第126話 ぺったりと

「じゃ、じゃあ行こうか」

「う、うん」


 蕾は普段はあんまりグイグイと行くようなタイプじゃないし、何も話さないとずっと無言で歩くことになりそうだな。

 でも俺、そこまで話し上手ってわけでもないんだけど。いつもの三人の時にしたって、だいたい俺が向こうの話すことにあれだのこうだのと、俺が答えていくことがほとんどだからな。俺の方から話題を振ることってほとんどないんだよ。



 校舎の外に出ると、模擬店のテントがズラっと並んでいる。焼きそばにたこ焼きに唐揚げに、甘いものとなればたい焼きにドーナツと。様々な美味しいものの匂いが入り交じっている。

 入り交じっているのは食べ物の匂いだけではなく、学校の生徒だけではなく校外からやってきた一般客もたくさんだ。多くの人がほとんど隙間なく行き交い、校内に負けず劣らず大いに賑わっている。秋に入ってかなり涼しくなっては来たものの、この人混みゆえに少し蒸し暑くも感じる。


 蕾の要望を聞きながら屋台を回り、欲しいものを買っていく。

 それにしても。薫ほどではないものの蕾も結構食べるんだな。屋台のほとんどのものを買っていくくらいの勢いなんだよ。


「どうか、したの。煌晴君?」

「あぁいやなんでもない」


 女子に対して食べる量がどうだなんて聞くのは良くないだろう。そういうのは結構気にするもんだっていうし。


「そんなに急がなくてもいいだろ。時間がないって訳じゃないんだから」

「そう……だよね。でも美味しいものは、たくさん食べたくなる……から」

「まぁその気持ちはわかるけどさぁ……」

「……もしかして私、変……だった?」

「いやいやそこまで言ってない。言ってないから」


 俺はそこまで言わないから。それもまたひとつの個性だし、本人が特に気にしてないなら俺がとやかく言う理由もないし。




「次、二名様ですね。どうぞ中にお入りください」


 屋台の食べ物を食べ終わった後は、葉月のクラスの出し物であるお化け屋敷に向かうことにした。どうやらこちらも賑わっているようで、待ち人の列ができている。

 それでも落ち着いてるくらいの時間にこられたのかあまり待たされることなく順番が回ってきた。

 受付の女子生徒から簡単な説明と注意事項を聞いてから教室の中へと入っていく。

 いつもの教室とは思えないくらいに暗くなっていて、入口のドアが閉まれば外からの光は入ってこない。頼りとなるのは、貰ったこの提灯もどきの電灯だけだ。

 暗い教室に入ってから、まだ三十秒経たず。


「……なぁ。無理しなくてもいいから、怖いんだったら直ぐに出ようか?」

「だいじょう……ぶ」

「めっちゃ声震えてるんぞ」


 蕾は既に怖くて震えていた。入る前に確認はとったし、いざ教室の前に来た時はとかにそういう反応は見せていなかった。

 彼女の顔は今は見えないけど、俺にぴったりくっついて離れようとはしない。


「ちょっと……俺としても苦しいんだが。そんなに強く服を握られるとなぁ」

「あうぅ……ごめん……なさ――――」


 蕾が俺から顔を離したその瞬間のこと。前方から名状しがたいほどに、言葉にし難いくらい不気味なお面をつけた者が迫ってきて。


「ひゃあぁぁあっ?!」


 これまで聞いたこともないような叫び声を上げていた。そしてさっき以上に俺にくっついてくる。


「なんか……すまんかった。銃とか好きだから、こういうの案外慣れてんのかなーなんて思ってて」

「それと、これとは……べつだからぁ……」


 入って一発目。あれが相当効いたのか、また俺の背中にくっついてしまった。さっき以上に彼女の声も震えてしまっている。


「……気を遣わせてしまったんなら謝らせてくれ」

「こうせ、い……くんはわるくない……もん」


 なんか……こんな時になって昔のことを思い出したよ。小学生くらいの時に、家族で遊園地行った時のことを。

 葉月と一緒にお化け屋敷に入って、葉月がめちゃくちゃ怖がって出るまでズット目をつぶって俺の背中にくっついていた事を。

 入る前からなんか普通の状態じゃなかったし、無理に着いてこなくてもいいぞって言ったのにそれでもへっちゃらだって意地張って着いてきたんだっけ。


「すまんかった。配慮が足らんかった」

「ごめんなさい……」


 無理やり誘ってしまったか。なんだか申し訳ない。めっちゃ申し訳ない。


「蕾が謝んなくてもいい。もう手でも背中でも何処でも握ってていいから、せめて……強く握るのはやめて貰えると……。その、歩きにくい……から」

「……」


 返事はなかったけども、それでも蕾はわかってくれたのか、俺の背中に感じた重みは無くなった。

 その代わりに、柔らかく冷たい感触が俺の左手に。


「……あたたかい」

「あんまり強く握らないでくれよ」


 葉月の手を繋いで歩いているみたいだ。

 それにさっきまで震えていた蕾の声が、少しはいつもの感じに戻ってる感じがする。


 それから少し歩くと、今度はさっきよりも割と大人しめな幽霊が。しかし曲がり角から出会い頭に、音もなく現れるんで。これはこれで恐怖感が。

 その幽霊はゆっくりとこちらに歩いて来て、前に立ってる俺にピッタリとくっついてきた。


「あ、新手の幽霊が……」

「お、落ち着け蕾。さっきのに比べれば怖くはないし害はない」


 なんか見た目は可愛らしい幽霊だけど、まさか粘着系の怨霊? でもこれだけなら蕾でも大丈夫か? パッと見は白くてふわふわした幽霊だし。

 てか……待て。微かにだけど幽霊の方から空気を吸う音が聞こえてくるんだけど。

 暗いところとはいえ声は十分に聞こえてくる。たとえ布越しであろうと、この幽霊さんにはちゃんと俺の声が聞こえるんだ。だとすればちょっと擦り寄ってくるだけならともかく、ここまで長時間くっついてくる理由なんか、考えるまでもない。


「おい。葉月だろ」

「……」

「わかるからな。お兄ちゃんなんだもの」

「……ちぇ」


 布の下から葉月が顔を出した。

 これなら合法的にくっつけるとは思わないでください。


「あ……葉月ちゃん」

「蕾ちゃんも一緒だったんだ」

「わかってたろうに」

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