第150話 異常事態
葉月、乱入。彼女のことだからさほど珍しいってことではないんだが、いきなりこられりゃびっくりしないわけがないだろう。
てか本心を言ってしまうならば。そろそろこんなことするのはやめてください。小さい頃ならばともかくだが、もう俺ら高校生なんだぞ。
「葉月」
「んー? どーしたのお兄ちゃん」
近くにおいてあった洗面器を手に取ってから、それをタオル代わりにして体の一部分を隠し。浸かっていた湯船から立ち上がり、そっと葉月の右肩に右手を乗っけてくるっと百八十度回転させ。
「お兄ちゃんが出るまで大人しく待ってろ」
すっと風呂場の外に押し出して。扉を閉めた。
「……よし」
サーテト。コレデヨーヤクユックリデキルゾー。
ほっと一息ついてから、洗面器を床に置いて再び湯船の中へと。さてとなんだったか―――
「よし! じゃなくてぇぇ!」
退室させといたのに。また入ってきた。今日はなんだかしぶといなー。てか勢いが結婚式に乱入した元恋人かよ。
「せっかく葉月が色々とサービスしようとしてるんだよ! こういう妹のご厚意は素直に受け入れるのがお兄ちゃんってもんなんじゃないの!」
「知らねぇよそんなサービス。変な常識植え付けられてんぞ」
「だってそうじゃん! りあ姉も戸水先輩も同じようなこと言ってたもん!」
「まずその常識と幻想を打ち砕くとこから始めようか、葉月」
戸水さんにはともかく、莉亜は明日説教確定だな。
でもって葉月よ。今服脱いで裸になってるってことくらい自覚してください。堂々と両手広げてるから丸見えなんですけど。一応は目ぇ逸らしてるけども。いくら目の前にいるのが兄だからって、恥じらいくらいはいい加減に覚えてください。見せつけるほうじゃなくて、られてる方が恥ずかしいってなんなんだよ。
妹だから見慣れてしまってるってのはあるけども。邪な感情を抱こうとかは思わないけども。それでも思春期迎えた男子なんだ。今のこの状況がとんでもなく落ち着かないんだよ。
「ともかくご厚意はそのお気持ちだけで結構なんで。今はゆっくりさせてくださいな」
「えーいいじゃーん! 一緒にお風呂はいろーよー!」
「お兄ちゃんそーいう気分じゃないからー。てか気分とか関係なしにそろそろ勘弁してくれませんかー」
「もう葉月服脱いじゃったし! パンツとかブラジャーとかもうカゴの中に突っ込んじゃったし! 履き直すの面倒だもん!」
「いちいち大声で言わなくてもいい! そして堂々と己の全てをさらけ出そうとするな! 変態であることの主張はしなくていいから!」
「葉月変態じゃないもん!」
言いたいことはその言葉だけで十分伝わってきますから! 両手を大の字に広げてアピールせんくていい!
でもってだ。兄の部屋に忍び込んでは服なり下着なりを漁って匂いを嗅ごうとしているあなたに言われましても、信用できません。
「もーわかったから静かにしてろ! 変なことはするな! それが条件だ」
「やった! でもそういうのは、お兄ちゃんの方なんじゃ……」
「少しは葉月の大好きなお兄ちゃんのことを信じてくれよ」
男の性というか、下心の存在を疑いたくのはわかるよ。莉亜とか戸水さんのことだから、そっちのさらに余計なことまで吹き込みやがったに違いない。
勝手に疑うようなことをしたくはないんだが、あの葉月がここまで言うとかあれだろ。
これまでだって何度も、俺が風呂入ってる時に乱入してくることはあった。でもここまで言うのは初めてだよ。
ずっと風呂場で騒いでいても父さんと母さんに迷惑かかるし、これ以上葉月をなだめようとするのは楽なことじゃない。せっかくの風呂だってのに、余計に体力使っちまいそうなんだもん。
「~♪」
呑気に鼻歌を歌いながら、シャンプーで頭をわしゃわしゃと洗っている葉月。お兄ちゃんとお風呂入れて嬉しいんだろうが、今の俺にとっちゃなんとも複雑なもんだ。
嫌とまでは言わないが、落ち着かないんだ。それに今日はずっと考え事ばっかりしていたから、今更ながら頭が痛い。それがさっきのやり取りのせいで悪化したような気がする。
それにだ。場合によっちゃあ考え事の内容が葉月にバレそう。今はまだ話したくはないんだ。
素直にバレたくないってのも理由の一つではあるが、まだ考えがこれっぽちもまとまっちゃあいないんだ。そんな状況で話せと言われても話せやしないんだよ。下手に誤魔化すこともできないし、俺そういうの得意でもないし。
もう身体は洗ったし、もうしばらく湯船に浸かったら出ようとは思っていたんだ。
でもそれはそれで葉月がまたうるさくなるだけか。今できる最善の手を考えるなら少なくとも、もうしばらくはここに留まっていなければならない。
その先のことは、その時考えよう。
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