茅蓮寺祭 当日編

第120話 こんな需要は如何?

 ついこの前から準備を始めたものかと思えば、この日が来るのは随分早いものだ。

 新学期始まってすぐ、戸水さんがいきなりドアを開けて叫んだのが始まりだったか。あの時は演劇部の方々に多大なご迷惑をかけるんじゃないかと皆がヒヤヒヤしたんだから。


 それでも双方の部長同士、和解? したのかその後は意気投合していた。あれしようだのこんなことを取り入れようだなどと。演目についてを話してきたんだったか。

 それによってとばっちりっていうか面倒事の処理を食らったのが双方の副部長だったわけで。合同会議の度に、揃ってため息吐いていた。

 元はと言えば向こうの部長である高畑さんが言い始めたこととはいえ、こちらの部長がご迷惑をおかけしたこと。心の中で謝らせてください。

 それでも話し合いが二人の部長によって時々変な方向に飛んでいったり、確実に実行不可能なアイデアを提案したりしたことさえ除けば、案外とすんなり進んだ。演目の脚本の提案、演目の練習。それらは計画崩れすることなく順調にいったようだ。



 そしてそれと並行して、文芸部との共同制作の作成も進めていた。こちらについては漫画を描く戸水さん、莉亜、蕾の三人の手伝いを俺らはしていた。

 進行度に差はあったものの、全員が締切までに余裕を持って完成させられた。この二日でどれだけ多くの人の目に止まるかが気になるところだ。

 茅蓮寺祭の当日は文芸部と一緒に、この共同制作本も取り扱うフリーマーケットの手伝いをすることになっている。


 そして忘れちゃならんのは、クラスごとの出し物にだ。そちらにも意欲的に、積極的に取り組まなければならない。



 茅蓮寺祭の前日。学校に来れば、既に文化祭モードって感じだ。校内は生徒手作りの装飾によって彩られている。

 昨日の放課後から準備が進められており、今日は一日、準備に充てられているのだ。


「煌晴、明日から楽しみだよね」

「そうだな。ただお前は調子に乗りすぎない事な」

「どうしてだよう煌晴」

「今回は色んな人が来るんだから……って思ってけど……言うだけ無駄か」


 この妙蓮寺祭で、俺らのクラスは喫茶店をすることになっている。接客担当の生徒はそれに似合った服を着ることになっているのだが……。

 ことを話せば二週間前のことだ。シュミレーションしていた時に篤人が余っていた女子用の服、言わずもがなメイド服を持ってきてあれやこれやと言葉巧みに乗せ……るよりも前にノリノリで着ていた。

 それが恐ろしいくらいに似合っていたもんだから、クラスの男女の視線を集めまくったもので。


「なるべくその格好でいてくれ」

「えーけっこー好評だったのになー。もったいないと思うんだけどなー」


 薫は男子と言うことで。燕尾服っぽく作られた服を着ている。


「一応それで決めたことだから。頼むから素直に従ってお願いします」


 一部にはそら需要があるのかもしれんけども。衣装のそれについてはクラスで話し合って決めたことなんでそれに素直に従ってください。一部の男女が悪ノリしないことを祈るばかりだ。


「桐谷くーん。いつでも言ってくれてもいいんだよー」

「むしろ俺らはちょっと期待してるからなー!」


 そうそうこんな感じに。てかフラグ立ててからまだ一分も経ってねぇ。近くにいたノリのいい男女が反応してしまったじゃないか。

 やめなされやめなされ。薫を乗せるのはやめてくれたまえ。マジでやりかねないってかマジでやりそうだから。


「僕としては、宮岸さんのメイド服もよく似合ってると思うんだけどなぁ」

「まぁ似合ってたけどさぁ……」

「あぁいうの……私には無理……」


 ちょうど近くを歩いていた蕾がこっちに来た。蕾は接客担当ではなく調理担当な為、制服の上からエプロンを身につけている。

 昨日の準備中の時に着てはくれたんだけど、恥ずかしがって俺の後ろに隠れるわ、すぐ制服に着替え直しちゃうわでな。


「僕としてはもったいない感もするけどなー」

「無理……それに、人前に出るのも……」

「そういうことだよ。既に決まった担当でもあるから諦めとくれ」


 かく言う俺も、蕾と同じ調理担当である。理由は概ね蕾と同じで、あまり人前に出たくないから。


「葉月ちゃんが悲しむと思うけど」

「昨日一昨日と散々言われたわ。諦めてくれと何度も言ったんだがな」


 それで何度ポカポカされたことか。何度説明しても納得してくれないし。


「だったら葉月ちゃんのクラスの出し物に顔を出してあげたら? せめてもの償いって感じで」

「まぁそれぐらいはするつもりだ」


 葉月のクラスはお化け屋敷をやるらしい。ただなんの役なのかは知らないんだよな。


「でもって話を戻すとしまして」

「戻すのか」

「見た目もそうだけど、一部の男子には需要あるんじゃないの?」

「需要?」

「ドS喫茶」


 なんでそうなるんだ。てか俺と薫以外のクラスメイトが蕾のドSという内面を知っているわけがないでしょうが。

 なんて言ったら、こんな噂があると薫は言う。時々漫研の部長がピンク髪の後輩にいたぶられていて、しかも部長はどういう訳か快感を得ているという。

 俺らの知らないところで漫研の負の噂が流れていようとは。


「一部男子に向けた需要ってことで。例えばさぁ……」


 薫が言うこんなシチュエーション。



 その一。


「ご注文いいですかー」

「……豚のくせに何注文する気ですか」


 その二。


「アレやってくれませんか?! 萌え萌えきゅーんってやつ!」

「速やかに出てって下さい下郎」


 その三。


「また来ます!」

「キモいんで二度と来ないでくれますか」


 とかなんとか。てか後半からメイド喫茶のノリになっちゃってるし。うちの喫茶そんなあれじゃないから。

 てかそんなことよりもだ。


「絶対やらないだろ、蕾が」

「……やらない」

「ほら」


 蕾のドSって言っても、どちらかといえば物理的なものがほとんど。薫の言うような精神的にくるような痛ぶりは全くと言っていいほどにない。

 とかなんとかこと細かく言う以前に。絶対やらないだろ。


「そういうのなし。なし!」

「なんで煌晴がそこまで言うかなぁ」

「蕾の為を思ってだ。変な意味とかではなく!」


 面白がる薫をどうにかするのでどれだけ大変だったか。

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