第103話 もう何がなんやら

「おぉ誰様だぁ今うちに御用のある奴ってのわぁ……」

「わかちーとうとうキャラが壊れた」

「さぁ誰だって波乱万丈……じゃなくてかかってきんしゃ……」


 指をパキパキ鳴らしながら、のらりくらりとドアの方に向かっていく戸水さん。がしかしそれを槻さんが肩を掴んで止める。


「ストップ若菜。今あなたを人様の前に出させる訳には行かないわね」


 とても賢明な判断だと思います槻さん。

 ノックしてすぐに入ってこないってことは顧問の先生では無いだろう。そうなれば何かしらの用があって来た生徒と考えるのが自然。

 今このハッスル状態の戸水さんを、部の詳細についてをほとんど知らない他の生徒の前に出させようもんなら、何をしでかすか分かりませんから。仮に先生であっても十分に大問題だが。


「姫奈菊、湊。若菜をよろしく」

「いえっさー」

「承知」

「離せー! 死にたくなーい! 私は部長様だぁぁぁ!」


 よく分からんことぎゃあぎゃあ言ってる戸水さんは、部室の奥の方で月見里さんと干場さんが取り押さえておくとして。

 ここは年長者で一番適切な対応のできる副部長が対応に当たることに。一年である俺らは、静かに座って待機することに。


「はい。どうかしましたか」

「あぁどうも。漫画研究部の部室は、こちらで合ってますか」


 ドアの先にいたのは二人の女子生徒であった。ネクタイの色から見るに、二人とも二年生だ。


「はい。こちらで間違いないですよ。本日はどのようなご要件ですか」

「先程はうちの部長がご迷惑をお掛けしました。一人勝手に突っ走っちゃったみたいで」

「いえいえ。こちらもひとつ謝らないといけませんね。もう少しでこちらの部長がそちらに殴り込みしそうなところでしたから」


 話を聞けば、演劇部の部長と副部長だそうだ。でもって互いの副部長同士、ペコペコと謝りながら話が進んでいく。どうやら向こうの副部長さんも槻さん同様、苦労人ポジションらしい。


「とぉう一体何の用だぁ我ぇ!!」


 いきなり戸水さんさんが槻さんの近くまで駆け寄ってくる。どうやら二人の拘束から逃れたようだ。それに遅れて戸水さんを抑えていた二人もやってくる。


「すんませんしおりん。今日のわかちーヤバいです」

「来たわね戸水さん! さぁ改めてお話ががががが」

「お黙り」

「ちょっと水楓みなか……私はぁ……」

「うるさい」


 演劇部の副部長が部長の後頭部に左手を置くと、そのまま力任せにぐいっと前に押して腰を折らせる。

 しかも腰を曲げた体勢のまま、ブルブル動いて抵抗してる部長だけど、それを左手ひとつで完全制圧してる向こうの副部長さん。一体何者なんだ。


「え、なにあれ」

「いやー相変わらずの怪力っすねー」

「いや……え?」


 月見里さんの言うに向こうの副部長さん、月見里さんのクラスメイトで、鏑木水楓という。

 彼女は空手の有段者だそうだ。うちの学校には空手部がないとはいえ、なんでそんな逸材が演劇部に入っているのか。不思議でならない。


「痛い痛い痛い離して! 離して水楓!」

「元はと言えばあんたが撒いた種でしょうが。独断でよそ様に迷惑かけないの……!」

「わかったわかったわかった!」


 どうやら肩書き上の立場と実際の立場は逆らしい。そこんところ。うちとある意味似ているのかもしれない。


「ほんとーにご迷惑をお掛けしました! 今回のことは忘れてください!」

「いえいえ待ちなさいあなた」

「いいんですよ! こっちが勝手に立てた話ですから! ほら帰りますよ部長!」


 そう言って部長さんを連れ帰ろうとする鏑木さんであったが、その手を戸水さんが掴んで引き止める。


「待ちなさい。詩織、ともかく話だけは聞きましょう!」


 さっきは殴り込みに行こうって言い出した人が、コロッと考え変えちまったよ。どうなってんだあの人の頭の中は。


「いいの若菜?」

「どの道詳しい話は聞くつもりだったわ。上辺だけの話を受けるつもりなんてこれっぽちもないし? そもそも断るとも受けるとも私は返答してないからねぇ!」


 よくわからんが。完全にスルーするつもりはなく、返事だけはするつもりだったようだ。だったら殴り込みに行くなんて最初から言わないでくださいよ。


「……こちらの部長がそう言うので、ひとまずはお話を伺わせて下さい」

「いえいえホンットにすみません! ですがそう言ってくださるのでしたら……」

「私の功績ね……」

「だまらっしゃい」


 押さえ込んでた左手を離したかと思えば。今度は体制を変えてアームロック炸裂。やめて。それ以上行けない。なんかパキパキ言ってるんだけど。


 何やかんやとあったものの、ひとまず漫研と演劇部の代表者による会合の場が急きょ設けられることとなった。

 互いの代表者が向かい合って座り、残りの俺ら七人については、戸水さんたちの後ろで気をつけしている。なんでこんなことしなきゃならんのかと戸水さんに聞いてみれば、雰囲気出るかららしい。いや知らんがな。


「なら改めて私から……」

「部長は黙っててください」

「え、あの水楓……「黙っててください」」

「はい」


 あの人怖ぇ。


「コホン。では私の口からお話させていただきます。と言っても先程そちらの部長さんにお話したことをもう一度お話しすることになりますが」

「構いませんよ。改めて整理してもらえるのなら、こちらとしてもありがたいです」

「お心遣い、ありがとうございます槻さん。まず話はうちの部長がとあるイベントでそちらの部長さんを見かけたところからなんですが……」


 その後された話は、さっき戸水さんがしていたものとほとんど同じ。戸水さんの描いた同人誌を気に入ったあちらの部長さんが戸水さんに、妙蓮寺祭の演劇の脚本を依頼した。という次第だ。


「とこんな感じです。ですが無理にお受けしなくても結構です。繰り返しになりますがこちらが勝手に言い出したことですし、そちらも茅蓮寺祭で出し物をされると思います。こちらの要望を無理にお受けする必要なんて……」

「……わ」

「若菜?」

「わかったわ引き受けようじゃあないの!」


 いやぇぇぇぇ!? さっきまでの過激発言はどこいったんだぁぁぁぁ?


「若菜?!」

「そこまで言うってんなら、私も引き下がれないわねぇ。引き受けようじゃあないの!」


 もうめちゃくちゃだよ、うちの部長。鏑木さんのお話が懇切丁寧だったからそれに感銘を受けたのか。もしかしたら不満や愚痴垂れ流しだったとはいえ本心、最初っから受けるつもりでいたのだろうか。

 なんにしてもほんとにすみません。演劇部の方々。勝手に進んだ話でエライ事になりそうです。

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