第125話 ようやく解放されました

「た、ただいまー……」

「お、お疲れ……様。大変……だったね」

「全くだ。勘弁してくれってんだよ」


 あの後何があったのかといえば。葉月の写真撮影のご要望に応じ、ちょうど悪いタイミングでやってきた月見里さんの話し相手をさせられまして。それでかれこれ三十分以上は接客をしていまして。

 月見里さんはあんまり絡んでは来なかったものの、葉月の方がそれはもう大変で大変で。なかなか逃がしてくれないし、しかもそのテーブルに注目が集まってくるからもう恥ずかしかったんだぞ。

 そして俺自身のことではないんだけど、目がいくと言えば薫のことなんだよな。とにかくあっちこっちに動いては、お客さんの要望受けていた。メイド服着て。

 俺はそういうのはもう何遍と見てきてはいるんだけど、やっぱり外野から見てるとこっちが恥ずかしいんだよ。男だとわかっているから。


「桐谷さんから、しばらく煌晴君を借りるって、連絡あったから、なんなんだろうって思ったのだけど……」

「その答えを言うなら無茶ぶりと言っておく。おかげでいい迷惑だった」


 何があったのかを、蕾に話した。無理やり服を脱がされてだの、葉月からのリクエストに答えてばっかりだっただの。

 そんな俺の苦労が伝わったのか、蕾は苦笑いしていた。


「そうなんだ……。はい、これ」

「あぁ悪いな。ありがと」


 蕾から水筒を受け取り、中身のお茶を一気に飲み込んだ。

 夏や風呂上がりに冷たい炭酸飲料を飲んだ時のような爽快感ほどではないものの、さっきまでの苦労を乗り越えた自分へのご褒美と考えれば、ただの麦茶もとても美味しく感じられる。


「ふぅ……。そっちはどんな感じだ?」

「さっき、お湯の追加を溝口さんと木村さんが運んで行ったところ。すれ違わなかった?」

「そういやすれ違ったな」


 大きなジャグを二人掛りで運んでいたのなら、さっきすれ違った。しかも変にからかわれた。

 まぁ特に仲のいい奴らでもないし、返事はせずに素通りした。てかそんな気力なんかなかった。疲れてましたし。


「多分、そろそろ戻ってくると思う。他は……特に追加注文は受けてない」

「そっか。タルトがよく売れているみたいだったし、追加を焼かないとしれないかもしれん。そんときは連絡来るだろうから、そんときで」

「わかった」

「でも連絡くるまでは、暇になるだろうな」


 調理担当の仕事なんてそんなもんだ。向こうからの連絡を受けて、必要なものを用意して持っていく。

 基本的に表に出なくてもいいが、仕上がったものを三階の教室に運んでいかなければならないため、物によっては力仕事になる。逆に行ってしまうと、それにさえ目をつぶれば比較的楽な担当ではある。その分仕事がないと暇でしょうがないんだけれども。


「ひとまずあと……一時間ちょいくらいか。」

「そう、だね」


 午後のシフトとの入れ替わりは十二時半。もうそろそろお昼時になってくるので、お客が増えてくるのかどうか。

 うちのクラスの喫茶店って言っても簡易的なものだから、昼食を取るのにはあまり向いていない。

 そう考えると交代するぐらいには落ち着いてくるだろうか。





「お疲れ様でーす。そろそろ交代でーす」

「あ。ありがとうございます」


 交代の十分前になり、午後からのシフトの生徒が家庭科室にわらわらと集まってくる。家庭科室なので他クラスも利用している。そのため集まる人の数も次第に多くなってくる。

 それを見るとようやく午前の仕事が終わったんだなぁって思う。


 十二時手前くらいになってからは、客の入りが落ち着いてきたと言う。時々現場担当の方から定期的に連絡は来るが、あの後は忙しすぎるということも無かったそうだ。

 薫はかなり暇になったからって、校内を宣伝して回っていたなんて言ってたが、考えるまでもなくあの格好のまま行ったんだろうな。知らないけども。

 もしそうなんだったとしたら、お前のその勇気を称えてデザートのひとつでも奢ってやりたくなるわ。



 やってきた同じ担当のクラスメイトに、今現在の状況を報告する。ピークを過ぎたとはいえ、向こうの補充が減ってきていることには変わりない。

 今はオーブンでクッキーの追加を焼いていること。お湯の追加を沸かしているところ。それらを伝え、仕上がるまでの残り時間もきちんと伝える。


「それじゃああとはお願いしまーす」

「あいよー」


 引き継ぎが一通り完了したところで、シフトの入れ替わりの時間となる十二時半となった。ここから俺らはようやく自由時間に入れる。

 というか俺にとってはここからもまた緊張というか、気の抜けない時間である。前々から約束していた、蕾との約束がある。

 薫が茶化しているのか、あんな振る舞いをしてたが気を遣ってくれてるのか。文化祭は蕾と二人で回ることになったのだ。



「行きたいところとか、あるか?」

「演劇は……見に行きたいかな」

「それだと二時だから……まだ空くな」


 演劇部の講堂での公演は二時から。入場開始も二十分前からになるので、向かうには早すぎる。


「じゃあ……お腹もすいたし、何か食べてからに……しよう、かな」

「そうするか。あとは、葉月のところにでも行こうと思ってるんだけど」

「……わかった」


 二人で相談してこれからのプランを立てていく。でもこれでいいんだろうか。せっかく二人で行くんだからもうちょいおれがリードしてやるべきなんだろうか。


「どうか、したの……煌晴君?」

「え。あぁいやいやなんでもない。ちゃんと引き継ぎ済ませたよなって頭ん中で確認してただけだから、気にすんな気にすんな」

「それなら大丈夫……だから。私も、ちゃんと確認した」

「そうだな、うん!」


 今思ったけど、こうして蕾と二人っきりになったのって、夏休み前に部室で過去にあっていたことを告白された時以来か。てかそれ以降はないんだよな。

 真面目な話をすると、莉亜や葉月とでさえ、家以外で二人きりになったというのがほとんどない。二人の場合、一緒に来ることが多かったのだから。そんなんで女子と二人で文化祭を楽しむって……大丈夫か俺。ちゃんといつも通りに振る舞えるんだろうか。

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