第138話 マジもんなあれでした

 二人っきり……二人っきりぃ?!


 部屋に入ってリュックをベットに放り投げ、ドアを閉めてしばらくその場に棒立ちになって考えて直してみる。帰る前に学校であったことについてをだ。

 部活が終わって。部室の鍵を返しに行って。そしたら近くの廊下に蕾が居て。そしたら彼女に映画のお誘いをされて。

 そういうこったな、うん。なぁんだ、流れはいたってシンプルじゃあないか。いやそこじゃねぇぇぇぇ!!


 そんときは気になってた映画が見に行けるラッキー、って思いの方が若干強かった感もあるからそこまで考えが至らなかったけども。



 もうとにかくゴロゴロ床を転がっては、気が気でない自分自身をどうにかしようとしてたのかもしれん。邪念撲滅? 悪霊退散? 煩悩滅却? もう何が正解なんだかわかりゃしねぇっての。

 ひたすらゴロゴロと。それしか出来ることがねぇってかこうでもしねぇと益々気が狂いそうで。こんなこと部屋ん中でしてる時点でもう狂っているようなもんだけれども。ここは俺の部屋なんだし、だーれも見ちゃいないんだからたまには発狂なんてしちゃいたくもなるじゃあないか。

 とかいうよくわからん思考に流れ着いた時、ドンドンっと強めのノックの音が。


「お兄ちゃんうるさい」

「……すまんかった」

「あんまりうるさいと、お母さん怒るよー」


 うるさくしてたということには気が付かず。そこまで考えていられる余裕、今のお兄ちゃんにはありませんでしたっと。

 普段俺に怒ることなんてほとんどない葉月からでさえこれである。まぁ五月蝿くして迷惑かけたのはお兄ちゃんの方だからすまんかった。

 いやいやとにかく、おちつけ落ち着けおちけつ。おちつこう、落ち着こうじゃあないか。横にしていた体を起こして、座禅でも組んで考え直してみようじゃあないか。


 くどいがもっかい整理しよう。部活が終わった後のこと、俺は蕾から週末に映画を一緒に見に行こうというお誘いを受けました。以上。これってもう……デートやないかい。

 いやいや待て待て待ちなさい。決めつけるのはまだ早いじゃあないか。考え直そう、そーうだ考え直そう。とりあえず一回、深呼吸して……っと。

 そもそも考えが早とちりすぎるんだよ。


 俺は映画に行くお誘いをされただけであって、デートのお誘いをされたわけじゃない。まだそうと決めつけるには早い、早すぎる。判断材料が少なすぎるじゃあないか。

 単にあの時は俺だけに言っただけであって、もしかしたら薫とか葉月とかを別のタイミングで誘ってる可能性だってあるじゃあないか。彼女の性格を考えたら、部活や教室なんかといった人の多い場所であんなこと言える質じゃあないってことはこれまで過ごしてきてわかっていることなんだ。大多数の人から注目されるってことが、彼女にとっては苦手なことなんだから。


 いや待てよ……。たしかあのチケット、記憶が確かであれば槻さんからもらったやつだったよな。いくらあの人からでもそう何枚もあげられるとは思えない。てことはやっぱりあのお誘いってマジもんのやつだったりするのか?

 いかんいかん。あんまり深く考えすぎるな。馬鹿に思えてくるじゃないか。あの人は戸水さんみたいに変な企みするような人じゃないし、あのチケットは彼女からの善意と考えたほうが自然だろう。


【宮岸蕾】今日はありがとう


 蕾からのメッセージだった。わざわざこんなことで律儀にならんくてもいいとは思うが、そういうのも彼女らしいとおもう。なんてほっこりしていたら。


【宮岸蕾】煌晴君といっしょに行けるの、たのしみにしてる


 おうふ。なんか頭の中で色々と意見が引っ張り合いしてたけど、今のでもうロープがぶちんと千切れてどっかとんでっちまったよ。これもう確定じゃん。デートじゃん……。


「……」


 それから数分……いや一分も経たぬうちに。


「……おにいちゃん?」

「……どうした、妹よ」

「とうとう頭おかしくなった?」

「至って普通だが」

「……どこが?」


 どうやらまた部屋の床でごろごろしていたらしい。それもさっきよりもかなり五月蠅かったらしい。葉月がとうとう部屋に押しかけてきては、開口一番が説教であった。

 てなわけで俺は今、仁王立ちしてる葉月の前でちょこんと正座しています。


「お兄ちゃん。いくら葉月でも、怒るときは怒るからね」

「すまんかった」

「何があったの」

「お兄ちゃんにも、おかしくなる時はあるんだよ」


 本当にそうなんだと疑いたくなる気持ちもあるし、もしかしたら夢でも見てるんじゃないかという思いもあるし、内心少し喜びたくもなるという願望なんかもありまして。いろんな感情が入り混じってるもんだからそりゃあおかしくもなっちゃうんですよ。なんて事細かに話せるわけもないから、大人しく正座することにします。まさか葉月に向かって正座することになるなんて。


「それで何があったの」

「黙秘で」

「……変なの」


 どうぞお好きに。ことの詳細を話す方が嫌なので。


「静かにしててよーお兄ちゃん。次はお母さん呼ぶから」

「ハイハイ」

「全くもう。大人しくしててよね」


 それだけ言って、葉月は回れ右して俺の部屋を出ていこうとする。がしかし、俺は彼女の右手首を掴んで引き止める。


「うぇえ?! なぁにお兄ちゃん!」

「ちょっと待ってくれ葉月」

「ま、まさかお兄ちゃん。気がおかしく……じゃなくて、いよいよ葉月のことが……」

「そうじゃない」

「じゃ、じゃあとうとう私のことをおそ――――「そのポケットに入れてるものを渡しなさい」」


 葉月に説教されたおかげで冷静になれたから、お兄ちゃんちゃんと気がついたからな。

 ズボンの尻ポケットに俺のパンツが入っていたの。


「お兄ちゃん。またお説教されたい?」

「それとこれとは別だ。一緒くたにすんじゃねぇ」


 この後別の意味で揉めた。もちろんやばい方向には進んでいない。

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