第140話 頭を巡る考え事

 俺が先に足を動かして、その一歩後ろを彼女がついていくような感じになる。建物の中に入った辺りで、左手に毛糸の感触が。

 振り向かずとも何があったのかはわかる。手袋している蕾が黙ったまま俺の左手を握っているのだと。俺は特に何を言うことも無く、そのまま彼女のさせたいようにさせてやった。


 それにしても、最近のつぼみはどこか積極的になってるような気がする。

 戸水さんや月見里さんくらいって訳じゃないんだけど、高校で再会した当初に比べたら明らかに違う。しかも何故か俺だけ、周りに知り合いがいない状況限定ではあるんだが。

 俺としては悪い感じはしないんだが、どうしたもんなんだかと気になってしまうものもある。やっぱり高校生になって、人も変わるもんなんだろうか。



「煌晴君?」

「ど、どど、どうした蕾」


 なんて考え事を、エレベーターが来るのを待っている間にしていたら、蕾が話しかけてきただけでびっくりしてしまった。


「あ……その……なんか煌晴君、怖い顔をしてたから」

「え、そ、そうか……な?」

「気のせい……だったらいいんだけど」


 どうやらかなり思い詰めてたらしい。ってかそうなんだよな、うん。

 考え事のし過ぎで頭だけではなく、とうとう顔までおかしくなっていたか。てかどんな顔してたんだ。蕾がわざわざ聞いてくるってことは相当エラい顔してたんだろうな。


「あぁ、大したことじゃないんだ。ちょっと考え事してたんだ」

「昨日の、こと?」

「あーまぁそんなんだ。何かと面倒な性格してる母さんでさぁ」


 本来考えてたことを見透かされないように、昨晩のことについてだと誤魔化すことにした。


「俺の言い方が悪かったってのもあるかもしれないけど、余計な茶化しをしてくるんだから落ち着かなかったんだ」

「なんか……ちょっとだけわかるかも」

「蕾の母さんはどんな感じなんだ」

「気の抜けたところの多い感じ」


 なんて話をしてたらエレベーターがやってきたんで、さっさと乗り込むことにした。



 エレベーターで映画館のある七階にやってきてみれば、まだ昼前にも関わらず多くの人で賑わっている。

 それも当然か。今回観に来たアクション映画の他、今はの時期は昨年話題になったドラマとアニメの劇場版も公開されている。どれも予告の時点で注目の集まっていた映画だからな。


「結構いるな」

「今日は、土曜日だから……」

「それもそうか。そんじゃあ早いところ手続き済ませちまおう」


 今回は蕾が槻さんから貰ったという前売り券があるので。それを機械に通して当日券に交換する。


「座席の希望あるか?」

「出来れば……端の方で」

「わかった」


 空いている席の中で、蕾の希望に沿って端の方の座席、でもって二つ横並びで真ん中より少し前の方の座席を購入。


 今回見る映画が公開されるのは十一時から。念の為にと早めに来ていたから、まだ十時はんだ。確か入場開始は開演の十分前からだったと思うから、まだ余裕がある。


 売店で何かしら買うのはもう少しあとにして、近くの休憩スペースで適当に休むことにした。


「その……今日はありがと」

「いいんだお礼なんか。むしろ言うのはこっちの方だ。この映画結構気になってたからさ」


 帰ってから冷静に考え直した時は、そりゃあ気が気でなくなって、葉月に怒られるくらいには行動がおかしくなっていたけども。それでも気になっていた映画が見られるとなれば素直に嬉しいものだ。


「一人で行くの……なんか怖かったから」

「一人で行動するのって、自由気ままに動けるってのは魅力だけど、結構勇気いることでもあるからな」


 そういう談義がよくネット上では展開されている。一人○○みたいなのがいっぱい上がる。映画もそうだし、他にもカラオケ、ラーメン、焼肉等々。


「でもすぐに見たいっていう気持ちは強かったから……どうしようかなって思ってたんだ」

「そっか」


 一人で映画を見に行くってのは、ネット上ではそこそこ勇気のいることらしい。それも今回見る映画はSFのガンアクションメイン。女の子一人で見に行くとなればかなり勇気がいるだろう。

 そうなると蕾でなくとも、女子一人だけで行くのは躊躇してしまうだろう。


「だから、煌晴君が一緒に行くって言った時は嬉しくて」

「それなら……良かったけど」

「煌晴君は、こういうの好き?」

「特に好きなジャンル……ってのはないんだよな。気になったものは、とにかく触っていくって感じだな。莉亜にも色んなジャンルの漫画を読ませて貰ったし」


 莉亜は莉亜で、色んな漫画を描いては俺に読ませて感想をねだっていた。特に好きなジャンルの括りがないのは、それ故になんだろうか。


「今回のは……まぁそんな予告のCM見て、面白そうだなって、思ってたんだ」

「うん。あの予告はすごく引き込まれる」

「映画館で見たら、凄そうだなー……って思って」

「私もそう思う。……あの、煌晴君」

「どうした?」

「さっきからなんかそわそわしてるけど……」

「え、そ、そっか?」


 これについてはまぁ言ってること間違っちゃいない。なんか気になって仕方ないんださっきから。もうすぐ映画が始まるからワクワクするとか、人が多くて落ち着かないんだとか、そんなんじゃない。


「なんていったら言いか……」


 こればっかりは蕾に言っていいものか悩む。あくまでこれは俺の感の話になるんだが、見られているような感じがする。


「……ちょっと御手洗行ってくる。そしたら落ち着くかもしれんし」

「あ……じゃあ一応、私も」


 ひとまずは御手洗にでも行くことにしようか。さすがにそこだったら見張られてるなんてことはないだろうし。

 てかそれが気の所為であって欲しい。それとも単に俺の考えすぎがすぎて警戒心が強くなりすぎたが故の結果だろうか。

 とにかくまず落ち着こう。このままだとせっかくの映画が楽しめないじゃないか。

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