第147話 答えは同じ

 放課後で人通りが少なくなっているとはいえ、誰も通らないという訳では無い。四回の教室に残って自習している生徒もいるし、化学室では化学部が活動している最中でもある。

 相談事でもあるので人目の気にならない場所に変えてくれるのはありがたい。

 今日は部活がないから、他の部員が来ることはまず無いだろう。莉亜や葉月だって、先に帰らせてるんだから。


 部室に入ったあとは、槻さんと向き合って座った。そういえばこの人と二人だけで話すのは、夏に皆で海に遊びに行った時だったっけ。あの時はどういう話をしていたんだか……と、当時のことを振り返りながら思い出してみる。


「槻さんは……恋愛経験はありますか?」

「なかなか難しい質問をしてくるわね」

「すいませんね。こんなんで」

「いいのよ別に」


 こういう相談は、誰かにするのは難しいもんだと思っている。身内にするなんて、俺にとっちゃ恥ずかしくてできたもんではない。当人にとって信頼できる人にする必要があるのだから。

 変なやつとか真面目に相手してくれないようなら不安にもなるし、話しづらくもなるだろう。


 一呼吸挟んでから、槻さんは俺の質問に答える。


「前にも言ったけど、私ってちょっと距離を置かれていたというか、一目置かれていたというか……」

「あぁ、そうでしたね」

「答えを言ってしまえば、お付き合いの経験はないわね。そういうのもあるし、家が家だから、慎重になるって言うのもあるの」

「あぁ確かに」


 そういう話はよく聞くような気がする。ハニートラップがどうとか、後継がどうとか。お金持ちの家ってのは結婚事情が複雑なんだとかで。


「でも付き合ったまでは行かなくとも、気になる人がいたりとか、逆にほかの男子とかから気になられるようなこととか」

「あんまり、ないかな……」

「それでも、槻さんのとこだったらお見合いの経験とかならありそうな感じしますけども」

「そういえば、この前一回だけあったわね。私じゃなくて姉さんのなんだけどね」

「やっぱあるんだ……いえ、あるんですね」


 ちょっと気が抜けて言葉遣いが乱れてしまう。やっぱりそういうのあるんだって思うと、気になってしまって前のめりになってしまった。

 慌てて語尾を修正したが、おそらく多分きっと間に合ってない。


「でも話がなんか噛み合わなかったみたいで。流れちゃったのよ」

「そうなんですか」

「とまぁ姉さんの話はこのくらいにしましょうか。大桑さんの相談を聞けなくなっちゃうから」


 気になったんで聞いてみたが、このまま槻さんの話ばかりを聞いていると、本題を進められなくなる。彼女の話が気になるところではあるが、あまり脱線しすぎないようにしようか。これじゃあいつもの部活と変わりないじゃないか。


「それで。なんで急に」

「まぁ理由なんて話すまでもないと思うんですど、最近……というかついこの前からある女子とどう向きあったらいいものかと、考え込んでしまうようになってしまいまして」


 この人の場合おそらく見抜かれてる気もするが、念の為に蕾の名前は伏せて話を進めていく。


「そうなの。無理には聞かないけど、具体的にって言うと」

「はっきり言うと、普通に話すこと自体は、問題ないんですよ。彼女の方も、特に変わった様子は無いですし……。でもそれ以外ってなると、自意識過剰なのかもしれないんですけど、なんか変な考えちゃいまして」

「なるほどねぇ……」


 なんというか、気になって落ち着かないと言うよりは、一緒にいないとなんか落ち着かないって感じになっちゃってる気がするんだ。さすがにそこまで行くと変態くさくなりそうだから言わないでおこう。てかそんな下心はないから。断……じてないから。説得力ほとんど無いかもしれねぇけども。


「変なって、一応言いますけどセクハラ方面じゃないので」

「わかってるわかってる。大桑さんはそんなことはないって思ってるから」

「ならありがたいですが……」

「それで、大桑さんはどうしたいの?」

「……それが、わからないんです」


 何をしたらいいのか。どうするべきなのか。どんな行動をとるのが正解なのか。彼女とどう向き合えばいいのか。

 正解なんかあるはずがないのは、そういう経験が浅かろうがわかっている事だ。だからこそと言うべきなのか。それともそういうもんだからと捉えるべきなのか。


「考えようとすればするほど、余計にまとまらなくなるんですよ。こうした方がいいんだろうって思うことこそあるんですけど、こう……ビシッと決められない感じで」

「悩ましいものねぇ。そういう経験ができる大桑さんがちょっぴり羨ましいわね」

「嬉しい悩み……とかじゃないんですけど」


 だってそのせいで俺自身が壊れかけてきてるんですけども。


「最初に言ったように私にもそういう経験はないから、偉そうに言える立場じゃないのだけどね。こういうのは、湊の方が詳しいかもしれないわね」

「かもしれませんね」


 その存在だけで十分な説得力があるようにも思える。あの人の場合。


「一つだけ言うなら、やらない後悔よりもやる後悔……かしら。自分でこうだと決めたのなら、後のことをあれこれと考えずにやってみたら」

「……わかりました。ありがとうございます」


 篤人から言われたことと似ていた。自分から動かなきゃ始まらないと。説得力が変わってくるといえばあいつに失礼かもしれんが、そうかもしれないと、改めて実感した。


「あとは二人のことだから、あまり私は踏み込めないけども、頑張りなさいな」

「はい」

「私はお似合いだと思うよ。大桑さんと宮岸さん」

「……どうも」


 薄々バレているんだろうなとは思っていたが、やっぱりか。

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