第146話 頼りになる人
どういう流れになれば、俺がそんなこと素直にオッケー返すと思ったんだか。
彼女になんか気でもあんのならデートでもしたのか? 写真とかないのか? とか聞かれまして。まだデートなんざした覚えはないし、ツーショット写真なんか一枚もねぇっての。てかあったとしても絶対あいつには見せない。
デートをしたって訳じゃない。あれは単に映画に誘われたからであって、そういう口実とか、そんなんじゃなくて……。
なんとーなく思い立ったもんだから、スマホを制服のポケットから取り出して、検索ボックスに「デート」と打ち込んでみる。
「……いやいや待て待て待て」
分かってはいたことなんだけど、期待とか予測を裏切るようなこともなく。日時や場所を決めて男女が会うこと。と記されていた。
てことは……もうそういうことなのか。いやでもだ。愛し合う二人がってことだからまだ決めつけるのも早すぎるわけなんだし……。
あぁくそう。なんかもうわけわかんなくなってきた。
別に蕾と二人で話すこと自体には、抵抗とか嫌悪感とか、恥ずかしさがある訳では無い。今朝だって普通に話してたじゃないか。彼女の方だって特に変わった様子はなかったし、なんだったらいつもよりも楽しそうに会話してたし。
でもあれ以降なんというか、俺の方はこれまでとは違った見方をするようになってきたし、朝薫に色々と言われてからは変な意識まで芽生えてくるようになってしまった。
いかんいかん。やばいとこまで行くと煩悩が目覚めそうだ。別にそんな邪な感情は抱いちゃいないから。そんなんじゃないから。
あもうダメだ。こんなんなってる時点で俺の方がやべぇわ。どうすんだこれ。これから蕾のことまともな目で見られなくなっちまうじゃねぇか。それもこれも薫が変にからかったりするから――――
「あら。大桑さん」
「どぅえぇあぁぁぁ?!」
一人の世界に浸ってぶつぶつと考え事してきたから、背後から名前呼ばれただけだめちゃくちゃびっくりした。思わず普段じゃ滅多に出ないような変な声出てしまった。
耳元でいきなり鳴り物を鳴らされたような、不意に刃物で指を切ってしまったような。そんな突然の衝撃が。
「あ。ごめんなさい驚かせてしまって」
「いえ……こっちこそ変な声出してすみません」
「今度から気をつけるね」
「どうも、すみません……そこまで気ぃ遣わなくもいいですから」
俺に話しかけてきた声の主は、漫研副部長の槻さん。噂してたらその人が現れるとはよく言うが、相談相手の候補に入れてみたらまさかこんな所でエンカウントするとは。
今俺がいるのは、特別棟四階にある自販機の近く。
「こんな所でどうかしたの?」
「ちょっと、考え事してまして……。槻さんはどうしてここに」
四階は一年の教室のある階。余程のことがない限り、他学年がここに来ることはない。
「さっきまで学級委員の仕事をしてたの。それが終わって、部室にちょっと取りに行くものを思い出したから。その途中でちょうど大桑さんを見かけたから」
「あぁ。そういう」
そういえば漫研の部室。この廊下の端の方にあるんだった。錯乱? していると、こういうことを忘れてしまうんだよな。
「米林さん達は一緒じゃないの?」
「莉亜と葉月だったら先に帰らせました。ちょっと用があったもんですから」
「そうなんだ」
「と言ってもしょうもない考え事なんですけどね」
この人は莉亜や戸水さんみたいにしつこく聞いてくるような人ではない。なのでこういっておけば、追及してくることはないとは思う。
「そう入ってるけど、なんだかスッキリしない顔をしてるのね。今の大桑さんは」
「そうですか? 寝不足ってわけじゃないですし……。てかそんな変ですか」
「くまができてるってわけじゃないのだけど……何か重そうなものを抱えてそうな感じがするのよ」
彼女にそう言われたもんで、自分の顔をペタペタ触ってみる変な感触はないし、傷とかカサブタだってないし。
「触ったくらいじゃわかんないわよ。私から見ていてそんな感じがするっていうか」
「……わかるもんなんです? そういうの」
「去年だって、若菜の相談を何度も受けてきたから。見てるとそういうのが何となくわかるのよ」
「そうですか……」
「無理にとは言わないし、何かあれば話くらいは聞くけど?」
「あぁ……そうですか……」
さっきは篤人にも言われて、槻さんに相談するのもいいんじゃないかとは思った。でもまだ頭の中は整理できないところでまともに話なんかできるんだろうか。
でもこの人には部活中、何度も助けられた。あの個性的なメンバーをまとめることにせよ、部活の業務の手伝いとか。とにかく色んなことを。
だから俺はこの人の事を部活の中で一番信頼しているし、尊敬している。
「じゃあ……まだ上手くまとまってないんですけど、付き合ってもらっていいですか?」
「了解。場所変えて、部室行こうか」
「あの……笑わないでくださいね」
「笑わないわよ」
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