第142話 この男、平常心ではなく

 上映時間である午前十一時が近づき、ポップコーンやら飲み物をトレーに乗せて抱えているお客達が、ワラワラとシアターの方へと移動を始めた。

 それに伴い、売店で買い物を済ませた彼女らも移動する。やや中央右端には大桑煌晴と宮岸蕾が。シアター全体を見渡せる中央最後列に、戸水若菜達の四人が座っている。


「こうちんたちはどこっすかね」

「あれじゃない? 向こうの右端の方の二人組」

「おぅおぅ確かに」

「あの頭は確かにお兄ちゃんだ。それに蕾ちゃんもいる」


 全体を見渡しながら彼らは何処にいるかと探し、見つけてはどんなものかと目を凝らしている。もちろん今いる場所が場所なので、声のトーンはいつもより抑えております。


「二人の様子、どんな感じっすかねりあちー」

「気になりますけど……この位置からだと見えないですよ」

「行ったら……お兄ちゃんにバレちゃう」


 変装はしているといえども、帽子とウィッグ。それから急ぎ用意したであろう伊達メガネくらい。そんな急ごしらえの変装では、長い付き合いの彼にはすぐに見抜かれることであろう。


「せめてこんな時、特殊能力が使えたらって思うのよ……! 空飛べたりとか手から電撃飛ばせたりとか! 今回だったら透視とか、あとは心読める能力とか!」

「思うことは分かりますけどもねわかちー……」

「確かに使えたらって思う気持ち分かります、戸水先輩!」

「そうでしょう。ねぇ! あったら楽しそうだしこういう調査も楽になるってのに!」


 戸水の願望から始まった話題。それに自分も私もと賛同が集まる。


「私だったら炎を操ってみたいっすね」

「えーっと、葉月は……」


 尾行というか偵察というか。そんな当初の目的はどこへ行ったのやら。いつの間にか別の話題で盛り上がりだした四人組であった。

 一方で彼女らの右斜め前の方に座っている二人はといえば。


「へ、へぇー……。パンフだけでも結構情報量あるんだな」

「うん。こういう映画って、用語とか多いから……読み込んでおくと話が頭に入りやすいの」

「そ、そうなのか」

「そうなの。それから……」


 グッズ売り場で売られていた映画のパンフレットを共有して読んでいるところであった。

 この映画のジャンルの魅力についてを、目を輝かせて、少し早口になって語る宮岸。

 大桑はそういった知識はあまり深くはないが、必死に語る彼女に対し、懸命に耳を傾けて話を聞いている。

 ようにも見えるのだが。


「(言ってることがわからねぇわけじゃないんだ、こういう近未来というかSF映画は男としては聞いてて楽しいし益々面白そうとは思うんだ。でも今この状況がめちゃんこ落ち着かねぇ……)」


 冷静さというか、凛々しさというか。そんなものは彼の内面には微塵にも存在しちゃいなかった。

 足ががくがく貧乏ゆすりってレベルじゃないくらいに揺れているし、ひざ掛けに乗っている右腕もぶるぶる震えている。

 額からは汗がダラダラと流れている。上着を脱いでも収まらないので暑いからと言う訳ではないようだ。

 そして極めつけに、パンフレットを持っている彼の左手には、彼の手よりも一回り小さい宮岸蕾の右手が添えるように置かれている。


「(てか待て待て待て。やっぱし再三に渡って思うことではあるけど蕾ってこんな性格だったか?!なんか最近の限定的ではあるけどひっそりと積極的っていうか無言のアピールするようになってきたし。入口でのあれとか、今この時とか!? 思い返して見れば葉月や莉亜とだって、二人きりで映画館にしてもなんにしてもどっか遊びに行ったこととかないんだけどぉぉぉぉぉぉ)」


 彼にとって、幼馴染と妹である二人との関係は深いものではある。しかしデートといった踏み込んだものとなれば、そこまで進展してはいないというのが実態。

 付き合いは長いが、その分異性としてみるというのがあまりなかったといえば、なかったようなもの。故に見方も変わるというものだろうか。


「(今は映画の云々についてを話してるけどもこの後って何を話したらいいんだ俺)」


 背もたれに深く腰かけ、石像みたいに固まってしまっている大桑煌晴。唯一動いている箇所があるとすれば、田んぼの中を泳ぐオタマジャクシのように目まぐるしく動く瞳孔くらいだろうか。


「それでこの銃がね……。えっと……こ、煌晴……君?」

「……え、あ。どどどうした?」

「なんか、ずっと固まっちゃってる、から。……ごめん、なさい」

「あぁ。違うんだ、蕾のせいじゃないから」

「だって……この前だって、そうだったもん。自分の好きなこと、誰かに話せるって思ったら、早口になっちゃって……」

「いやいやそうじゃなくて。俺がその……話に集中出来てなかっただけだから……。だってその……こういうの俺、初めてだからさ……って何言ってんだ俺は」

「……迷惑、だった?」

「そんなこと思っちゃいないって。映画に誘ってくれたのは嬉しいんだ。そうじゃなくて、そうじゃあなく、て……」


 大桑煌晴。完全に混乱している。もう何をするのが正解なのかを考えすぎたがせいで、自身でも訳わかんないことになってしまってるのだ。


「……一緒に行くって言ってくれた時、すごく嬉しかった」

「え」

「一人だと不安だったから。ありがとう。煌晴君って……やっぱり優しい」

「そりゃ……どうも」


 お礼を言われ、もちろん嬉しく思っている彼ではあるが、こんな時に言われりゃ固まってしまうのも無理ない。


「だから今日は……楽しい一日にしたい」

「……わかった」


 そう話しているうちに上映前の告知が終わり、シアター全体が暗くなっていった。

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