第130話 革命を起こす

 カルラと名乗った白髪の少女。所々に虫食いのような細かな穴の空いたみすぼらしい服を着ている。貧しい家の少女であることを表している。


「それで……あなたは?」

「俺は……アガート・ヘルヴァンだ。」


 ここで皇子は偽名で名乗っている。下手に王族の名を出せば彼女を混乱させてしまうだろうと、うつろな意識の中であってもそう判断したからだ。

 その後は今自身がいる場所。倒れてからここに運ばれてくるまでの経緯を彼女から話してもらう。

 ファルシウスが運ばれたのは、メルトリア王国から南西にあるアルメラという名の村だった。

 周囲を高い山々に囲まれ、わざわざここを訪れる者も少ない。

 彼女から聞かれる質問に対しては、自らが王族の人間であることは隠しながら、矛盾にならない程度の嘘を交えて答えていく。


「アガートさんは、その。どうして……あんな場所で倒れていたんですか」

「この世界を旅しているんだ。その道中、食料も気力も尽きてあのザマってわけだ」

「旅って……、あんな軽装で……」

「道中、色んなものに襲われてな。ある時は獣に追われ、またある時は盗賊に身なりの一部を盗られて」


 倒れる直前にファルシウスが身につけていたのは、逃走中にすっかりボロボロになった服と、護身用の剣が一本だけ。旅人にしてはあまりに不自然な格好にも思えよう。

 しかし道中こんなことがあったと説明すれば、その疑問も解決されるであろう。


「あの……お急ぎでないのであれば、しばらくここで休まれて行かれませんか」

「……」

「す、すみません。いきなり恐れ多いことを……」

「いや……そんなことは無い。君がそう言ってくれるなら、お言葉に甘えてもいいだろうか?」


 そしてファルシウスは少女の提案により、しばらくの間この村で休ませてもらうことにした。というのは表向きであり、この村で隠居をすることにしたのだ。

 今は追われている身。いつ追っ手がやってきてもおかしくない。連れて来た僅かな家臣とも散り散りにかなってしまい、誰の協力も借りられない状況。



 暗転して場面が変わり、農村での暮らしの日々が語られていく。

 最初は村の外からやってきた皇子に対して警戒感を抱くものが多かったが、少女の行動もあって、すぐに溶け込むことができた。

 農業に勤しみ汗を流し、井戸の水を汲み、家の材料となる木を切り倒し。どれもこれもが、皇子にとっては経験したことの無いことばかりであった。ファルシウスの顔はどこか健やかにも見えた。


 そしてカルラの内面を彼は知っていく。彼女は統率力に優れ、村長の手伝いを率先し、常に人の中心となって動く。彼がすぐに受け入れて貰えたのも、彼女の動きがあってこそのことだ。

 そんな彼女に彼は憧れすら感じていた。自分にもこんなふうに人の前に立って行けたらと。



 照明が変わり、夜の場面になる。少女の家を出て、小高い丘に見立てた木の箱の上に座っているファルシウスを演じる男子生徒の姿が。

 そこにカルラがやってきて、彼の隣に腰を下ろす。斜め上、スクリーンに映し出された星空の方を見ながらカルラが話を始める。


「私……いつかはこの村を出て、もっと世界を知りたいんです」

「旅がしたいのか」

「ウチは裕福な家では無いので、今はこうすることでしか暮らして行けません。でもいつかはこの村を出てみたいんです」


 語られたのはカルラの夢。村を出て見聞を広げたいと言うものであった。


「そうか……なんでそんな話を俺なんかにするんだ」

「アガートさんは旅人ですから、世界の色んな場所を知っているんですよね!」

「まぁ……そうだが」

「よろしければ、ぜひその時のお話を聞かせて頂けませんか!」


 少しだけ、彼は悩んだ。それでも探究心に素直な彼女の目に惹かれ、足を組み直してから彼は語り始めた。


「それじゃあ……俺がまだ小さい頃に訪れた海辺の国のことを話そうか」


 ファルシウスが最初に語ったのは、幼少期に訪れた国のことだ。

 今は旅人を語っているが、王家の身というのもあって自由気ままに旅ができた訳では無い。それでも見聞を広めるためにと、幼少期から先王である父に連れられて色んな国を訪れていた。

 その時の思い出を思い出しながら、カルラに話をする。

 そしてその時。彼は思い出した。いや、彼は何処か心の奥底に隠しておきたかったのだろう。国を離れる前に先王からの受けた遺言のことを。

 追っ手から逃げるうちに、いつしかその使命を忘れていた。思い出したくなかったのだ。


 そんな皇子の内心が語られたところで暗転。場面はそれから数日後へと切り替わる。

 舞台の袖からローブを羽織った人物が現れる。カルラ達のいる方へとゆっくり歩いていく。


 見慣れない来訪者に村人たちは戸惑っている。しかしローブの人物が素顔を晒すと、声を上げたのはファルシウス。

 その正体はファルシウスの付き人であるロザリア。三週間ぶりの再会であった。


 彼は村人に自分の旅仲間の一人であることを説明し、離れて二人で会話をする。


「ご無事で何よりです。ファルシウス様」

「そちらもだ。他の家臣は」


 ロザリアの口から現状が語られる。今はここから離れた村に、友好国の仲間とともに潜んでいること。散り散りになった家臣はみな無事であること。そして――――


「革命を起こす……?!」

「はい。その為の兵を整えているさなかであります」


 国を取り戻すという決起であった。

 メルトリアに残った仲間から伝えられた、今の国の現状についても語られる。経済は混乱し、反旗を起こした国民が数名捕らえられているというものだ。


「ファルシウス様には、指揮をとって頂きたいのです」

「自分に……」

「この役目を果たせるのは、あなただけです」

「少しだけ……時間をくれないか、ロザリア」


 すぐに決断を下すことはできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る