第131話 皇子の決意
彼は自信が持てなかった。家臣が自分を信頼して頼んでいる事だということは、当然承知している。しかしその大役を果たせる自信がなかったのだ。
場面は変わり、ロザリアが村を訪れた翌日のこと。ファルシウスは村の外れの丘にカルラを呼び出した。
「あの……お話というのはなんでしょうか、アガートさん」
「すごいなって……思ってな」
「い、いきなりどうしたんですか?!」
いきなりこんな切り出し方をされれば、驚くのも当然。
それでもファルシウスは彼女に胸のうちを語った。共に生活をするうちに、彼女の人望の高さに憧れすら感じたことも。
「私なんて……大した人間じゃないですよ」
「いや。すごいと思うよ。村人からあれだけ信頼されているんだから」
「それは……誰かの為に、役に立ちたいって」
そんな彼女に、ファルシウスは惹かれていったのだ。王宮にいた時は自分のことで手一杯だった自分とは違う彼女に。
「素晴らしいことだと思う」
「あなただって、私は素晴らしいと思ってます! 貴方の与えてくれた知恵のおかげで私達、すごく助かっているんです!」
村にいる間、彼は持てる知恵を持って村の農業の発展に努めていた。それが助けてくれた自分への、唯一できる恩返しだと考えていた。
彼女との対話は続く。村の為にどれだけ尽くしていたのか。その姿に憧れる村人がいるということも。
そして表情を変えて本題に入る。
「……謝らせて欲しい」
時折、後ろから横槍を入れてくる高畑さん曰く。この場面は特に気合いの入っているんだそうで。
この作品のテーマは身分の違う者の恋愛。これから展開されるのは、ファルシウスが自身の正体を明かし、そしてカルラに思いを告白するシーン。いわばこの演目の山場ともいえる場面だ。
ファルシウスはカルラに頭を下げた後、服を正してから彼女にゆっくりと話す。
「アガート・ヘルヴァン……と名乗っていたが、あれは偽名だ」
「ぎ、めい……」
「俺の真名は……ファルシウス・カミルナ・メルトリア。ここより北東にあるメルトリア王国の第一皇子だ」
「メル、トリア……あの国の……皇子様……」
「すまない。こちらにも事情があって、下手に真名を明かすわけにも行かなかったんだ。騙すような真似をして申し訳ないと」
「あ、え、えと……」
「素直に受け入れられるわけもないことはわかってる。でも」
「い、いえいえ! 頭を下げないでください皇子様!」
いきなり自分は一国の皇子だと告白されては、動揺するのも当然。それでもファルシウスは、この村にたどり着くまでの経緯を彼女に話した。
「国の、動乱……。やっぱり本当だったんですか」
「知って、いたのか」
「いえ。遠くの国のことなんて、私には分かりません」
その後のカルラの話によれば。村に物資を調達しに行っている男性が、最近のメルトリアはどこか物騒になったと言っていたのを聞いたそうだ。
国民は何やら落ち着かない様子であったし、これまであった活気がなくなってきていると。
それを聞いた後、昨日に訪れた女性のことについてを話す。自分の家臣であり、荒れた国を再建すべく革命を起こす手立てをしていることを。
「では……行ってしまうんですね……」
「俺はもう、この村にいる理由はない。いや、いてはいけないんだ」
「やらなければならないことがあるのはわかります。でもどうしてこんなことを言うんですか!」
「やらなきゃいけない事ができたからだ。いつまでもここにはいられないんだ」
「そうだとしても……ここはもう皇子様の……故郷……のようなものですよ」
演技に一層気合が入っている。俺の両肩つかみながらこちらも何故だか気合入ってる高畑さん。痛いんでその手を離してはくれませんか。演劇観賞に集中できません。
「ありがとう。余所者の俺にそう言ってくれて」「そんなこと……言わないでください。ここはもう、あなたの故郷みたいなものなんですから」
「ありがとう。事が済んだら……また会いに来る」
「約束ですよ。私、まだ、あなたから聞きたいことが沢山あるんです! ひと月でも一年でも何年でも! 私は待ってますから!」
「……あまり待たせないようにはする」
その後、暗転。語り手の口からこの後のファルシウスの動きについてが語られる。
家臣のロザリアとともに近くの村に移動した彼は、兵を集めてメルトリアへと戻った。
彼は国民からも信頼を得ており、彼の声に集う者は瞬く間に集まっていった。戴冠前からの皇子としての人格を認められていたからこそ、先王は彼を跡継ぎに選んだのだ。
勢力を伸ばしたファルシウス率いる革命軍は遂にアルガドを討ち、祖国を取り戻したのだ。
その後は彼が中心となって、メルトリアの再建に尽力した。
その時に彼の脳裏に浮かんだのは、隠居中の村での暮らしだった。誰かのためを思い、誰かの為に尽くす。そんな彼女の姿だった。
そして場面は切り替わり、演目はいよいよ終幕を迎えようとしていた。
物語にひたっているところなんだから、肩掴むのやめてください高畑さん。いいとこなんですから。
ファルシウスが村を離れて三ヶ月後。約束を果たすべく、彼はカルラのいる村を訪ねた。
「その装い……やっぱり王様の前となると、緊張しちゃいます」
以前とは違い、煌びやかな王家の装いでこの村に訪れたファルシウス。かつて衰弱してこの村に来たものとは、とても思えない。
「今日は君に、話があって来た」
そう言い彼は腰を落とし、地面に左の膝をつける。汚れてしまうと言う彼女の声にも構わずに。
そして彼女の左手をそっと触れる。
「君がいなければ、俺はあのまま行き倒れていただろう。君は命の恩人だ」
「いえ……私は当然のことをしただけです。放っては置けないと思ったから……」
「それに俺は、君から勇気を貰った。君の姿を見て、自信をもてるきっかけになった」
そして懐から取り出したのは、青い小さな箱。それを彼女の前で開いてみせる。
「……!」
「どうか……俺の妃になってはくれないだろうか。カルラ」
終盤。遂にやってきた最大の山場とも言えるシーン。皇子改め、新国王からの告白のシーンである。
そんな展開に、一部の観客の男女からは歓声が上がる。
「わ、私……でいいんですか、王様……?」
「そんなことを言わないでくれ。君だからこそだ」
「もったいない……お言葉です……」
二人は晴れて結ばれた。その後のメルトリアは、慈愛に満ちた国王とその妃により、これまで以上に活気溢れた国になっていったそうだ。
というナレーションが最後に流れ、幕がゆっくりと降りていく。
それを見届けた観客から、盛大な拍手が鳴り響いた。
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