第148話 脳裏に浮かぶもの
「ないとは思うんですけど、聞いてもいいです?」
「どうぞ」
「何か企んでとかいませんよね」
「まさか」
「ならいいんですけど」
戸水さんのような意地の悪いことを、この人がするとは思えないし。真面目で裏表のない人だと俺は思っています。
「急にどうしたの?」
「この前蕾が……映画のチケットを槻さんから貰ったって言う話をしてたもんですから……それで」
「あぁ。一緒に行ったの、大桑さんだったんだ」
やっぱしなんか企んでるんじゃなかろうかと疑ってしまう。
「お得意様から頂いたチケットだったのだけど、こういう映画、宮岸さんだったらきっと見たがるだろうって。アメリカで先に公開された映画で話題性も高かったから、色んな人に楽しめる映画だと思ったの」
「まぁあの話題の映画が遂に日本上陸……なんて特集まで組まれたくらいですし。気になるって人は多いんじゃないんですか」
「宮岸さんの性格だと一人で行く勇気無さそうだから二枚渡して、仲のいい友達と見に行ったどうかしら? って言ったの」
「あぁー……。そういうことがー」
「楽しかった?」
「まぁ映画は面白かったですけど……」
映画は面白かったです。見る前の緊張なんてなくなってたくらいに楽しめたんですから。
「悪い雰囲気にも思えないし、一歩踏み出す以外で悩む必要無さそうだと思うのだけど」
「それで済むならこんなに思い詰めることありませんよ」
仮に告白する勇気さえ出せりゃ、苦労しない。あるとすれば――――
「それと最近は……莉亜のことがですね」
「なんか複雑なことになってきたわね……。でもそうかぁ米林さんか。幼馴染なんだもんね」
「長いこといると、なんというか……説明しがたいんですけど色々とありまして」
莉亜とは産まれてすぐの時から一緒だった。幼稚園、小学校、中学校。そして高校と。ずっと同じ時間を過ごしてきたのだ。だからこそ彼女のことについてはよく知っているし、それは向こうも同じこと。だからこそ特別な感情ってものが芽生えてくるものなんだ。
それがどう言い表すべきものなのかは、幼馴染という関係を持つ人それぞれで変わってくるのかもしれない。
俺にとって莉亜のことを言い表してみるならば。
「ほっとけない、って感じですかね」
「ほうほう……」
小さい頃から、莉亜には色々迷惑かけられた。勉強教えてと頼まれたり、漫画描くからその手伝いをして欲しいとせがまれたり。
彼女が漫画を描き始めたのは小六の頃だったか。きっかけは確か……その時読んで漫画が面白くて、すごく面白くって、いつか私もこんな面白いものを描いて見たいって言い出したのがそうだったか。
つい最近になってようやく思い出したよ。掃除してたら押し入れの奥の方に埋まっていた卒業文集を見つけて、それに書いてあったんだ。
「おかげでいい迷惑ばかりでもあったんすけどね……。変なこと強要されるわ、ろくな知識もない俺にアドバイスを要求してくるわで」
「時々言っていたわね、大桑さん」
当然最初は苦労ばっかりだ。絵がそこまで上手ではなかったし、知識はさっぱりだし。小遣い貯めて本買って、そこから独学で学んだんだっけ。
しばらくしてからは技量は身についたものの、今度は漫画のネタのためにと変な頼みをされるようになって。
ヌードのモデルされたり、筋肉痛じゃ済まないくらいに身体が痛くなるようなポーズされたり。手足を手錠で繋がれたこともあったし、いきなり目隠しもされた。記憶に新しいものをあげれば、男の娘描きたいからと言ってなぜだか俺にモデルを頼んだことか。そういうのは薫のが適任だからそっちに頼んでくれりゃ良かったものを。
「そんな莉亜ですけど……漫画っていう趣味というか、夢を見つけてからは、ひとつのことにとことん打ち込むようになったんです」
「いいことじゃない」
そういう莉亜のところは、感心している。色々あるけども、それだけ漫画ってものが好きなんだなってのは伝わってくる。だからほっとけないって思えるんだ。
「そういう情熱って、若菜にも似ているところがあるわね。宮岸さんもそんな感じなのかしら」
「そうですね。漫画書いてる時の蕾も、莉亜みたいにワクワクした目をしてますから」
「自分の好きなことを語っている若菜って、すごく面白いの。私は若菜ほど詳しくはないんだけど、聞いててこっちも楽しくなるの」
戸水さんの話になりかけたところだが、ハッとしたのか槻さんは咳払いしてから話を戻した。
「そっか……まぁまとめると、はっきり決められませんと」
「お恥ずかしい限りで」
「それが悪いとは言わないけど、でもあんまり考え込んでたら、大桑さんの方が持たないわよ」
「分かってはいるんです……」
選ぶのってこんなに難しいことなんだろうか。本心はとっくに決まっているのかもしれない。でも何かがそれを邪魔しているのかもしれない。それが何なのかは、考えてもわかったものでは無い。茨のように足にしがみついて来るんだ。切ってもまた別の茨が絡んでくるような気分だ。
「だったらちゃんと考えて、自分自身と向き合いなさい。勢いとかで決めたらダメよ」
「わかってます」
「なんかごめんなさいね。ここまで話しておいて、あんまり大桑さんの参考にならなくて」
「いえ。親密に話を聞いてくれるだけでもありがたいです」
誰かに相談しただけで解決するのならば、それは大した問題では無いのやもしれない。結局最後に重要になってくるのは、自分自身なのかもしれない。それを知っただけでも収穫なのかもしれない。
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