第152話 惹かれるもの

 意気込んでみたのはいいが、それだけで行動が変えられるっていうのなら、苦労なんかしない。

 何が問題なのかといえば、もう一歩を踏み出せずにいることなんだから。


「……」


 あの日。葉月が風呂場に突撃して来た日から、今日で三日目が過ぎるのだろうか。あれからと言うものの、その次に進めずにいた。

 葉月はそれ以降は特に、あのことについては何も聞いては来ない。

 残りの二学期の生活、部活動にしても。特にこれといって変わったことはあんまりない。少し距離感ができているのかともいえば、そうとも言える。それがどうしてできたものなのかは、どう判断を下していいものか。

 そんなことを考えながら、今日も俺は校門をくぐる。



「それじゃあ今日が二学期最後の現代文の授業になるな。ぱぱっと最後のまとめをしてしまって、残った時間は自習としよう」


 四限目。二学期では最後の現代文の授業。冬休みも近くなり、明後日には終業式を控えている。

 この前蕾と映画を見に行ったのが、十二月の頭の方だったから、かれこれ二十日近くは経ってるんだった。というか振り返ってみてようやく実感したよ。ここまで来ておいて、なんの進展もないんだから。どんだけへっぴり腰なんだ俺は。って感じだわ。

 右手でくるくると、くだらないペン回しをしながらどうしようかと考えてはいる。最近は先生の話を聞いていて暇になったらと言うか飽き飽きしてきたらこんなことばっかりしている。

 でもそれに意味なんかない。ただ暇なのが解消されるってくらい。


「それじゃあ最後の問いについて。今回の題材に関してあなた自身の意見を二百字程度で……」


 今回の出題については前の授業の最後に、次回までの課題として提出されていたものなので、当てられようが戸惑ったり慌てふためくようなことは無い。

 前もって回答はノートに書いてきてあるし、前とは違って先生の話にも注意は向けてはいる。俺とて同じことを二度も、まして同じ先生相手になどしたくはないのだから。


「そんじゃあ適当に何人か当てるか。それじゃあ最初は……桐谷から」

「あ、はい」


 黒板の前にたってる先生が適当に何人か当てて、課題の回答を発表してもらう形のようだ。最初に当てられたのは薫。

 その後も何人か、特にパターンも決まりもなく適当に当てていく。それに対して当てられたクラスメイト達は、若干の戸惑いも見せながらも、視線はややノートの方に向けながら自分の回答を読み上げていく。

 頭の片隅で考え事を続けながら、クラスメイトの声に意識を向ける。読み終えた後、次に自分が当てられてもいいように心の用意くらいはしておくのだ。

 なんて言い回しだけは器用なこと言ってみたが、そんな芸当ができるわけが無い。


「それじゃあ後一人にしておくか。そいじゃあ……宮岸」

「ひゃ、はい」

「慌てんくていいぞ」

「は、はい……」


 いきなり当てられてびっくりしてる蕾。そんな彼女に慣れているので一旦落ち着けと言う先生。

 今の現代文の先生に限らず、うちの担当のほとんどの先生はそうだとわかっているから、彼女を当てる度にそう言う。


「あ、えと……。私は――――」


 ゆっくりとぎこちない声で。それでいて澄み切った彼女の優しい声が聞こえてくる。

 俺はペン回しをやめて、彼女の発表に耳を傾けていた。部活動では一緒にいること多いから、彼女の声はよく聞いている。それでも飽きることなんか無い。いくら聞いていたっていい。そう思えるくらい綺麗な声をしてると俺は思う。

 なんてフェチズムというか変態じみた思想画混じってしまったが、決して彼女に対して邪な感情を持ってることは無い。それだけ彼女が魅力的なんだってことなんだから。


 だからそんな彼女にどんな言葉をかけてやろうか。どんなタイミングで言ってやったらいいんだろうか。正解なんてあるのかもわかったもんじゃないし、無いってのが普通なんだろう。

 それもあるし、それだけじゃない。後考えなきゃ行けないことは、もう一個だけある。


「――――であると私は考えます」

「おし、ありがとう。上手くまとめられているな」


 気がつけば、蕾の発表が終わっていた。でもってそのあとの残った十五分は自習の時間に充てられた。



 その後すぐに昼休みになった。いつものように薫と篤人にお昼に誘われ、薫の机を中心として弁当を囲むことになる。

 机のフックにかけておいた弁当と水筒の入った袋を手に取って薫の机に向かおうと思った時、制服のポケットに入れていたスマホが震えた。

 スマホを取り出し確認してみれば。


【米林莉亜】お昼食べた後でいいからツラ貸して


 これは、覚悟を決めた方がいいのかもしれない。

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