第141話 執念の企み

 大桑煌晴が緊張と不安とで、それはそれはもう平常心なんかではいられなくなっているのと時を同じく。そして場所をも同じくしてのこと。


「前に出すぎよ。危うくバレちゃうところだったかじゃない」

「でもうちらに気がついたんじゃなくて、御手洗行ったみたいっすね」


 今大桑煌晴と宮岸蕾のいる映画館のある七階のフロア。彼らのいる場所から、エスカレーターを挟んだそのちょうど対角の位置。その陰にコソコソ隠れるようにしてる人影が四つ。


「面白いことになりそうだなーとは思ったけどねー。薫ちゃんと姫奈菊ちゃんもいたらもっと面白いことになりそうだったけどねー」

「用事あるなら仕方ないっすよ。しおりんもです?」

「詩織に言ったら絶対止められるだろうから言ってない」

「確かにしおりんならとめそうっすね」


 妙蓮寺高校漫画研究部の、その中でも彼にとっては中々に厄介な四人が、ウィッグに帽子と少々雑な変装をして二人を見張るように遠くから見ているのだ。


「この前お兄ちゃんが壊れた理由があれと考えるとなぁ……。りあ姉的にはどうなの?」

「知らないうちにここまで進展してることにこそ驚いたけどね」

「幼馴染であるりあちーとしては、色々複雑なんじゃないすか」

「いいんですよ。むしろ煌晴がどうあいつをリードするもんか、気になりますから」


 目的の二人がどんな行動を取っているのかと、食い入るように見ている。


「そういえばなんですけど、戸水先輩」

「どうしたの莉亜ちゃん」

「映画見られるのはありがたい話なんですけど……なんで煌晴が今日あいつと映画観るっての、わかったんです?」


 なんで彼女らがここにいるのか。何故彼女らが大桑煌晴の予定を知っているのか。

 理由を考えれば色々と推察されるんだろうが、実際もっとシンプルに考えてしまえばそんなに難しい問題でもない。というか理由を考えることの出来ない理由なのだから。

 要するにだ。ただの偶然である。


「この前の帰りにねぇ、蕾ちゃんと大桑君が廊下で話してるのが外から見えたもんだから気になったのよ」

「へぇー」

「それで何してるもんなのかと執念深く探りを入れたらねぇ……面白いこと聞けたもんだからこれはこれはと思って」


 槻詩織は家の知り合いからチケットを譲って貰った。でもって戸水若菜は知り合いの絵描きからネットを介して同じ映画のチケットを貰った。

 でもってあの時のやり取りをたまたまというか、運悪くも戸水若菜に見られたもんだから、彼女は今回の企みというか思いつきに至ったそうで。


「この辺りであの前売り券使える映画館は駅のここだし、上映時間も考えたらすぐさま行こうとねぇ……」

「たったの数日でここまで嗅ぎつけたわかちーが恐ろしいっす」

「上映時間も考えたら、いっちゃん最初のここだろうかと思ったの。あとはお昼の時間に重なるし、過ぎるとそれこそ遅い時間になるから」

「この執念が恐ろしいよ……」

「葉月もりあ姉と同じ意見だよ……」


 何を思ってのことか、この部長の根気というのは相当なものであるようだ。


「で。これまでのを見てどうなんすか」

「どっちもうぶなんすね。どっちもめっちゃ顔赤いですし」

「やっぱり思うんだけど、どうもあいつって煌晴にだけは気を許してるのよねー」

「泉台小の時に面識あったって話だったけど、お兄ちゃんと何があったんだろう」

「なんかこうちんらしいっすね。なんやかんや言うんすけど、気持ちくみ取って受け入れてくれるとことか」

「てかそれ以前にあいつの振る舞いのちがいががが……」


 御手洗に行った二人が戻ってくるまでの間、二人が待ち合わせ場所からここに来るまでのことについてを振り返りつつ勝手に批評しているところであった。


「先輩にはそういう経験があるんですか」

「一年の時に三ヶ月だけ付き合ってた男子ならいますよ。同じ学年で」

「マジですか先輩?!」

「マジのマジっす。でも思いのほか気まずかったしー、別の女子と、それも複数いたもんすからムカついたんで振りました。そういやこの前も砕けてたっすね。同情する気にもならないっすわー」


 とかいう過去話が月見里湊の口から語られる。何はともあれ、彼女にはそういう経験があるもんで、ちょっと先輩目線で語ることができる。


「あー思い返したら笑えてきた」

「何にですか」

「あいつの振られぶりっす。他校の女子と交際してたそうなんすけど……あの時のもう……あーお腹痛い」

「何があったのよ湊ちゃん。むしろそっちのが気になるんだけど」

「その話は今度ゆっくりしたげるっすよ。それよりも……」


 どうやら中々に、痛快なエピソードがあったらしい。それが本人の口から語られるのはまた後の話になりそうだ。

 後になったのにはもう一つ理由があって。


「こうちん達出てきたっすよ」

「てか二人で御手洗って……なんというか思わせぶりな展開よね」

「どういうことなんですか戸水先輩」

「葉月ちゃんは知らなくていいわよ。まだ早いから」


 無論そんなことにはなっていない。ものの数分しか経っていないし、そもそもなるわけがなかろう。考えすぎも毒というものだ。


「てかそろそろ上映時間なんじゃないすかわかちー」

「あぁそうね。早いところこちらも用意をしなくては……」


 この悪女の密かな企み。果たしてどう落ち着くもんなのか。

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