第139話 落ち着くんだ俺
とまぁ色々とあったが、日が経つのは意外と早いもので、約束していた土曜日になった。
集合場所は映画館のある駅ビルの入り口。時間は午前十時。それよりも十五分くらい早く来てはスマホを弄り、ブーツのかかとでアスファルトをコツコツ叩きながら蕾が来るのを待っていた。
蕾とはまだ彼氏彼女とかそういう関係じゃないし、あくまで映画に誘われただけ。だからまだデートじゃないんだ。と自分に言い聞かせながらも、同年代の女の子と出掛けるんだからと、外見にはとにかく気をつかった。
寝癖を直すのはもちろんのこと、深い知識がないと言えども服装には細心の注意を払い、変な見た目にはならないようにした。
変な色の組み合わせにはなってないし、温度調節もできるようにしている。変な柄の服を着ているわけでも歪なアクセサリーを身につけているわけでもないから、周りから見て変だとは思われない……はずだ。
そんな心配を頭の隅にでも寄せて周りをちらっと見れば、休日ということもあって大勢の人で賑わいを見せている。
目の前を女性のグループが、色鮮やかな飲み物の入ったプラスチックのコップを片手に、ワイワイと話しながら通り過ぎていく。
ロータリーの方には観光客を始め、老若男女問わず色んな人がいる。
そして時々、カップルと見られる男女が駅ビルの中へと入っていくのが伺える。
俺はこれから蕾と……って待て待て。あまり鼻の下伸ばすんじゃあないよ、大桑煌晴。
そういうんじゃないから。気が早すぎるんだって。
今日がくるまでの間、俺としては、なんとも言えんぐらい落ち着かなかったんだよなぁ。蕾からのメッセージが届いてからもなお、夢なんじゃなかろうかと疑いたくもなった。
それもあるし、葉月や莉亜はともかく、他の漫研の人達にこのことが知られようもんなら何を言われるのかわかったもんではないし、絶対何かしらしてきそうな気しかしないからそれが一番不安なんだ。バレないように平常心を装うのが大変だったよ。
あれからの蕾はと言えば、いつもとは何ら変わりのなさそうな様子であった。でも俺みたいに他の皆にバレないようにと振舞っていたんだろうか。それは分からない。
特に他の人達に変わった様子はなかったし、おそらく多分きっとバレてはいないはずだ。葉月にだって言っちゃいないんだから。
「大丈夫……なはずだ」
そう呟き、自分に自信持てと言い聞かせることとする。
今日これからもそうだけど、昨日だって、母さんに出かけてくるって言うだけでけっこう大変だったんだぞ。
昨日お風呂入った後、葉月が風呂に入っている間に母さんに明日出かけてくることを伝えておいたんだ。
「母さん、明日出掛けるからお昼いいや」
「あらそう。そしたら葉月も?」
「いや、俺だけだわ」
「そうなの。さっき葉月も来て、出かけてくるーって言ってたから、一緒なのかと思って」
「別件だわそれ」
葉月も明日、どこかに出掛けるらしい。俺絡みではないみたいだから、クラスの友人か莉亜とでも遊びに行くんだろう。
ならば尚の都合がいい。そうであるならこっちはこっちに専念できるし、ばったり会う確率なんてそうそうないだろう。
「友達と遊びに行くの?」
「まぁ……そんなとこだ。映画見に行くんだ」
「へぇーそう……」
要件は済んだからさっさと自分の部屋に戻ろうと思ったんだけど、なんか母さんの様子がおかしいんだよ。左手を口元に当てながらくすくす笑っているのだ。
「……なんだよ母さん」
「いやーねー。なーんか言葉に含みがあるから、ひょっとしたらついに彼女とお出かけでもするのかなー、なんて」
「ちっげぇっての! まだそんなんじゃないから!」
「あら。女の子ってのは認めるのね」
「んぐぐぅ……」
嵌められた。てか注意力が足りなかった。まだクラスメイトの男子とかって言っておけばまだ修正が効いたのに。
「と、とにかくそういうことだから。あと同じ部活の子! そういうあれじゃないかんな!」
「ハイハイわかったわよ。でもそっかー。煌晴がねー……」
「マジでまだそんなんじゃないから。てか勝手に話をややこしくしないでくれます?」
「そうなると莉亜ちゃんとじゃないのよねー。でも煌晴だってもう高校生なんだから……」
「とにかくそういうこったから! そんじゃあそういうことで!」
これ以上あれやこれやと言われようもんならキリがない。要件は済ませたんだからと、サッサと部屋に戻った。
なんてことが、昨日の夜にあったってんだ。おかげでただでさえ落ち着かなかったってのがますます悪化しちまったんだよ。何とか寝付くことこそできたけど、実際言ってしまえば寝た感覚があんましない。
あぁおのれこんちくしょう。母さんって昔っからひとこと余計ってかまどろこっしいこと言うんだから。小さい頃はあんまり気にはしなかったけども、思春期迎えちまうとすっごい気になっちまうんだよこんちくしょう。
そんな考えに至ってしまったが故か、とうとう地団駄踏んでしまう始末。
「こ、煌晴君……?」
なんてやってたら、背中の方から俺の事を呼ぶ声が聞こえてきて、振り返ってみれば彼女がいた。
「お、おはよう……蕾」
「う、うん……おはよう、煌晴君……」
なんか気まずい。すごい気まずい。めっちゃ気まずい。
「も、もしかして……待たせ、ちゃった?」
「あ、あぁいやいや、そんなことないって。こっちのことだから」
俺が怒ってるんじゃないかと誤解させたままだといかんから、昨日家であったことについてだと彼女に言ってやる。
「……てなわけでな」
「そ、そう……なんだ」
「厄介な母さんでな」
「そういうことなら……良かった。もしかしたら遅れちゃうかなって、不安だったから」
「そこまで厳しくないから安心してくれ。ここにいても寒いから、早いとこ中入ろうか」
じっとしてても立ち話していても、落ち着けそうにはない。早いところ次の行動を起こしたほうが、今は懸命なのかもしれない。
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