第122話 一体何の用ですか?

 そして翌日。


「持って行くもん、全部持ってっただろうなー?」

「ポットのお湯はオッケーだよー!」

「看板はちゃんと立てて来たからなー」


 ついに本番。一年二組の喫茶店は、開店前の最後の準備に追われているところだ。それぞれが声を掛け合い、漏れのないよう綿密にチェックに勤しんでいる。

 コーヒーや紅茶に使うお湯の用意。電気ポット三台にはお湯が貯められ、冷たい飲み物用にもクーラーボックスにはそれ用の用意は万全。

 昨日から材料を仕込んでおいたクッキーやタルトの用意もよし。今日は葉月と莉亜よりも早く学校に来て、オーブンフル回転で焼いたものだ。この後も様子を見て追加を作る予定だ。

 接客担当となる生徒の身だしなみのチェック。接客がメインとなるのだから、乱れていては良くないというもの。なんて言って風紀委員の女子が一人一人こと細かくチェックしているところだ。


 うちの喫茶店は教室棟三階の二部屋を使っており、フロアとキッチンという名の裏部屋に分かれている。

 フロアは文字通りお客様の入る場所。裏部屋にはポットやお菓子が置かれている。

 特別棟一階にある家庭科室で調理されたものを裏部屋に運んでストックとし、注文を受けたものをベランダを伝って隣の部屋に運んでいくという感じだ。


 調理担当である俺は、三階の裏部屋で確認を取った後は家庭科室に待機。現場からの支持を受けてお菓子の追加やお湯の用意をすることになっている。

 クッキーの枚数を確認していると、スマホに着信が。相手は接客担当の薫だ。


『おーいこうせーい』

「どうした薫? 早速なにかあったか?」

『違う違う。掃除も終わって、こっちはもういつでもお客を迎え入れる準備オッケーだから、その報告だけ。そっちは問題ない?』

「こっちも大丈夫だ。むしろやることなくなって暇になってるくらいだ」

『あはは……』


 お菓子もお湯も多めに用意しておいたので、よっぽどの事がない限りは一時間かそこらで底を尽きるなんてことはないだろう。

 直ぐにクッキーやタルトを焼ける用意はしているが、今はやることがないってのには変わらない。電話をしている他所で同じ担当のクラスメイト数名は、皆が仲のいいもの同士でおしゃべりしてるし。


『開店十分前だけど、もうお客さん何人か並んでるよー』

「そうか。何かあれば直ぐに連絡寄越してくれ」

『はいはーい。それじゃーねー』


 電話を切って、その後ため息をひとつ。この後仕事はできそうだけど、今はやることがなくて退屈なもんでな。


「誰、から?」

「薫だ。向こうはもう準備万端だとよ」

「そっか。今日は……頑張ろうね、煌晴君」

「そうだな……」


しまおうとしたら、また着信が来た。


「また、鳴ってる……」

「今度は……えぇ……」


 スマホの画面に出ていたのは、戸水若菜の文字。

 出た方がいいんだろうか。忙しいからってことにしてスルーした方がいいんだろうか。

 ちょっと悩んだけど、こんな時間にわざわざ電話してくるってことは緊急の要件でもあるのだろうと思い、一応は応じることに。画面左の緑のボタンを親指で押した。


「もしもし?」

『もっしもーし大桑くーん! そっちはどんなか――――』


 即切りした。これ絶対どうでもいいやつだ。


「……何事?」

「知らん。でもくだらんことだろうなってのは想像に固くない」

「相手が、相手だし……」


 聞こえていたのか、蕾も渋い顔をしていた。あの人に対して部内で一番警戒心抱いてるのあんただもんな。

 ともかく作業に戻ろうと思いスマホをポケットにしまい直したら――――


「……」

「また、だ……」


 着信アリ。相手が誰かなんて、画面を確認するまでもない。


「なんの御用です?」

『出てくれたと思ったらいきなり切っちゃうなんて酷いじゃないの!』

「……なんの御用です?」

『えやだ……今日の大桑くんなんか怖い……』

「こっちだって暇じゃないんです」


 もうすぐ一般入場が始まるんだ。忙しいのは当たり前だ。


「てかそっちはどうなんです? わざわざ俺にしょうもない電話寄越すくらいなんですからさぞかし暇なんでしょう」

『皮肉がすぎるよぉ……。一年でやっと相手してくれたのが大桑くんだったのにぃ……』

「そらみんな忙しいんですって。俺だってそうですから」


 こちとらいつ教室の方から連絡くるか、わからない状況なんですから。


『フリマの方はなんか人手足りてるから問題ないって言うし。二年はほとんど暇なもんなのよ』


 一年と三年は模擬店等の出し物なんだが、二年はステージ演目となっている。各クラス二十分程の持ち時間で、中庭で踊ることになっているのだ。

 そのため二年だけは、他に比べて自由時間が多いのだ。しかも当初組まれていたフリマのシフトの件は、ボランティア側の方で人手が足りるということなので、当日の応援は必要ないとの事だった。


「そーいうことで。呼ばれたんでもう切ります」

『えー待ってー……』


 呼び掛けには耳を傾けず。さっさと通話を終了した。後でなんか言われようと俺は気にしない。クラスの生徒に呼ばれたからって説明すれば何とかなるし。


「何かあったのか大桑?」

「面倒なうちの部の部長に絡まれただけだ。気にするな」


 同じ担当の男子に声かけられたが、こういっておくことにした。現場担当からの伝令じゃないんだし。



 それから十数分。午前九時ちょうど。一般入場の開始を告げる校内放送が響く。

 わらわらと校内の至る所に生徒が、一般客が練り歩くようになった。


 現場の方はさぞかし賑やかなんだろうが、こっちはまだのほほんとしていて忙しいってもんでもない。

 何があってもいいようにいつでも動ける用意はしているが、どうするのかについては現場班からの指示を待つことになるので、こっちで勝手に動く訳には行きませんから。


 それでも一時間程して。現場の方からクッキーの追加を焼いて欲しいという伝令が飛んでくる。準備万端のオーブンに型抜きしたクッキーの生地を入れて、焼きあがって適度な温度に冷めたら直ぐに向こうに持っていくのだ。


 待つことおよそ二十分。じーっと見張っていた蕾が、オーブンから焼きたてのクッキーを取り出す。

 クッキーの乗ったトレーを作業台の上に置くと、彼女はスマホを取り出した。誰かと話しているようだ。何度か刻々と頷くと、スマホをしまって俺の方にやってきた。


「煌晴君。桐谷さんから」

「薫が? なんだって?」

「緊急の件で教室に行って欲しいって」

「……わかった。焼き上がったクッキーも一緒に持っていくわ」

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