第144話 あまりからかわないでくれ

 それから日も経ち月曜日に。いつも通りに学校にやってきてみれば、そこには普段と変わらない光景がある。

 自分よりも先に登校したクラスメイトが、仲のいい者同士集まってはおしゃべりをしているし、一人黙々と本を読んだり自習をしている者もいる。


 そんな中で俺はある一箇所に目線が向いた。

 教室の一番窓際の列、前から三番目の座席。その先には蕾が座っている。

 今の時刻は七時五十分。いつもはこれよりもう少し後になって彼女は登校してくるのだが、今日は俺より先に着いて、席に座って何やら本を読んでいるところだった。


「おはよ」

「あ。おはよう、煌晴君」


 後ろから声かけると余計にびっくりさせちゃうだろうから、自分の座席から黒板経由でぐるっと回り込んで彼女の前から話しかける。

 読書中に話しかけちまったもんだか少しビクンとしてたけど、彼女は読んでた本に栞を挟んでから俺の方を向いてくれる。


「どうした、の?」

「今日は早く来てるから珍しいなって思って」

「なんか今日は……いつもより早く、目が覚めたから」

「そうなのか。それで、何読んでたんだ?」

「一昨日に見た映画……。同じ監督の人の手がけた別の映画があって……その小説版」

「へぇー」


 先日に本屋を訪れた際に、一昨日観た映画の関連作品ということでその本を見つけたんだそうだ。


「少しづつ読んでるんだけど、すごく面白くて。ストーリーもそうなんだけど、小説も読みやすいから。原作はちゃんと見たこと無かったんだけど、内容がわかりやすくて頭に入りやすかったの」

「へぇ」

「漫画も小説もなんだけど、上手い人って表現とか言い回しとかが上手でわかりやすいから、内容がすごく伝わってくるの」


 そういうことは、莉亜や戸水さんも言っていた。上手い人のものをたくさんインプットしていくことが、上達のひとつの道筋なんだとかで。


「ジャンルとしては、この前のやつと同じなのか」

「うん」

「やっぱりそういうジャンルが好きなのか?」

「そう……かな。でも同じ趣味で話せる友達が、これまでいなかったから……。らしくないかもって思うと言いづらかったし……。やっぱり変かな私」

「いやいやそんなことないって。趣味とか好みなんて人それぞれだし。たまーにどえらいもんで引くようなことこそあるけど、俺はそうは思わないよ」

「そっか……ありがと」

「前にも話したことじゃないか。もうそんなに気にしなくたっていいだろ」


 蕾が自分の趣味について複雑な気持ちを抱いていることは何度も聞いてきた。


「あ、そうだ。この前の映画のことで思い出した。まだまだ話したいこと、沢山あったんだ」

「まだあんのか。お昼の時といいその後といい、かなり長いこと話していたような気がするんだけど」


 映画が終わってお昼を食べてる時もそうだったんだけど。食べ終わってから適当にぶらぶらしている時も、歩き話もあれだからどっか寄ろうと思って適当にカフェに寄ってからも、あの日見た映画の話題だったのだ。ほんの二時間程の映画一本の話題だけで、上映時間以上の間に話すことになるとは思いもしなかったが、まだ引き出しがあるとは思わなんだ。


「話したいこと、沢山あるから。あ……迷惑、だったかな……?」

「いやいやそんなこと思っちゃいないって。そうなるとどの辺になるんだ?」

「えっとね……中盤あたりの突入シーンのとこになるんだけど……」


 近くの椅子を適当に拝借して、この前の話の続きをすることになった。俺は蕾とは違って銃とかそういうのとか、そっち方面にはあんまり詳しくはない。

 でも彼女は自分の領域に入り込みすぎることなく、その都度解説を交えて話してくれる。だからこちらに知識がなくとも、わからなくなってちんぷんかんぷんになり、頭が真っ白になることなく会話をすることができるのはありがたい。

 それに彼女と会話をしている時。その時の彼女の顔はなんだか嬉しそうに見える。


「それでなんだけど……」

「あぁ。確かあの時のやつだったか……ってどした」


 しばらく話に夢中になっていたから全然気が付かなかった。蕾の視線が固まったまんまで、表情がなんか硬くなってると思ったんで彼女の視線の向いてる方を見てみれば。


「あぁぁぁぁあぁぁ?!」

「おはよー」


 いつの間にか薫が登校して来ていて、俺ら二人をニヤニヤして見ているのだ。

 ちょっと距離を置いてから薫を右手で指さして言う


「いるならいるって言えよてめぇ! びっくりしちまったじゃねぇか!」

「いやーだって。話しかけられそうな雰囲気じゃあなかったし」

「だからって! 至近距離で見つめるこたぁねぇだろ! こぇぇわ!」


 蕾なんてあわあわしちまってるって言うか、いつもの感じに戻っていたし。と言うよりは、話をしている時だけすごく上機嫌で明るくなって至って感じだけども。


「それでそれで。なんの話してたの?」

「ほ、ほら。この前から上映されたやつ」

「こ、この前見に行ったから……その話を」

「あぁあれかー……。それにしてはなんかすっごく和気あいあいとしてたけどー?」

「も、もう黙ってろお前!」


 めっちゃ恥ずかしいから! もうやめろ。そんな目で俺らの事見んじゃねぇよ薫ぅ!

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