第133話 蕾の願望

 鏑木さんと話し終えた後は、また戸水さんに話しかけられる前に講堂を出ていった。


「どうするよこの後? なんか行きたいところとかは……」

「あの……その……」

「何かあれば希望に沿うけど……」

「そ、その前に……」


 なんか蕾の顔が赤い。こうなってしまうのはしょっちゅうな事だけど、さっき戸水さんにあれこれ言われたこと、まだ引きづってんだろうか。


「……手」

「手?」


 そう言われたんで、少し視線を下に落とす。彼女の右手を、包むように握っていた。

 無言になって。ちょっとさっきのことを思い返してみて。そしてハッとした。無意識のうちに、蕾の右手を多少強引に引っ張って行ったことを。

 そういう行為に走って、後々になって冷静になってみりゃ行き過ぎた行為かもしれん。がしかし、今はこうする方が正解だったのかもしれない。あの人の相手する方が今は避けるべきことなんだから。


 でもいきなりこんなことしちまって、悪いことしてしまったと反省。

 すぐに力を緩めて蕾の手を離した。


「すまんかった」

「気にして……ないから。ビックリした、けど……」

「いやでもなぁ……」


 本人の意思確認もせず。独断に身を任せて行き過ぎた行為をしてしまったんだ。さりげなく……ではなく無理やりだったんだし。


「あ、じ、じゃあ……どっか、行きたいとこあるか?」

「そ、それじゃあ……」


 そこからは小声でそっと。つぶやくように言ってきた。


「あいよ。ちょっと歩いた先だったな確か」

「うん」

「じゃあ行くか。ずっとここにいても邪魔になるし」


 今いるのは二階の、講堂に繋がる渡り廊下と特別棟の交わる場所。近くには教室等への連絡通路と階段もあるので人通りは多い。てか今になってみれば、こんな場所でさっきのやり取りしてたのか。ガッツリ見られてないだろうなおい。


「もうあんまし時間もないし、さっさと行こうか」

「あ、あの……煌晴、君」

「どうした」

「あ、あの……ね」


 またさっきのように、俺にそっと囁くように。

 そんなこと言われた時には驚いたが、本人がそう言っているのならば、ここは素直に受け入れてやるべきことだろう。減るもんじゃないし、それにあの蕾から頼んできたことなんだから。


「……わかった」


 後ろに立っている蕾の方に、顔は向けずに左手だけをそっと差し出した。彼女はその手をしっかりと握った。指の一本一本までしっかりと。


「行こうか」

「……うん」


 手を繋いでいるところが周りに見えないように、お互いの体で隠すようにして。蕾の行きたいところへと向かった。


 やって来たのは、同じ階の教室棟の一室で開かれているフリーマーケットだ。

 元々は文芸部と分担でシフトを入れる予定ではあったのだが、人員は十分にあると向こうが言ってのでその件については問題無しと。

 特に何を買うと決めるわけでもなく、ただ気ままに教室の中を歩いていた。しばらくしたところで会計の机の近く、古本のコーナーで蕾は足を止めた。


「あ。それって……」

「私達の……本」


 彼女が手に取ったのは、俺達漫画研究部と文芸部が作成した合同本だ。

 古本という訳では無いが、同じ本という括りとしてこのコーナーにポップ付きで置かれている。


「てかわざわざ買わなくとも、一応何冊かは貰ってるんじゃなかったのか」


 制作に関わった側として、サンプルにはなるがいくつか製本されたものは何冊か受け取っているのだ。戸水さんに言えば貰うことはできる。


「そうなんだけど……ちゃんと売れているのか気になって……」

「そっか。でも見たところ、結構売れてるみたいだな」


 何冊刷ったのかは分からないが、積み上がっている山を見た感じだと結構売れているようだ。



「おやおや。可愛らしいお客さんじゃないか」

「あぁ、どうも」


 俺たちに話しかけてきたのは、フリーマーケットの会計をしているおばあちゃんだ。

 孫と会話をしているような親しみを持って、


「その本を書いたのって、もしかしてお兄さん達なのかい?」

「あー……俺らの部活ですけど、これは合同本で、色んな人が色んな小説や漫画を手がけたんです」

「あらまーそうなのかい。若いのにすごいわねぇ」

「それで……そのうちの漫画のひとつを描いたの、彼女なんです」

「……‼」

「ありまーすごいわねぇお嬢さん」


 言おうか少し悩んだけど、なんだか不意に言いたくなっちゃって。


「あ、あああの……その、こ、煌晴君なんで?!」

「いやなんか……」


 と言うよりも自慢したくなったのか。俺自身のことではないけども。

 それともほかに理由をあげるのならば、いずれは話の話題になりそうだったから先に言ったとか。


「どれなんだい、お嬢さんの描いたの」

「あぅあぁ……」

「おや、どうしたんだい?」

「あぁ。すみません。こういうの、彼女慣れてなくて。それで、このタイトルのなんですけど……」


 それからというもの、無言で顔を思いっきり赤らめながら、俺の背中をポカポカ叩き始めた。


「おやおやこれかい……」


 それからおばあちゃんは、蕾の描いた漫画を時折こくこくと頷きながら読んでいた。二十ページ程の漫画を読み終えると、後ろに隠れてる蕾を手招きし始めた。

 オロオロしてる彼女だったが、俺がなんとか前に出してやる。さっきのことについては謝ってから。


「……は、はい。どう……でしたか?」

「まだ若いのに、グッと引き込まれるような漫画を描くじゃあないか。すごいのねぇ」

「あ、ありがとう、ございます……」

「私はねぇ、これでも昔は漫画家になりたいと夢見ていたものでねぇ」

「そ、そうなんですか……」


 それからは世代の違う女性同士。それでも漫画という共通の好みで繋がり、会話が広がっていく。蕾は初対面の人との会話にまだまだ慣れないようであったが、おばあちゃんと漫画の話をしている彼女は、なんだか嬉しそうに見えた。


「お嬢さんも、そういう夢を持っているのかい?」

「え。あ……はい。なれたらなぁ……って」

「だったら頑張りな。お嬢さんならきっとなれるよ」

「は、はい……。頑張り、ます」




 フリーマーケットの教室から出たすぐのこと。


「……良かったな」

「うん。嬉し……かった」


 彼女の顔は赤いけど、その表情はいつもとはまるで違っていた。

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