第121話 からかうのはよしてくれ
「ホイホイやめだやめ。蕾、クロス貰えるか」
「……うん」
「あんがと。さっさとクロスかけてくれ薫」
「ほいほーい」
一応。今は準備中なんだから。あれこれ脱線してたら進められるもんも進められなくなっちまうから。
蕾が近くにいたのは、頼んでいたテーブルクロスを持ってきて貰ったから。
俺が持ってきたクロスの端を持って、もう片方は薫に持たせた。
勢いよくバサッと広げて、並べてくっつけた机の上にシワができないように敷いていく。
「こうするだけでも、結構雰囲気出るもんだねぇ」
「いつもの机じゃ無くなるんだからな。それに似合う感じになっただけでもだいぶ違うんじゃないか?」
「そうだよねぇ。いつもの教室じゃないって感じがするもんねぇ」
昨日から本番当日に比べて、見違える程に様変わりしている。
いつもは勉強をするために通うこの教室は、明日限定でオシャレな喫茶店となるのだから。
「そういえば、向こうの方はどうなんだろうね?」
「文芸部とか、演劇部の方か?」
「そうそう」
「向こうは向こうで準備してるんだろ? その辺に関しちゃ、俺ら漫研は全く関わってないんだからわかったこっちゃないっての」
事前準備に関して、こちらが関わっていることは全くと言っていいほどない。演劇部は演劇部で準備を進めているし、文芸部絡みのフリーマーケットは、主催元である地域ボランティアがやっている。
「でも昨日、戸水さんがね……」
「……あったなーそういや」
「あった」
昨日のグループメッセージにて。何やら自慢話なのかみんなに話したいからなのか。風呂から出てきてみれば葉月がなんかすごいことになってるって言うもんだから見てみれば、昨日高畑さんと色々話をしてただのこんなことがあっただなど。
そんなことでかれこれ三十分以上、トークをいくつにも分けて長々と語っていたのでしたよと。
なお。それに反応していたのは月見里さんただ一人だけでしたよと。しかも既読は6だったので、目を通していない人が二名。マジで読んでないのか未読スルーかは知らないけども。
「変なことになってないといいんだけど」
「大丈夫じゃないかな煌晴。鏑木さんもいる事だし」
「……そうだな。流石に本番二日前でいきなり路線変更するとは思えないし」
「したら、したで……あの人怒りそう」
「……説教だけで済めばいいな」
あの人の場合、事によっちゃジャーマンスープレックスとかパイルドライバーとかやりそう。俺の勝手な考えだけど。
「でもこの前見たのは凄かったよね。あぁいうお芝居……って言うか演目? 見るのは初めてだったけどあんな感じなんだなって」
「確かに凄かったなあれは」
「煌晴としては嬉しいもんなんじゃないの? 自分の作ったシナリオが誰かによって演じられるっていうのは」
「脚本家の気持ちってのはよくわかんないけど……そういうもんなんだろうか」
この前の先行講演会で演目を見せてもらって、そんな気持ちが少し芽生えて来たような気がした。
これまでは紙の上でしか存在していなかったものが、役者によって目により見える形となって現れるというのは、こんなにもワクワクするもんなんだと。
「本番だったらきっと違って見えるのかな」
「どうだろうな」
「煌晴明日は……って思ったけど、先約があるんだったっけ」
「まぁ……そうだなって、そこで変な笑みを浮かべんじゃねぇよ」
くすくすと口元隠して笑っている薫。昨日コソッとしていた話のを聞かれちまったからなんだよなぁ。
遡ること二週間前のこと。部室から出ていく時に蕾に引き止められて何を言われるんだろうと思ったが、一緒に茅蓮寺祭を回りたいと彼女の方から誘われたのだ。
その時は特に当日どうしようとかなんて決めていなかったから、俺は素直に応じたのだ。
昨日帰る前にコソッとその話をしていたんだけども、それを薫に聞かれたもんだからなぁ。
どうせ後から薫に言うことになることではあったけども。あんな形でバレようもんならばそら俺も蕾も恥ずかしくなっちまうっての。傍から見れば、デートしてるようなもんだからなコレ。
俺はまだそんなつもりは、全然……ない。とも言いきれない、ような……。
夏休み前に蕾から過去に面識があったことを告白されてからか、莉亜みたいにかなりグイグイ来るようになったんだよな。しかも俺限定で。
「変なこと考えんじゃねぇよ」
「ごめんごめん。邪魔するつもりはないから安心してよ。僕は篤人の友人達と回ることにするからさぁ」
「その言葉を信用していいんだろうか」
「宮岸さんもいるんだからさぁ。そこまで意地悪なことはしないって」
なんで俺限定でそういうことにはなりそうなんだよ。
「それに宮岸さんと煌晴、なんかいい関係なんじゃないかなーとは思ってたよ。煌晴が宮岸さんのことを名前で呼ぶようになる前から」
「あれは、その……。煌晴君はいつも、私の事気にかけてくれるし……頼りになる、から……」
「ふぅーん。そっかそっかー」
「おい薫これ以上蕾をいじらんでくれ。代わりに俺ならいくらいじっても、今回に限って許してやるからよ」
「ちぇー……」
お前はほんとに何がしたいんだよ。マジで勘弁してくれませんかねぇ。
でも、蕾がそう思ってくれていたというのなら、それは素直に嬉しいことだ。
「わかったよー……」
「そういうことだ」
「でも煌晴だったら、葉月ちゃんとか米林さんから、何かしら誘われてもおかしくないと思うけど」
「あとから知ったが、二人ともシフトが合わなくてな。一緒には回れなくて」
二人からそういう話をされたのが先週のことだ。二人からなんか言われるんだろうとは思っていたが、揃ってこうなっていようとは。葉月はめちゃくちゃガッカリしてたな。でも直ぐに切り替わって、じゃあお兄ちゃんのとこに絶対行く! って言ってたな。
「僕らも二人のとこに行こうか。あとは先輩たちのとこにも」
「そうだな」
明日という一日は、とても濃密な日になりそうだ。
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