第128話 開演

 後ろのお客さんがなんとも言えない顔してるから。小さな子供ですら何も言えずにいるから。


「ともかく。二人分でお願いします」

「はいよー。六百円」

「有料かよ!」

「ジョークだっての。ほれほれ、こちらどーぞ」


 ジョークにもならないことも含まれてはいたものの、ともかくさっさと楽しむものは楽しむことにしようか。

 莉亜から割り箸鉄砲を受け取って早速トライ。俺は一発も当てられなかったものの、蕾は最初の一発以外は全て当ててしまうという技術の高さをお披露目。銃の趣味があるとは知っていたが、射撃の腕もここまで高いとは。


 その後も教室内の他の出し物を楽しみ、頃合いを見て教室を後にした。そろそろ演劇部の入場開始の時間となる。そんなに急ぐ必要も無いとはわかっているが、早めに行くに越したことはないだろうし。



 演劇部の公演会場となっている講堂へ繋がる渡り廊下には、長蛇の列ができていた。それなりに早めに並んでおいてよかったと思うが、まだ入場開始の案内がされたばかりだって言うのに。俺らの後ろには既に本校舎にまで続くくらいの列ができている。


「はーいどうぞー。前から詰めて座ってくださーい」

「押さないでくださーい。走らずにー」


 入口では、演劇部の人が整理誘導に当たっていた。これから先まだ人が増えていくことを考えると、どうなるんだろうな。


「すごいね……人、たくさん」

「講堂を会場にするくらいだしな」


 待っている間に、文化祭のパンフレットに目を通す。

 演劇部公演の欄。タイトルは『己を知りて気高くあれ』と銘打たれている。

 あらすじから始まり、最後の方にはクレジットとして配役と各担当の名前が書かれている。その途中には、スペシャルサンクスとして、漫画研究部一同の文字が。他にも個人として演目製作に関わっていた生徒の名前も記載されている。


 こうしてこの作品の制作に関わっていたと改めて実感させられると、少々こそばゆいものがある。


「一度見せては貰ってるが、本番だと見え方違うんだろうな」

「そう、だね」


 数分で俺たちの番まで回ってきた。受付の人にパンフレットを見せてから講堂の中へ。と思っていたら、いきなり呼び止められて。


「あ。もしかして漫研の方ですか?」

「え? あぁはい、そうですけど……どうかしましたか」


 質問に対してそうだと答えると、目の前の広い通路ではなく左の通路の方に向かってくれと言われまして。


「関係者席、用意してますから。是非ともこちらに」

「いやいやいいですって。普通に座って見ますから」

「いえいえいえ。部長からもそういうことだと言われてるもんでして」


 お互い譲らず。というかそんな話聞いていなかったんだけど。


 そういう配慮はしなくてもいいって言ったんだけど。結局はんば無理やり通されることになりまして。


「お。大桑くんと蕾ちゃんじゃないか」

「……げ」

「いや、げ。って何よ、げ。って」


 通された先の関係者席には先客がいて、うちの部長である戸水さんであった。彼女の左どなりには、槻さんの姿もある。


「朝のことを思い出して。なにか文句でも言われるもんかと」

「そうよその事よ! なんで出てくれたと思ったらいきなり電話切っちゃうのよ! 私嫌われてるの?!」

「そうでは無いですけど、こちらも忙しかったので」

「その後蕾にもかけたけど出てくれないし!」

「蕾には俺から言ってありましたから」


 俺に電話がかかってきた後、すぐ近くにいた蕾に言っておいたのだ。多分戸水さんさんから電話かかってくるかもしれないけど、スルーしていいからと。


「向こうに迷惑だったってことでしょうに。ごめんなさいね若菜が」

「いえいえ。過ぎたことですから」

「ぐぬぬぬぬ……。私は納得が行かん……」


「そういえば米林さんと葉月さんは、一緒じゃないんですね」

「あー確かに。あの二人が一緒でないのは珍しいわね」

「別にそうでも無いと思いますけど二人とも今はシフトに入ってますから。薫は別行動なんで、どこにいるのかは分かりません」


 薫の名前を出した途端、戸水さんがぐいっと近づいて来て。


「そーそー薫ちゃんで思い出したわ! 湊ちゃんがね、かおるんがすっごい可愛い服きて接客してくれたんすよ。って言うもんだからさっき行ってきたのよ」

「それは……どうも」


 なんて嬉しそうに話していたのは最初だけ。あとは一気に声のトーンが下がる。


「でもいなかった……」

「それは……タイミングが悪かったとしか」


 槻さんが言うに、ここに来る前に俺らのクラスの喫茶店を訪れたという。その時間帯ならば薫がいないってのも仕方の無いことだ。


「写真ねだろうとおもったのに……。てかそうよ! 大桑くんから言ってくれたらどうにかならないかしら!」

「本人に頼んでください」


 多分余程変な使い道さえしなければ、薫なら断らないと思いますんで。

 という話はよそにおいて置くとしまして。


「それにしても、すごい人の入りようですよね」


 ちらっと後ろの方を見れば、講堂の半分くらいが埋まっていた。まだまだ入ってきているので、数分で埋まってしまうのではないか。


「そりゃあうちの演劇部の公演って、結構好評なのよ。去年もここでたくさんの人を迎えてやってたわね」

「そうなんですか」

「そうそう。去年の演目についてを語ると長くなるんだけど……」

「ならいいです」

「即答したわね宮岸さん……」


 蕾はどうやら長話は嫌いらしい。


 なんて話をしてるうちに開演時間となった。上映開始を告げる音が講堂内に響き、ザワザワとしていた観客が一気に静まった。

 そして演劇部副部長である蕪木さんのアナウンスが入る。


「本日は足をお運び頂きまして、誠にありがとうございます。もうまもなく開演致します。今しばらくお待ちください」

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