第145話 心のもやもや
薫の振る舞いには、毎度毎度困らされる。ちょくちょく隙を見つけては俺のことからかってくるし、男のくせして女の子っぽいところあるし。本人の威厳とか尊厳とか、どうなってんのかは本人次第の問題だからここでは言及しないけども。どうかしてるよアイツ。
ちょっと気分が良くなったかと思えば、あいつのせいで頭の中はぐっちゃぐちゃぐちゃになっちまったし。
そんなこんなで今日一日は、頭の中がカオスで説明のつかないことになっていた。授業の内容が頭に入ったり入らなかったりだし。ふと気がつけばノートの一ページが謎の曲線で埋まっていたり、やたらめったらと誤字脱字があったりと。
放課後。食堂の隅で、紙コップ片手に溜息を吐いた。落ち着かないものは落ち着かない。今日一日がそんな感じだった。その正体をもっと厳密に言い表そうとするならば、違和感ではなく欲求とも言えるもんなんだろうか。
「おーっす。何やってんだー大桑ー」
「……お前か」
紙コップのコーヒーを一口飲みきったところで篤人がやってきた。
「お前がこんな時間に一人でいるなんて珍しいな。部活どうしたんだよ」
「今日は休みだ。そういうそっちは」
「昨日も練習があったから、その振替で今日は休みなんだよ。んで飲み物欲しくてここ来たらお前がいたもんで」
「へぇ」
気まぐれと偶然が重なってか、放課後に会うことになった。でも特に話すこともないから、このままさっき見たく、自分の世界に入り浸ろうかと思ったのだが。
「どうしたんだよいったい」
「別に。大したことじゃねぇよ。あんだけうるさいのが多いと、たまにはこうしてまったり過ごしたくなるんだよ」
話しかけてきたもんだから、二つ返事にならんように会話を続けた。
「そういうことよく言ってるけどさ、そんな時お前はいつも決まって図書室行くじゃねぇか」
「今日は委員会の会議があるみたいだから使えなかったんだよ」
自分にとって特に落ち着くのがその場所だ。てなもんで行ってきたものの、今日は委員会の会議があるからと利用できなかったのだ。
「しっかしお前がねぇ……悩むことはありそうでもここまでしんみりしてるとなぁ……」
「そうなる時だってあるんだよ。用がないならそっとしといてくれねぇか」
「じゃあ当ててやろう」
「話聞いてたか?」
頼んでもないってか、勝手に俺がなんのことを考えてるのかと篤人は首を傾げて考え出す。
てか最初の課題とテスト辺りまでは理由としてわからなくもない。でも段々、今晩の飯のこととか体育のバスケでシュート一本外したこととか、真剣に悩むにして割とどうでもいいことばっかりになっている。お前は人の悩みをなんだと思ってるんだ。
篤人がくだらん事で頭使ってるうちにこの場を立ち去ろうと踵を返した瞬間。
「そんじゃあ……宮岸のことか」
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ?! なぁにをい゛っでんだお前は!?」
「図星じゃねぇか。あと痛てぇからやめれ」
蕾の名前を出されて咄嗟に篤人の両肩を掴んでいた。
「んなこたーないっての」
「さっきまでの動揺、誤魔化せてねぇから」
「んなわけないって」
「引き笑いと化してんぞ……」
頭がどうにかなりそうだった。
「んじゃあお前でいいわ。口堅そうだし」
「なんだその適当な理由」
しゃあないし、こいつに少しだけでも話すことにしようか。口が堅いことについては信用を持てるから。
「まぁいいけど。口の堅さには自信あるし」
「ちなみに……そういった経験は」
「あるように見えるか?」
顔立ちだけなら女子ウケは悪くはなさそうな篤人。しかしそういう経験のあるなしは、見た目からは判断できない。
「知らんな」
「ひでぇ返しだな人に聞いといて。まぁこの際どうでもいいや。お前の面白そうな話聞けそうだし」
「……やっぱりいいや」
「相当能天気だな今日のお前!」
「……それ言うなら気分屋だろ」
そんなやり取りが挟まったが、ひとまずは。全てでなくともざっくりと、自分の心境の一部を語る。
「……成程。で一応聞くが、なんで俺?」
「他に話せそうな人がいなくてなぁ。葉月や莉亜にはなんか話しづらいし。薫は間違いなくからかってきそうだし」
「それはわからなくもないが……じゃあ部活の先輩とかは」
「少しは考えもしたが……」
全員がとは言わない。でもほとんどが真面目に話を聞いてくれないような気がする。
「確かにあの面々だとなぁ……。でも槻さんだっけ? あの人だったら親密に話を聞いてくれそうな気もするけど」
「そうだなぁ……。まぁ候補には入れとくよ。でも警戒しとかないと戸水さんに聞かれそうだわ」
一番警戒しなきゃならんのがあの人だ。万が一にも相談内容を聞かれようもんならたまったもんじゃない。
「まぁそれはどうこうとして。お前は宮岸に気があるわけだ」
「まだ何も話しちゃいないだろ」
「これまでの流れでそうならないわけがないだろう。むしろどうやったら他の方向に行き着くよ」
「そうかもしれんが……」
くだらん事であーだこーだと言ってても仕方がない。
「大体はわかった。ならお前から動くしかないだろ!」
「俺からねぇ……」
「だって宮岸ってクラスじゃ物静かって言うかそんな感じじゃん」
「そうだな」
クラスでは篤人の言うように物静か。でもそれ以外とか、ある条件下においてはドS。まぁこれについては篤人は知らなくていいだろう。てか知ったらエラい顔しそう。
「何がきっかけかは知らねぇけど、お前から行かなきゃ何も進まんと俺は思う。あいつは自分からなんか出来そうな性格じゃあ無さそうだし」
それがそうでも無いんだよ篤人。最近、俺限定で積極的になるところがあるんだ。
「ん? 何だその言いたげそうな顔」
「いやなんでもない。大したことじゃないから気にすんな。助言どうも」
「どうもどうも。あそうだ大桑」
「なんだ」
「もしなんだが……」
「……ドアホ」
彼からの碌でもない頼みを聞いた俺は、頭を一発軽くどついてから空になった紙コップを握りつぶし、ゴミ箱に投げ入れて食堂を後にした。
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