第123話 贔屓? いいえサービスです

 焼きあがったばかりのクッキーを木編みのカゴに入れ、家庭科室近くの西階段を使って三階に向かう。

 そこから近く、一番端の教室が一年二組の喫茶店の裏部屋となっている。連絡通り盛況な様で、教室の前には老若男女、入り交じった列ができている。


 ノックしてから裏部屋の教室に入る。パッと見で、こちらは特にバタバタしている様子はない。お客さんは沢山来ているが、手が回らないほどに忙しいってわけでもなさそうだし、機材の故障とかってわけでもなさそうだ。ならなんだと言うんだ。


「薫ー? 何事なんだー……っておい」

「あぁきたきた煌晴。こっちこっち」

「……お前なぁ」


 フラグとはまさにこういうことか。家庭科室に向かう前は男子用の服を来ていたって言うのに、今となっては女子用のメイド服を着ている。


「いやー。どうしてもって頼まれちゃったから、断れなくって」

「……もう何も言わねぇよ。どうせ何言っても無駄だってことはもうわかってる。あとこれ、追加のクッキーな」

「あぁありがと。西口さーん追加どーぞー」


 持ってきたクッキー入りのカゴを薫に渡すと、それを薫は近くにいた裏方担当の西口さんという女子に手渡した。


「それで緊急ってなんだよ」

「それなんだけどねー……お願いしまーす!」

「……へ?」


 何をするんだと思えば薫が左手で指パッチン。するとどうしたことか。両脇からやってきた二人の男子生徒に腕を掴まれる。


「悪く思わないでくれ大桑」

「ごめんなー大桑ー?」

「いやちょいあんたら……」


 教室の隅の方にズルズルと引きずられると、やってきたもう一人の女子生徒が接客担当用の服を持ってきて。


「なんの……真似だ?」

「これも桐谷君の頼みでねー。お願いだからここは黙って素直に従って!」


 展開がよくわかんねぇし。てかなんのことだか説明しろー?!




「……で。一体どういうわけだ?」


 実力行使で三人に勝てるわけないだろう。為すがままにされた俺は身ぐるみ剥がされた俺は、制服とエプロンから、女子生徒の持ってきた服に着替えさせられた。


「いやー僕から直接言っても、多分煌晴は疑ってかかると思ったからさー。宮岸さんを通して煌晴に来るように伝えたんだよ」

「それで。これがそれとなんの関係があるって言うんだよ」

「まーまーそれなんだけどねー」


 薫に入口まで引っ張られて。廊下に連れ出された。そしてその先に何があるのかと思えば。


「連れてきたよー」

「ありがとーございまーす!」

「えぇ……」


 列に並んでいる人だかりの中に、葉月と莉亜。それから二人のご友人と思われる一年の女子生徒が二名。

 俺が出てくると葉月が隣に座ってる女子生徒の肩を叩いては、あれ私のお兄ちゃん! って必死にアピールしてる。

 入ってくる時の視点じゃ、他のお客さんが陰になって見えなかったんだよな。


「それじゃあ後でねー」

「はーい」


 薫と葉月。お互いニコッと手を振ってから、再び裏部屋へと戻る。

 数歩歩いて窓際まで行ったところで。薫から事情を聞かねばなるまい。


「お前……」

「昨日葉月ちゃんから電話が来てねー。薫さんなら何とかなりませんかーって」

「葉月がそう簡単に食い下がるとは思えなかったが……。葉月の為だけにここまでやるかおい……」


 俺は元々調理担当。本来ならば接客業務には緊急とかでもない限り関わらないはずだった。

 しかしだよ。一人の接客のためにここまでやるか普通。


「こういうの、贔屓って言わないか?」

「そうじゃなくて、サービスです」

「誰の為のだ……。てかあんたらは止めろよ!」


 さっき俺の身ぐるみ剥がした三人組にビシッと指さして言うも、それに対する返答が。


「いやぁ……桐谷からの頼みだしさぁ。それに妹がいるって、俺昨日初めて知ったわ」

「気がつくの遅すぎんだろお前。朝なんておにーちゃーんってくっつきながら一緒に学校来てんじゃねーか」

「可愛い妹いるんじゃないの。せっかくお兄ちゃんに会いに来てくれたんだから、もてなしてやるのが兄としての務めなんじゃないの?」

「……あんたら、葉月のなんなんだ」


 そう聞くと。三人少し首を傾げて、それから声を揃えて答える。


「と言うよりは……」

「「「桐谷さんの頼みは断れない」」」


 薫は一体なんなんだ。なんて思っては見るが、薫はクラスの中じゃ一二を争うくらいの人気もんだ。

 性格いいし、誰に対しても優しいし。何より見た目が見た目だし。密かに親衛隊だかそんなもんまであるんじゃないかっていう噂も一時はあったそうで。なお現時点ではそういう組織の存在は確認されていないそうな。

 大体のやつは、そんな彼の頼みは断らない。今回の場合は葉月から薫に頼み、それを受けた薫がクラスメイトの何名かに声を掛けて実現してことだ。


「あ、ちなみにそれなんだけど。さっきまで僕が着てたやつだから」

「……その報告、いるか?」


 ちょっときついなぁとは思ったけど、そういうことなんかい。

 でもパツパツって訳じゃないし、特別動きづらいということもない。ほんの数十分くらいなら致し方ないか。

 袖や裾を整えていると、フロアの方から女子生徒が一人やってきて、


「すいませーん。ご指名のお客入りましたー」

「いつからここはキャバになった?!」


 裏部屋にそう伝えて戻って行った。

 キャバやホステスでなくとも、メイド喫茶にはそういうシステムあるけどさぁ。うちはそういう店じゃないからね? てかそんなサービス今の今までなかったろうが! もうあの三人だけどころかクラスメイトのほとんどに伝わっちまってるじゃねぇか!


「ということで、大桑くんお願いしまーす」

「ということで。行ってらっしゃーい、煌晴」

「……一応聞くが、拒否権は?」

「「「ないよ」」」


 でしょうねー。あの三人組が、綺麗にハモって答えてくれましたとさ。ここまで来て、断れるはずなんかないことくらい、わかってはいたけどさぁ。


「そういうこったから行ってこい」

「ほらほら早く早く」

「……わかったから背中押すな」

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