第124話 そうですサービスです

 もう諦めるしかないらしい。というか、うだうだと文句を言わせる隙さえ与えるつもりは、どうやら向こうにはないらしい。

 トレーの上に、水を入れた白い紙コップとお手拭きを乗せて隣のフロアの教室に。


 聞きたいことは山ほどある。昨日のこととはいえどうやって話を通したんだか。薫の言い出したこととはいえなんでクラスの野郎はここまで協力的なんだと。

 とりあえずその辺の話を聞くのは後にしようか。でもってさっさと接客して本来の持ち場に戻ろう。


「ご来店、誠にありがとうございます。こちらお冷とお手ふきになります」


 調理担当とはいえ、最低限の接客マニュアルくらいは頭に入れてある。何時いかなる時も、どんな状況にも対応できるようにと、うちの学級委員はうるさいのだ。


「お決まりになりましたら、なんなりとお申し付けください」


 頭に押し込んだマニュアル通りに案内を済ませ、一礼して一旦裏の部屋に戻ろうとする。しかし莉亜に袖を掴まれてしまう。


「ちょいちょいちょい。せっかくそうして接客してくれるんだからもうちょい愛想良くなさいよ」

「そーだよーお兄ちゃん。せっかく葉月が来たんだから、もっと喜んでもいいんだよ!」

「わーいはづきがきてくれておにいちゃんはうれしいなー」

「……棒読みじゃん煌晴」

「どうしてこうなってると思ってるんだ」


 あんたらが無理やり俺を接客担当に回したからだろうが。あんたら客というそれを超えてるからな。本来ならばこんな無理な頼みなんか通っちゃいないからな。

 その辺を忘れんじゃねぇよと目線で信号替わりに送ることとする。


「葉月ちゃんのお兄さんってこんな感じなの?」

「ううん。いつものお兄ちゃんは葉月にすっごい優しいよ」

「お兄ちゃんだって、いきなりこんなことされなきゃこんなにしけたことにはならないんだけどな」

「た、大変なんですね……」

「お気遣い……どうも。これからも葉月と仲良くしてやってください」


 兄として。妹のご友人にまであまりご迷惑はかけたくない。というかあんまり長いこと話してると話してはいけないことまで話してしまいかねないので、変なことにならないうちに接客を済ませてしまおうか。

 てかできるなら早く裏方の方に戻りたい。


「ご注文……。お決まりでしたら承ります」

「あ。じゃあ私はクッキーと紅茶を」

「私はチョコタルトとコーヒーを」

「かしこまりました。は……そちらのお客様は、如何なさいますか?」


 あくまでうちはごく普通の喫茶店だ。お客が誰であろうと、特別扱いとかそういうのは無しで。


「なんかやっぱり私らにはちょっと冷たいんじゃないの煌晴」

「そんなつもりは無いぞ。客を迎える側として、平等な接客を心がけているだけだ」

「なんかお兄ちゃんらしくない」

「らしくなくて結構だ」


 そうしてしまえばそれこそ向こうのペースに流されかねない。接待とか特別なおもてなしとか。そういうのは無しで。


「急かすつもりは無いし、決まってないなら先にそっちのご友人方の分だけでも受け付けるけど」

「あー待ってお兄ちゃん! じゃあ葉月はチーズタルトと紅茶で! りあ姉は?」

「私はクッキーとカフェオレで」

「かしこまりました。ご注文、繰り返します」


 受け付けた注文内容を、注文を受けた順で読み上げる。相違がないことを確認してから裏部屋に戻って行った。


「五番テーブル、オーダー入りまーす」

「はいよー」


 メモ紙を裏方担当の奴に渡し、すぐに運べるように用意されたものをトレーに乗せていく。四人分全部は乗り切らないので、二人分ずつ運んでいくことに。


「お待たせしました。お先にこちら、紅茶とクッキー。それからコーヒーとチョコタルトになります」


 先に受けた葉月のご友人二人の注文した品をテーブルに置き、一度戻ってから葉月と莉亜の注文した品を運んでいく。レストランのウェイトレスみたいに沢山抱えたり両手持ちってのは、危なっかしくて俺には出来ねぇよ。見ていてよくあんなことができるもんだなぁって、時々感心してしまうよ。


「ご注文は以上でよろしかったですか?」


 確認をとると、こくんこくんと葉月が頷いている。


「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」


 はぁ……やっと終わった。これで終わった。ようやく本来の持ち場に戻ることが出来る。こういうのは俺、やりたくないんだって。人前に出るのとか得意じゃないんだから。


「ねーおにーちゃーん」

「なんだよいったい」


 離れようとしたところでクイッと葉月に引っ張られて、空いてた右手にはフォークではなくスマホが握られている。


「写真一枚!」

「そんなサービスありましたっけ?!」


 一応言っておく。うちはメイド喫茶でもしつじきっさでもない。接客担当の服は燕尾服とかメイド服らしいものになっているけども。一応名目は普通の喫茶店だ。

 段々とやることがメイド喫茶みたいなことになってきてるじゃねぇか。


「いやぁあれ」

「あれ?」


 莉亜が指さした方を見ると、メニュー表が天井からぶら下がっており、その一番右端にこう書かれている。


『店員との写真撮影。追加料金無し!』


 朝ここを掃除していた時、メニュー表にあんなこと書いてあったっけか? 俺の記憶が確かなら、書いてはなかったと思うんだが。

 なんて思っていたら。裏部屋に繋がるベランダからぴょこっと顔出した人物から一言。


「あ、煌晴。それ書き足したの僕だから」

「お、お前かよぉぉぉ!?」

「あ。すいませーん! そこの人ー! 写真お願いしまーす!」

「はいはーい。しょーしょーお待ちくださーい」


 他のお客さんに呼ばれ、その方向ににこやかに向かっていく薫。


「ということで、お兄ちゃんお願いしまーす」

「へ、へーい……」


 もうしばらくは、ここから解放されそうには無さそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る