第149話 空虚な時間の経過

 今にも雨か雪でも降り出しそうな鉛色の空の下を一人、いつもよりも少し遅めの足取りで帰路に着いた。

 空の様子がいかにも怪しさぷんぷんなもんで、とっとと帰ってしまいたいという気持ちもあるんだが、それでも今は一人でじっくりと考えたいという気持ちが勝った。

 家に帰ってからだと葉月がうるさそうだから、今ぐらいしかこんな時間は取れないのだから。


 しかしただ時間だけが過ぎ、家への距離が縮まっていくのみで、なかなか答えなんか出やしない。

 答えというか、正しい方法というか。いざ選んでみようって考えちまうと、コレが難しいもんだ。

 最近は蕾のことが気になってくるようになった。思えば彼女といる時間が日に日に増えているような感じもするし、話をしている時は楽しい。

 しかしだ。同時に脳に浮かぶのは莉亜の存在。蕾よりも倍近く、いやそれ以上に長い時間を一緒に過ごしてきた仲だ。深刻に考えすぎなのかもしれないが、選択によっては莉亜のことを裏切ることになってしまうのだろうか。

 あいつもそこまでしつこくはないが、やっぱり不安というか心配というか。

 とか考えているうちに、気がつけば家の前にいた。



「ただいまー」

「あ。おかえりーお兄ちゃ〜ん」

「おう」


 家に辿り着いて玄関のドアを開ければ、ちょうど近くを通りかかった葉月が反応してトコトコとこっちにやってくる。


「最近多いよね。部活のない日は学校に残って自習してて。家じゃダメなの?」

「そういうことする分には、お兄ちゃんは学校とか、家の外の方が落ち着くんだ。誰かさんのせいでな」

「えー誰ー?」


 主に葉月と莉亜のせいです。頼むからそれを自覚してくだせえ。

 休日に部屋にいれば葉月が押しかけてきたり、莉亜が勉強教えてと連絡なしに俺の部屋に突撃してくるし。こっちが一人で勉強したいってのに、落ち着かないんだよ。

 部屋の鍵をちゃんとかけて、携帯マナーモードにでもすればいいだろうって? それで解決するくらい些細な問題だと言うならば、苦労なんかしねぇ。

 だから最近は、わざわざ家から徒歩十分の所にある図書館に避難している。連絡が気にならないように、スマホは持たずにな。


「まったく。葉月の成績がいいのは知ってるが、ちゃんと勉強しとかねぇと、特進クラス入れないだろ」

「大丈夫だよお兄ちゃん。勉強はちゃんとしてるよ」


 うちの学校は、二年に上がる時に文系理系に分かれ、そのうち各一クラスには特進クラスが設けられている。

 希望するのは自由だが、当然入るためには教職員による選考は避けて通れない。

 葉月なら大丈夫だとは思うが、油断は命取りとよく言うじゃないか。いつもいつもお兄ちゃんお兄ちゃん言ってるが、どうなんだか。


「ところでお兄ちゃん。なんか勉強帰りじゃなさそうなくらい疲れてない?」

「そうか? いつもとそんなに変わらんぞ俺は」

「ふーん。そう」


 目にくまができてるわけでも、目が充血してる訳でもないだろうに。話しようだって普段と変わりないじゃないか。パッと見ならばな。


「夕飯まで部屋で適当に過ごしてるから」

「ほーい」

「お兄ちゃんちょっと一人になりたい気分だから、そっとしといてくれ」

「学校でやって、家帰ってからも勉強?」

「明日までの数学の課題があるんだ。だから集中したい」


 適当にそう言って、二階の自室へと向かう。ちなみに課題があると言ったのは嘘。そう言っておけば、葉月といえど執拗に部屋に来ることは無いからな。もう一人については……どうしようもない。



 部屋に入って、リュックを机のそばに下ろした。ファンヒーターの電源をつけた後、ベットに仰向けになる。


「さて……と」


 中断した考えごとの続きをしてはみる。でもそこから先は、上手く言葉がまとまらない。

 どうする方がいいのか。何をするべきなのか。思い切って話をするにしたって、明日いきなりなんてできるわきゃない。


「……」


 ゴロゴロベットの上を転がりながら無言で考えてみるが、そんなことしたって考えがまとまるわけが無い。さっき以上に無駄な時間が流れていく。何かあるとすれば、外で雨が降ってる音と、ファンヒーターの送風音が聞こえてくるのだけ。


 蕾も莉亜も、同じ漫画研究部に所属している友達……という関係にはもう収まらないんだろうか。


「おにーちゃーん!」

「あー? なんだー?」


 横になっていたらドアをノックする音と俺のことを呼ぶ声が。考えるまでもなく葉月ではあるが。


「ご飯できたから、早く降りてこーいってお母さんが」

「あーわかった。すぐ下りる」


 一旦飯でも食って。風呂に入って。気持ちをリセットしようか。あれこれ思い詰めてもどうにもならないし。

 ファンヒーターの電源を切って、スマホと着替えを持って部屋を出た。


 それからはいつも通り飯を食って、それから風呂に入った。今のうちくらいは考えないようにしようとは思っているんだが、そうしようそうしようって思えば思うほどに、頭から離れなくなってしまう。


 湯船に浸かっているうちは心地がいい。たまに温泉に行きたくなるって人が多いのもよくわかる。俺だってそうだし。

 でも身体の疲れが取れても、心の疲れまでは取れないんだろうか。できることならこのモヤモヤもどうにかして欲しいもんなんだが。


 なんて考えてたら、人の影がぼんやりとすりガラスの向こうに映っている。てかあの動き……服を脱いでませんか?

 俺がまだ入ってるってのに誰だ一体って思ったら。


「入るよーお兄ちゃーん!」

「何故ェ?!」

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