第153話 素直になるしかない

 ゆっくりしている暇もなく、急いで弁当を食べた俺は、すぐさま莉亜が指定した場所へと向かった。

 教室を出て、二階まで階段降りて、廊下をしばらく歩く。特別棟の方、教室から見てほぼ対角線上にある位置に、学校の体育館の方へと繋がっている渡り廊下がある。

 ここに来るまでかなり長い道のりがある。道中では他の教室から漏れてくる話し声、階下の食堂や中庭から聞こえる賑やかな笑い声。

 それらはとても楽しげに響いているが、俺の心の中に限ってはそうではなく。ちっぽけな一人の人間の心という密室の中で響くのは、焦りと焦燥という名の不協和音と言ったところだろうか。


 ここんとこの数日間。葉月もそうなんだけど、莉亜の方も特に俺の事についてを聞いてくるようなことはなかった。普段通りに会話をしてたし、変わった様子もない。

 そんな時にだ。身に覚えなんかないといえば……まぁ嘘になる。でもだ。いきなりメッセージで呼ばれようもんなら怖いんだよ。



 だんだん怖くなって、ゆっくりになってゆく足取りでようやくたどり着いた先は、体育館の下にある卓球場。

 聞くとこによれば、校内でも特にひっそりとしている場所。在学三年間で足を運ぶのはせいぜい片手で数えられる程。あるいは一度も訪れることのない人だって少なくないくらいの場所だって、前に月見里さんが言ってたのをふと思い出した。


 卓球場に繋がる階段。その途中に莉亜が腰掛けていた。降りてくる足音に反応したのか、ちょうど踊り場で進行方向を変えたタイミングで彼女は立ち上がって、俺の方を振り返った。


「もうちょい遅いかと思ったけど、案外早いのね」

「なんか早いとこ来なきゃ行けない気がしただけだ。それに逃げられんからな」

「……何をそんなに怯えてるのよ」

「何故だろうな。強いて言うなら、これから何を言われるんだろうと気になって仕方ないくらいだな」


 まじで。怖いんです。

 ともかくここまで来た以上。逃亡という選択肢は存在しない。莉亜の相手をしなくてはならないのだ。

 莉亜がたってる段まで降りて、そこにゆっくりと腰掛けた。


「それで。ご要件はなんでしょう」

「……まぁいいわ。時間もないし、早いとこ本題に入ろうかしら」

「お、おう……。ところで莉亜。なんだその目は」


 莉亜も腰を下ろすと、ため息をひとつ吐いてから俺の方を見る。まるで人を疑っているような目じゃあないか。益々怖くなってきたんだけど。


「時間もそうだし、回りくどい聞き方をしてもあんたの場合は誤魔化しそうな気がするから、ここは単刀直入に聞くことにするわ」

「な、なんでしょう……?」

「気があるんじゃなーいの?」

「……何に」


 そう返してみれば、なんかまたというか、より一層と言い直した方がいいか。鋭い目付きになっていく。でもって顔をこっちに近づけてくる。


「あいつに……み、宮岸に」

「……」


 蕾の名前が出てくる。それには驚いたが、それ以上にだ。そういった途端に彼女の顔がほんのり赤くなる。色んな意味で呆気に取られてたら、いきなり莉亜は立ち上がって、余計に顔を赤くして俺の方を指さして。


「は……はぐらかそうったってそうはいかないから! てかわかってるから! むしろバレてない方がおかしいんだから!」

「一回落ち着け」


 めっちゃ取り乱してる莉亜のおかげがこっちの方が落ち着ける。ちゃんとした名前忘れたんだけど、そんな現象というか法則があるらしく。

 慌てて冷静さを失いそうになった時、自分よりもエラい事態になっている人を見ると、なぜだか落ち着くやつ。


「でもってどうなのよ!」

「……ハイハイわかったから。落ち着けっての」


 すっと立ち上がって、莉亜の頭を左手でポンっと。無言で。

 昔っからそうだ。一回取り乱しちまうと、なかなか収まらないんだよ。そんときは俺がこうして止めてやってる。最近は滅多にやらなくなったが、そういうとこは変わらないんだ。


「……なんか、ずるい」

「何がだ」

「なんか変だなーとは思ってた。葉月ちゃんだって同じこと思ってたもん。なんかお兄ちゃんがーって泣きついて来たもん」

「……」


 無くはないだろうとは思っていたものの、案の定だったとわ。

 てかやっぱしと言ったところなんだろうか。長いこと一緒にいると、細かい変化とか、隠そうと思っていることとか。どうしても見抜かれてしまうらしい。


「最近あんたらの雰囲気いいし、文化祭だってずっと一緒に回ってたーって、戸水さん言ってたし」

「莉亜や葉月とシフトズレてたってのもあるんだがな……」

「桐谷は」

「……薫は先約があったんだよ」


 回る相手がいなかったってか、蕾の方から前々から誘われてたってのもあったからなんだよな。さすがにその事までは、あの人には言ってないけども。


「ずっと言えることだけど、あいつって煌晴にだけはなんかデレデレしてるんだもん。理由なんてわかってるけども」

「じゃあそういうことなんだろ」

「なんかムカつくわねその言い方……」


 理由なんか考えなくともわかるってか、過去に出会った経緯はもう漫研の皆が知ってる事だ。他の人に比べて俺の方が接しやすいってことだ。


「まぁいいか。向こうの本心がどうなのかは私知らないけども。あんたはどうなのよ」

「なんでその底で話が進むんだ」


 ごく微塵にでもあろうそうではないという可能性を、考慮していないんですか。


「わかりきってることでしょーに。どうなのよって聞いてんの。ちゃんと質問には答える」

「強引だな……」


 もうここまで来ると無理矢理感しかない。多分ないとは思いたいんだけど、実は裏で色々手回しでもしてるんじゃないんですかと聞きたくなる。

 でもここで質問を返そうものなら何されるかわかったもんじゃない。

 もう諦めて。開き直って。素直になってしまってもいいのかもしれない。


「……好き、かな」

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