第156話 あの日の思い出

 雲ひとつない、澄み切った空の下。俺と蕾は久しぶりに生まれ育った故郷に足を運んだ。


 茅蓮寺高校に入学してから八年以上が経過した。

 漫研での日々はとても楽しかった。日々の活動では審議や議論を重ね。長期休みには皆で遊びに行き。文化祭となれば戸水さんや莉亜達絵描き組が本領発揮。

 そんな愉快かつ騒動ばかりの毎日であった。

 進級して新一年が入ってからも。三年になって戸水さん達が引退したあとも。そしてまた年が過ぎて俺らが引退して卒業してからも。漫研は漫研であり続けたそうな。



 新幹線で地元に戻ってきた。二人でこうして来たのには理由がある。


「全員が揃うのって、いつ以来だろうな」

「槻先輩のこともあったから……卒業以来じゃないかな」

「じゃあ六年振りか」


 今日は漫研のあの九人で、久しぶりに顔を合わせることになっている。

 卒業後も連絡は取り合っていた。でもそれぞれが進学やらでバラバラになったこともあって、全員が集まることはなかったのだ。

 都合のついた数人でときたま集まることこそあったが、九人全員となれば戸水さん達の卒業以来となるのだ。


「時間、大丈夫かな?」

「新幹線だってけっこう早めの時間のを取ったんだから。余程のことがなければ大丈夫だ」

「そ、そうだよね」


 漫画家デビューして自信がついたと言うものの、時折あの頃のようになるのは変わっちゃいない。でもそういうのが彼女らしい。


「さて。ここにいても仕方ないし早く行こうか」

「そうだね。皆に会うの……楽しみだから」

「あぁ。葉月や莉亜はともかくだが。薫や先輩達に会うのは久しぶりだしな」


 街まで行くのにタクシー使おうかと提案したが、久しぶりに戻ってきたからゆっくり見て回りたいと蕾が言うので、目的地まで歩いていくことにした。

 目的地に向かう道中、二人で各部員のことについてを話していた。新しく入ってきた後輩のことについてもそうだが、話題の中心になるのは、あの七人のことだ。


 俺は高校卒業後、大学を出てシナリオライターになった。

 きっかけとなったのは一年の時の文化祭だ。あれ以降戸水さんもそうだが、莉亜や演劇部の部長さんからもことある度に依頼をされることになって。

 それからというもの、脚本というものに興味が湧いたので、それを学ぶことの出来る大学を調べてそこに進学した。卒業後はドラマの脚本を制作している都内の会社に入社。まだまだひよっこなので、今は先輩方から色々と学ばせてもらっている最中だ。


 でもって蕾は高校を卒業後、専門学校を経て漫画家としての道を歩み始めた。初めこそ苦労していたそうだが、昨年にとある公募で大賞を受賞。その後晴れて、都内の出版社に声をかけられデビューを果たした。

 ようやく軌道に乗ってきたという所で、彼女も頑張っているところだ。俺が就職してからは二人で同棲しているが、彼女の熱の入りようはこれまで以上だ。そしてすごく楽しそうに見えるのだ。


 莉亜は進学することなく、高校卒業してすぐ上京。当初こそ無謀にさえ思えたが、彼女の根性が幸いしたのか、蕾よりも二年早くデビュー。今は彼女とは違う出版社で連載漫画を描いている。次に目指すべきは、アンケート一位だそうで。

 後、上京してすぐに知り合った同年代の男性とお付き合いをしているそうだ。前に一度会ったことはあるが、真面目そうな人だったよ。


 葉月は大学卒業後、化粧品を扱う会社に就職。俺と同じ大学行くとごねなくなったのは兄としては有難い反面、これまでよりも引っ付かなくなったのは成長を喜ぶべきかそれとも悲しむべきか、悩ましきものだ。

 それから進学後、呼び方がお兄ちゃんから兄さんに変わった。

 今、何を求めて商品開発をしているのか。できることならあまり考えたくはない。


 薫は大学へ進学、教育を学び教師となった。今は彼の卒業した中学校で数学を担当しているそうだ。

 ちなみに昔のあの出来事が今でもひっそりとした噂として残っているらしく、就任してすぐから生徒の間でめっちゃ有名になってるんだとか。


 同期はこんな感じだ。皆が皆、過程は色々あったが、自身が願ってた仕事をする事ができているようだ。薫が教師になると言った時はちょっと驚いたがな。そんな感じが全然しなくて。


 さてと。次に先輩たちのことを振り返ろうかと思った時、ちょうど目的地に到着した。

 今眼前には大きなビルがそびえ立っており、今日用が有るのはその中にある居酒屋だ。今回の提案をした戸水さんによれば、槻さんの知り合いが経営しているんだとかで。


「それにしても、いきなりこんな話が来るなんてね」

「まぁ槻さんが一番忙しかったからな。それがやっと落ち着いたって感じなんじゃないのか?」

「そうかも……しれない。ってこの階だったっけ?」

「あぁ。メッセージにもあるし、そこで大丈夫だ」


 エレベーターに乗り込んで、目的の店がある階のボタンを押した。ゆっくりとエレベーターが昇っていき、着いたらその先すぐが目的の店の入口になっていた。


「あ。煌晴と宮岸さん。久しぶり」

「兄さんひっさしぶり!」

「こうちんもつぼみんも、元気そーっすね!」


 そして懐かしい顔ぶれがいた。

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