第132話 演劇が終わり
一度この演目は漫研を招待されての試写会もどきで既に1度見ていたが、本番の舞台で見ると感じるものは全然違う。
この広い舞台での公演となれば、照明による効果もより大きく現れているように感じた。本番だと言うのもまたひとつ、雰囲気の変わる要因のひとつなんだろう。
今は演劇が終わって、鏑木さんが舞台上で挨拶をしている。
それを聞きつつ、高畑さんがまたちょっかいかけてくる。てか本来はあなたがやるべき仕事なんじゃないですかアレ。なんて言っても本人は聞く耳持たずで一方的に話を続けている。
「やっぱりいいもんよねー。君もそう思うでしょう? ね?」
「その……はいかイエスしか求めてないようなねだりっぷりはどうにかしてくれませんか」
餌を求める犬みたいになってる高畑さん。求めるものは餌ではなく、肯定的な回答になるが。
でも否定的な意見を述べる理由もないので、楽しかったですと答えておく。
「そーだよ! そーだよね! というかよくあんなストーリーを思いついたものね」
「自分は簡単な道筋くらいしか作ってないですよ」
「それでもそういうのって大事なのよー。家の骨組みくらい大事。何処からアイデアが出てきたの?」
「アイデア……ですか」
どういう話を作ろうかと、ネットや本を色々あさっていた時にテーマとして目に飛び込んできたものが、『身分の違う者の恋愛』というテーマ。それをどう展開していこうかと考えた時に、たまたま見つけたネット小説があったので、それをいくつか参考した。といった感じだ。
「……というかその話。打ち合わせの時に何度もしましたよね」
「いいじゃないのよ何度も聞いたって。ふふー……ところでー」
「なんです」
「気がついてなかったの?」
「何にです?」
言ってる意味がまるで分からない。ちょいちょいっと俺の右の方指差してんでそっちの方を見てみると。
「……おぅ」
ズボンの上には誰かの左手が乗っかっており、 右肩には誰かの左肩がコツンと寄り添うように当たっている。誰なのかなんて、推理するまでもない。今右隣に座っているのは蕾なんだから。
「ほんとに鈍感なのねあなたは。それともあれかい?」
「なんです?」
「こういうことなんてもう日常茶飯事だから、これくらい気が付かなくたって仕方ないじゃないかー。的な」
そうじゃない的な。そうだったらオロオロしてないですから。
「そ、そうはなりませんから」
「だってさー。なんか仲良さそうな同級生の女子いたし、すっごいべったりな妹ちゃんまでいるんだし……」
「あれはもう慣れたことですけども」
「慣れたことって……君いったいなんなのよ」
「あの二人がちょっと変わってるだけなんです変な詮索はしないでください」
「もったいぶるねー君はー。そこんとこぜひ聞かせて貰えるとー」
「慎んで御遠慮申し上げます」
なんて話してるうちに、鏑木さんの挨拶も終わったようだ。観客達が次々と立ち上がり、演劇の感想の話題で盛り上がりながら講堂を出ていく。
「おーい蕾ー」
「……ん」
「もう終わったぞー」
「あ。そっか……。ん……‼」
それでようやく気がついたのか、素早く立ち上がるとササッと俺から離れてしまう。
めっちゃ顔を赤くして左手で顔を隠し、右手をブンブン振りながらあたふたし始める。
「ち、違うから。違う……から! 今日の仕事で疲れて、それでちょっと……意識飛んでただけだから……!」
「大丈夫。気にしてないから」
「でも……迷惑だった、よね?!」
「気にしとらんて」
まぁ蕾のことだから無意識だったんだろうな。誤魔化す嘘をつくような性格じゃないし、こんな状況を利用して何かしら企むようなこともないし。
「なんか横で面白いことになってたわね」
「面白がらないの若菜」
横に座って演劇観賞していた戸水さんと槻さんにまで介入される始末。すぐに槻さんが制止してくださったんで、そこは何とかなったんですけども。
「そこんとこどうなのよー」
「やめて差しあげてください」
いや何とかなりませんでした。槻さんが言ってそれで退いてくれるなら苦労はしませんって。
「それで? それで?」
「……‼」
ポケットから、ここ来る前によった莉亜のクラスの縁日の景品としてゲットしたおもちゃの拳銃を、無言で戸水さんに向ける蕾。おもちゃとはいえ、人に向けるのはやめてください。
「とりま落ち着け蕾。戸水さんも変な口出ししないでください」
「ちぇー」
蕾の持ってる拳銃の銃口を、銃ごと右手でぐいっと下げる。この人は恐れというものを知らないのだろうか。
なんて妙なやり取りしてたら、鏑木さんがこっちにやってくる。
「それで部長。いかがでしたか舞台監督の気分は」
「水楓。気分じゃなくて、私は正真正銘の舞台監督よ」
「はいはいそーですねー。これから後片付けするんで、部長も手伝ってくださいねー」
「えー」
「えーじゃなく」
「ぐべふぅ?!」
高畑さんの発言に対しては塩対応で返し、そして終いには首に横から手刀を食らわせる。
「気絶してないですかそれ」
「手加減しましたので。その証拠に」
「痛いわよー水楓ぁ……」
「えぇ……」
曰く。この人かなり丈夫だからこれくらいならば全然こたえないんだとよ。いやいやおかしいですって。
「今日は来てくださってありがとうございました。今後とも何卒」
そう挨拶すると、鏑木さんは彼女をお姫様抱っこして舞台の方へと歩いていった。
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