第155話 開花
一二月二二日。ここいらの冬としては珍しく青空の望める今日が二学期最後の日となる。思えばあっという間だったと言うべきなのか。それとも長かったのかと言うべきなのか。どちらなのかと聞かれてみれば、なんとも悩ましいものだ。
莉亜や葉月を始め。クラスメイトや部活の先輩方は変わった人達ばかりであった。それ故に毎日が退屈になるということは無かった。
楽しい時間こそ進むのが早く感じるとは言う。だがあの日から、今日のこの一日を迎えるにあたって。ここまでがなんとも長い、それこそ気の遠くなりそうな一ヶ月であったのも、俺としてはまた事実。
今日は俺自身の覚悟を決めなきゃならない。
今日は午前中は授業。午後には終業式と冬休み期間の連絡事項。その他課題なんかが出されて二時過ぎ終了。
これからの部活に備えて善は急げと言わんばかりに教室を足早に出ていく運動部所属のクラスメイト。
街の方で遊びに行こうと盛り上がっているカーストトップの女子集団。
やっと終わったと安堵のため息とともに、とっとと帰ろうとする者もちらほら。
ちなみに今日の漫研は休みである。でもって明日には槻さんの屋敷に集まってパーティをすることになっているのだ。
今日。そして明日を過ぎれば、会うことになるのは年が明けた新学期になる。約二週間という期間が空いてしまうのだ。そうなれば、気持ちが揺らいでしまいそうだし、何より気が気でなくて落ち着けやしないだろう。だからこそ。今日じゃないといけないんだ。
昨日の夜。帰ってから俺は蕾にメッセージを送った。放課後にちょっと行きたいところがあるからと。
先生の話が終わると、用意を済ませた蕾が俺の机までやってきた。
「……お待たせ」
「悪いな急に」
「……大丈夫」
「早く行こうか」
葉月と莉亜にはちょっと買い物してから帰るとは言っている。莉亜はいいとして、あんまりもたもたしてると葉月に捕まりそうだ。早いとこ移動しなければ。
学校を出たら、家のある方とは違う方向に。降りたら河川のある方へと歩いていった。そこまでの道中。俺は蕾にあることを聞いてみた。本題とは違うことを。
「それで、どこ行くの?」
「実は……特に何処に行くとかは決めてないんだ。ただちょっと……、ゆっくりと話がしたくてさ。それで……な」
「そっか。学校でじゃ……ダメなの?」
「なんか……たまには気分でも変えようかなーって思って」
本音を言ってしまえば、ここだと話ができない。見知った人が多いから。
場所を変えたい。ここから離れた場所に行きたい。他の人には聞かれない場所まで移動したい。でないとダメなんだ。
そう自分に言い聞かせながら。とにかくひたすらに、学校から離れるように歩いていく。
「なぁ。漫研での活動ってどうだった?」
「……どうしたの、いきなり」
「いや。なんか気になって」
「……楽し、かった」
「……そっか。俺もだ」
それからしばらく。漫研での活動のことを振り返りながら歩いていた。
「初めてあの部室に来た時はびっくりしたよ。月見里先輩はすごくテンションが高くて」
「確かに俺も薫もびっくりしたよ」
俺らとしてはその前に出会った戸水さんと干場さんの方がインパクト強かった気がする。
いきなり変な名乗りを上げて現れるし。干場さんなんて黒マント羽織ってましたし。
「なんか色んな人がいて。入ったはいいけど、馴染めるか不安で」
「でもなんだかんだ。今日までやってきたよな」
「うん。戸水先輩はめんどくさいけど」
「色々あったもんな……」
あの人がドMってのもあるけど。蕾自身が隠れドSってもあったからなぁ。暴走した二人を止めるの、めっちゃ苦労したからな。
「漫研の皆で色んなことしたり。遊びに行ったり。文化祭の時は、漫画を描かせて貰えて」
「あったなぁ」
「自分の描いた漫画を色んな人に読んで貰えて、それが面白いって言って貰えた時は嬉しかった」
そういえば文化祭で寄ったフリマのお婆ちゃんにそう言って貰えた時の蕾、すごく嬉しそうにしてたもんな。
そんな話をしているうちに坂道を下り終え、河川敷へと出た。平日の昼過ぎということもあって人はあまりいない。
見回してみて、近くにひっそりとした手頃な場所があったので、そこに向かうことに。
「明日、楽しみだね。煌晴君」
「あ、あぁ。そうだな」
話題は明日のことに。このままずっと話していると、ついに話せずじまいになりそうだ。
覚悟はしてきた。でも緊張はする。どんな返答をされるのか。その時までは分からないのだから。それでも。俺が決めたことなんだ。決心するしかない。
「煌晴君?」
「……なぁ蕾。実は大事な話があるんだ」
「話?」
蕾からの言葉に、俺は首を軽く縦に振って答えた。そして話し始める。
「茅蓮寺に入った時はあの時の女子生徒に、蕾にまた会うことになるとは思わなかったんだ」
「……私も」
「でもって同じクラス、部活になって。最初は気が付かなかったってか、確信がなくてな」
「私もかな。でも過ごしていくうちに、煌晴君なんだって気がつけて良かった」
俺が彼女のことを特に意識するようになったのは、蕾と前に会ったことがあるという確証が得られてからのことだった。
少しずつ思い出していったけど、あの時とはほとんど変わっていなかった。ドSだったりミリタリー趣味があったりしたことには驚いたけども。
「それからは一層意識するようになったよ。面識があるってわかってるとなんか、な?」
「そう……なんだ」
「一緒に過ごしてるうちに、あの時は知らなかった一面も知ってさ。それと同時に、蕾のひたむきな思いってのが伝わってきたんだ」
「私……の?」
「好きなことに対してとことん向き合うところとか。そんな姿見てたらさ、なんか可愛いなって思って」
「あ……ありがと、う。なんか、恥ずかしい……」
他にもいろいろある。もちろん普段の様子とかも含めて。言ってると蕾だけじゃなくて、なんか自分まで恥ずかしくなってきた。
「……もうなんかすっごい恥ずかしくなってきた」
「煌晴君が、言ったくせに」
「だ、だからもうはっきりと言わせてくれ!」
さっきから心臓の音ヤバいことになってる。バクンバクン言ってるし、呼吸すら怪しくなってきてる。あんまり引き伸ばしにもできない。言うなら言うでスパッと言ってしまおう俺!
一歩下がって、頭を下げて右手を彼女の方に差し出した。
「蕾のことが好きなんだ! だ、だからその……俺と付き合ってください!」
今俺の目には何も映っていない。目をぎゅっとつぶっている。それからは、それ以上は俺は何も言わない。
ただ彼女からの返事を待つだけだった。さっき以上にバクバクいっている。それこそ破裂するんじゃないかってくらいだ。
遠くの人の声や近くを流れる川の音。橋の上を通過する車の音。周りからは色んな音が聞こえてくる。なのに今は、俺の周囲に限ってはそれら全てが遮られているかのような気分だ。蕾からの返事がなんなのか。それが気になってしまって仕方がない。
もう既に十数秒かは経過している。それでもまだ返事はない。もしかしたら、逃げられてしまったのかもしれない。
「えっと……煌晴、君。顔を上げて……、くれる?」
「あ、ああぁ……わわ、わか――――」
そんな恐怖が込み上げてきたところで、蕾の緊張したような声が返ってきた。何言われるのか。オッケーなのか。それともダメなのか。気になるはずなのに。聞きたくないという気持ちすらある。
乱れた呼吸を少しずつでも整えながら、ゆっくりと顔をあげて、閉じていた目も開けた。
その次に感じたのは、温かい感触だった。それを感じたのは、差し出した俺の右手ではない。
いきなり視界に現れた蕾の顔はぶつかりそうなくらいに近くにまであった。そこから先の言葉は出なかった。と言うよりも出せなかったのだ。俺の口は、彼女によって塞がれたのだから。
互いの口が離れたところで、蕾は顔を赤らめながらも、笑顔でこう言ってくれる。
「……嬉しい」
「……蕾」
「だから、これからも……よ、よろしく、お願いします」
それから、俺と蕾はもう一度身体を寄せていた。彼女の笑顔は、これまで以上に爽やかで、可愛らしかった。
冬の空の下、一つの蕾は綺麗な花を咲かせた。
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