第151話 いつか必ず話すから

 しかし。のんびりまったりと自分の世界にでも浸っていようかとも思っていても、そんなふうにも行かないことは、いつものことなんだとすぐに判らされてしまう。


「お兄ちゃんお兄ちゃん」

「どした葉月」


 頭は壁の方に向け、葉月の方は見ないようにして会話を続ける。流石にと言うか、目線をそらすのは当たり前なんじゃなかろうかと思う。


「この前の小テスト。葉月いい点取れたんだ!」

「そっかそっか。莉亜からも話は聞いているが、それでよく友達に頼られてんだろ」

「うんうん。これ教えてくれーって、数学とか英語とか」

「いい事じゃんか。人の役にたってるなら。お兄ちゃんとしては誇らしい」

「えへへー」


 こういう時に葉月がする話といえば、学校でこんなことがあった。いい事あった。みたいな感じ。

 でもってすごいでしょ褒めて褒めてってアピールしてくる。

 こういう所は子供っぽいっていうか、兄として見ている分には純粋に可愛いと思っている。今思うと……なんであんな方向に振り切れてしまったんだろうって。何が葉月を変えてしまったんだろうって。

 なんてことを考えてても、もう今になっちゃどうしようもならないんだろうな。あれがすぐに変わるとは思えないし。


「どうしたのお兄ちゃん」

「唐突になんだが、世界の不条理さというものを悟ってしまった」

「なんか変だよ今日のお兄ちゃん」

「それ以外は普通だ」


 おそらく。てか条件反射で葉月のいる方向いちまったじゃねぇか。

 それから直ぐに、シャワーの音が止んだ。どうやら髪を洗い終えたらしい。でもってそのタイミングで葉月の目がいきなり鋭くなった。


「強いて言うなら……なんかずっと左手をグキグキ動かしてた」

「なんだよその擬音」

「なんて言うかなー……ぶっ壊れたロボットみたいな」

「いや具体的な表現をしてくれと頼んだわけでもねぇよ」


 要はしどろもどろというか、なんか落ち着きがないって言いたいんだろうか。


「じゃあさらにはっきりと言うなら」

「言わんでいい言わんでいい」

「ちょっと嘘をついている」

「いやいやないない」


 いつの間にか入り込んだ話になりそうな展開になってきそう的な感じがする。とっとと風呂から出ようかな。その方がいいような感じがしてきた。


「俺そろそろ出るわ」

「逃げたらダメだよお兄ちゃん?」


 言ってる顔はニコニコしてるけど、あれ、あれちょっと怒ってる顔だわ。このまま逃げたら、後で莉亜に泣きすがる葉月の姿が容易に想像出来る。でもって明日俺がとばっちり食らうんですねわかりたくないです。


「……はぁ」


 出ようとして立ち上がったのだが、それは諦めて。再びお湯の中に身体を沈めた。

 それから葉月は自分の左手を俺に見せながら話を始めるのだ。


「だってお兄ちゃんって嘘つく時とか、なんか誤魔化そうとする時って、いっつも左手変な動きさせるもん」


 左手を指をしなやかに、別の生き物みたいに動かしながらそう言う葉月。


「そうかぁ?」

「そうそう。お兄ちゃんのことはずっと見てきてるんだから、癖の一つや二つくらいわかるんだよ」


 癖なんて、自分自身がわかってなければ気がつくもんでもない。指摘されたとしてもだ。

 え、そうなの? とか、いやいやそんなことないって。 みたいなリアクションするのが普通でしょう。

 まぁ何が言いたいかといえばだ。俺もその一人然り。そんな癖あったん? って感じだわ。


「それで。葉月になんの隠し事してるの?」

「してねぇよ隠し事なんか」


 別に隠してはいない。色々あってまだ話すことが出来ないからなんだ。だから隠してなんかはいないのだ。そういうことなんだ。


「でもさー。仮にお兄ちゃんが隠し事してなかったとして。なんかいつもと様子違うのはわかるよ」

「葉月。いつから探偵になったんだ」

「そういうのいいから」


 と思ったらなんか今日の葉月はドライだった。さっきまでの可愛げな葉月はどこの銀河の果てに飛び立ってしまったんだ。

 もちろんというか、葉月といえど俺に怒る時はあるし、兄妹喧嘩だって何度もした。だから何となくわかる。今の葉月からはこれまで以上の、相当なプレッシャーを感じる。こうなると葉月は怖いんだ。


「……わかったわかった。いつもとはちょっとばかしかモチベーションっていうか雰囲気が違って見えるのは、お兄ちゃん認めよう」

「やっぱり」

「でもいいか葉月。情けない話だがずっと考えてる最中だからまだ説明できる段階じゃないんだ」

「……ホントに?」

「今回は嘘ついてない。それは確かだ」

「んー……」


 じゃあ白状してよと言われても、まだ何をどう言ったらいいかがきちんとしていない。考えていたら湯船のお湯が冷めるであろう自信がある。それくらいにだ。


「ちゃんと話す。でも今は時間をくれないか」

「……わかった。約束だよ」

「……ことがまとまったらな」


 そう言って、俺はさっさと風呂から逃げるように出ていった。

 ことがまとまったら……か。そう言ったけど、世の中確立された、約束された未来なんて存在するはずがない。

 確定要素がある訳でもないし、それら複数の事象がいくらかあろうとも、どこかで不確定要素が入り込むから、結局はそういうことなんだ。


 だからこれだけ決めた。俺にとって、後悔しない行動をしようと。

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