰省の時に会っているが、他の二人と会うのはなんだか新鮮だ。

 薫とは大学時代、帰省してる時にたまに会っては食事したり遊びに行ったりはしてたが、その犯罪的な見た目はほとんど変わっちゃいない。初老にでもなった時にはどうなる事やら。


「どうも。お久しぶりです」

「お堅いっすねーこうちんは。つぼみんどうすか? こうちんとの生活は」

「色々と……大変ですけど、楽しい……です」


 そっかそっかーと、蕾の左肩をぽんぽん叩きながら笑っている月見里さん。何やら色々あったらしいと莉亜経由で聞いてはいるが、性格が明るいのは変わっていない。


「莉亜と一緒じゃなかったのか葉月」

「なんか来る途中で忘れ物しちゃったって。それで一本遅いバスで来ることになっちゃったの」

「あぁ。そういう」

「さっき連絡来たからそろそろ来ると思うよ。兄さんと蕾ちゃん来たって、一緒に伝えとくね」


 莉亜は先に実家に帰ってるって話は聞いていたんだが、ここまでおっちょこちょいだったか?

 今ここにいるのは俺ら含めて五人。まだ余裕はあるとはいえ、まだ来ていない人が気になる。


「ひなちーとしおりんもそろそろ来るそうっすよ。わかちーは……なんか連絡つかなくて」

「えぇ……大丈夫なんですかそれ?」

「朝にメッセージ飛ばしたんすけど、そんときはすぐに返事来ましたよ。多分具合悪いとかじゃないとは思うんすけども」

「とにかく、今一度電話はしてみましょう」


 戸水さんには連絡入れて、あとは来るのを待つことにしようか。何処にいるかとかはっきりとわかったもんでは無いし、下手に動いて入れ違いにとかなりたくはないし。


 待ってる間は、先に来た面々で雑談でもすることに。

 高校生だった時のことを振り返るのも楽しいが、お互いの今の苦労や仕事のことが色々と聞けるのも、また楽しいものだ。


 それからは二十分程して、莉亜と干場さん。それから槻さんの三名が到着。どうやら道中で偶然にも顔を合わせた為、一緒に来たんだそうだ。


「ごめんなさいね。ギリギリまで仕事があったもので」

「煌晴なんか凛々しくなってないかしら? それに背ぇ伸びた?」

「こうしてみると、懐かしいものだな」


 莉亜。お前は夏休みのじいちゃんばあちゃんか。それはともかくとして。槻さんも干場さんもすっかり大人びている。

 しかしだ。戸水さんがまだ来ていないのだ。というか今回集まろうっていう提案をしたのが彼女だと言うのに。


「それで。戸水さんまだなんすか」

「やっぱ電話出なくてですねー」

「こういうのは相変わらずなのね若菜は」


 いつも何かをやらかしてくれるのが、我らが漫研の初代部長、戸水若菜なのだ。自由奔放過ぎて俺らが困る。

 そんなことを内心思い始めた頃。


「あら。私がどうかしたのかしら?」

「ってう゛ぇぇぇぇぇいつの間にぃぃぃぃ?!」

「そんな奇声を上げなくたっていいじゃないのよ大桑君」

「だったら背後から声出さないで下さいよ!」


 ちょうどやってきたエレベーターから戸水さんがスーパースターの如く登場。驚かされたが、ともかくこれで全員が揃った。


 ようやく店に入って受付を済ませ、予約席へと案内された。

 各々まずはお酒を頼み、それからは適当に料理を頼むことに。待っている間にもそれぞれの近況は語られていくことに。



 戸水さんは大阪にある専門学校を卒業後、PCゲームを制作する会社に就職。同人活動の方も継続しており、イラストレーターとして活躍している。

 ちなみに就職以降はぱぴよんの名義で活動している。片仮名が平仮名になっただけであるが、本人曰くこの方が可愛らしいからだと言う。


 槻さんは高校卒業後アメリカに留学し、経営学と服飾を学んだ。

 帰国後は起業し、新ブランドを立ち上げた。活気的なアイデアとデザインが好評で、次々とヒット商品を生み出している。

 今はまだ地元のみの展開であるが、まずは東京に支店を出すことが一つの野望らしい。


 月見里さんは大学在学中にスカウトを受け、モデルとしての道を歩んでいた。以前槻さんのお屋敷で撮影の依頼をされた時のもまた、スカウトを受けるきっかけのひとつになったらしい。

 しかし所属していた事務所が不祥事によって倒産。新たな所属先を模索している際に槻さんに声をかけられ、専属のファッションモデルに転身した。


 干場さんは保育士として働いている。この人どんな進路を歩んでいくのかが一番予想がつかなかったんだけども、親戚や兄弟姉妹が多いというのもあって世話好きだったそうだ。ヒナギク様のキャラは、園の子供たちには結構好評らしい。

 ちなみに普段はそのキャラは出ておらず、至って普通な感じになっている。むしろようやく普通になったなんて、槻さんは笑いながら言ってたよ。



 全員がそれぞれの近況を軽く語り終えたところで、お通しと全員の頼んだお酒が運ばれた。

 乾杯をしようと、戸水さんが音頭をとった。


「さてと。まずはこうして皆で集まれたことを嬉しく思うわ」

「一番集めるのが難しいの、しおりんっすからね。留学してましたし、今はなんてったって社長なんすから」

「まだちっぽけなものよ。いつかは全世界にその名を轟かせるほどの規模にしてみせるつもりよ」

「詩織ならマジでやり遂げそうね」


 二年の皆さんで、槻さんの野望に畏れている。この人大人しそうに見えて、秘めたるものは末恐ろしいものさえある。


「そして可愛い後輩たちは皆立派になって。誇らしく思うわね」

「……俺らなんか教わった覚えありましたっけ?」

「ない」


 我が子のことのように嬉しく思ってくれるのは別にいいんだが。その辺について特別世話になった覚えがないんだ。

 俺と蕾で否定してみれば。


「わ、私は色々と教わらせてもらいましたよ!」

「葉月は……りあ姉みたいに絵を書くこと無かったので……」

「僕は……あんまり覚えてないですね」


 莉亜は絵描きの先輩としても色々あったんだが、残り二人についてはなんとも微妙な反応である。莉亜とは違って特別な接点はなかったからな。


「なんかみんな冷たい! てかこういう時はたとえそうでなかったとしてもそうでしたねーってこくこくと頷くようなところでしょう?!」

「いや知りませんよそんな似非マナー」

「こうちんも言うようになったっすねー。流石二代目部長」

「そんな道場主みたいな言い方、どうかと思いますけど……」


 戸水さん達が引退した後、部長の役職は俺が引き継ぐことになった。なんだかんだ言って、まとめ役が欲しかったんだと思う。


「しおりぃ……皆がいじめてくるよぉ……」

「はいはい。みんな大人になったってことで。もしくは彼女らなりの挨拶だったりして」

「だとしたら酷い挨拶じゃないすか」

「兄さんがそれ言っちゃいますか……」


 それはたしかに。


「うぅ……。ま、まぁそれはともかくとして。まずはこうして再会出来たことを祝おうじゃないの」

「わかちーは早くもぼろぼろであった」

「やめてやりなさい湊」


 あんまりやると傷ごと抉りそうだ。

 それから言葉を考えている戸水さんであったが。


「あーえーとー……。えぇい、こうなったら今日は無礼講じゃぁぁぁ! お酒の勢いで何話そうが暴露しようが関係なしよ!」


 とうとう吹っ切れた。ちなみにまだアルコールは一ミリも入っていない……はずだ。


「おーいつものわかちーだー」

「らしくなったわねぇ……今日限定で、ヒナギク様の復活と行こうかしら!」

「なんか先輩達楽しそーだねー、煌晴」

「薫。あれ、先輩達も吹っ切れただけなんじゃないか?」


 それからは乾杯のことすら忘れ、あれやこれやと騒ぎ始める一同。もうこうなっちゃうと収集つかねぇなおい。

 なんて思ってたら、隣に座ってる蕾がクイクイっと俺の袖を引っ張ってきた。そういやここまで会話に入ってなかったな。


「どうした」

「なんだか、あの頃に……戻ったみたい、だなぁ……って」

「……みたいだな」


 戸水さんは完全に吹っ切れていた。というか既に出来上がってるんじゃないかってくらいだ。


「あぁもう何でもいいわ! とにかくみんなジョッキ持ちなさい! 乾杯よ!」


 乾杯をして、それからは時間の許す限り、とにかく話をして、笑いあった。

 もう高校を卒業して、みなすっかり大人になったというのに、今この時間だけは、高校生だった時に戻ったような気分だ。

 大人になってもあの時過ごした時間は、遊び心は、忘れてなんかいなかった。どこかまだ、子供なのは抜けてないらしい。



 幼馴染も妹も。クラスメイトも先輩も。変わった人ばかりが集まっていた。

 振り回されてばかりで、迷惑かれられまくって。穏やかなんてもんじゃなかった。

 でもそれもまた、今となれば思い出のひとつとなった。昔を懐かしむというのは、楽しいものだ。



 これから俺は、蕾と二人の時間を過ごしていくことになる。

 自由に動く二つの線は、最初は偶然に交わっただけだった。でもある時にその線は再び交わり、そしてひとつになった。



 これからも俺は、決して忘れることは無いだろう。二人が出会った日のことを。結ばれた日のことを。今日のこの時間を。

 そして俺達は忘れない。心の中に僅かにでも残っている、何かを純粋に楽しむ子供心というものを。

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俺の周りには、普通じゃないものが溢れている 如月夘月 @uduki49

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