第99話 蕾の災難

 近くのバス停からバスに乗って駅に向かった。放課後ということもあって、駅に向かう学生の列ができていた。バスの中もぎゅうぎゅうだったし。


「普段からあんなのなのか。戸水さんや干場さんとか大変だろうなぁ」

「そうじゃないかな。僕は雨の時くらいしかバス使わないけど、やっぱり人は多いよ。同じ妙蓮寺以外の高校生とか、大学生も乗り込んでくるから」


 薫がいつも使うバスの路線は、終着点が大学だそうだ。その他にも路線の道中にはいくつも高校があるので、それだけ乗客も多くなるんだとか。薫は始発のバス停から乗れるから座れるらしいが、すぐにいっぱいになるそうで。


「徒歩で学校に行ける煌晴達が羨ましいよ。もしかして家から近いで高校選んだの?」

「そんな適当な理由で選ばねぇよ」


 自分の成績と照らし合わせたり、徒歩圏内じゃないにしても通いやすさを考えたりとか。俺にとっての一番の決め手は、あの独特な校舎に惹かれたからであるが。

 自分の通ってた中学の近くには、今通ってる茅蓮寺の他に和泉山という進学校がある。それ以外となると公立校じゃそこそこ離れたところになってしまう。

 それもあるから、そういう意味じゃ勉強熱心なやつは多かった。頑張りゃ近くて良い高校に行けるから。


「葉月や莉亜については……なんとも」

「煌晴と同じとこがいいって言ってたっけ。でもそれで本当に入れるなら大したもんだと思うよ」

「葉月はいいんだよ。問題は莉亜であって」

「……あの時は大変、だった」


 一学期の中間試験。莉亜に勉強し教えるの大変だったよ。俺の場合受験からになるが。

 葉月は学年でも十番台に入れるくらいの成績だったから、なんの心配もなかった。当時の先生からも、和泉山だって大丈夫と言わしめたほどだから。そういう意味じゃ自慢の妹だ。


「そうなんだ……。」

「まぁそんなことはいいや。それよか薫、お前のおすすめの店ってどこにあるんだ?」

「ここで話しててもあれだよね。それじゃあ案内するから――――」

「お。奇遇だなぁ」


 その声が聞こえてから、蕾の顔が白けていた。やべぇ変なのに捕まったって顔してた。

 少しずつあの声の主であろう男性が右手を振りながらこっちに近づいてきた。


「……何? てかなんでここにいるの」

「取材でこっちに来てたんだよ。そしたらまさかこんなところで蕾に会うなんてなー」

「……」


 近づいてきた男性は揚々と話しているが、それとは真逆で蕾は淀んだ顔すらしてた。

 でもって男性の視線は隣にいた俺と薫の方に向けられた。てかあの顔見るに、少し話してて蕾の横に俺ら二人がいるのに気がつかなかったやつだな。

 ちょっと固まってから、蕾に遭遇できたという一気に驚きの顔に変わる。


「蕾が男と一緒にいる?! しかも二人も!?」

「うっさい」

「おいどっちが本命だ、てかその前にだ」


 つかつかとこちらに向かって歩き、般若みたいな形相になると、俺の肩を掴んで言う。


「蕾に変なことしてないよな?」

「な、んのことで、しょう?」


 近い近い近い。てか怖い。この人なんなんだよ一体。蕾の関係者だとは思うけど、なんなんだマジで。あんた一体蕾のなんなんですか。彼氏いるなんて話聞いたことないし、だとしたら――――


「変なことしようもんな……」

「……‼」


 蕾は右手で男の人のネクタイを掴むと、無言でぐいっと引き寄せ男の人の顔を威嚇するように睨んでいた。

 普段戸水さんをいたぶってる時の悦びすら混じっている顔ではなく、完全に怒ってる顔だよあれ。


「今度衆人監視の場で同じことしたらシメる」

「……あの、つぼ「でもってうかうかと近づいてくんな」」

「えっとあの「返事は」」

「はい……」


 蕾の圧に押され、男の人は完全に蕾に屈服していた。

 恐るべし蕾。こんな蕾を見たのは初めてだ。

 男の人は完全に意気消沈。かくんと俯いてその場にただただ棒立ちするだけだった。蕾に言われて、男の人は完全放置。他人のフリして立ち去ることになった。


 しばらく歩いて言ったところで、蕾の足が止まる。そして俺の方をゆっくりと振り返って、


「ごめん……なさい。煌晴君」


 謝った。その表情はさっきのとは違い、いつも見るオドオドしたものに戻っていた。


「あ、あぁ……。結局……なんだったんだ?」

「思い当たるのがあるとすれば……そういえば宮岸さん、前にちょっとだけ話してたっけ」

「そんな話……あったような、気もするな」


 薫にそう言われて、ちょっとばかし思い出した。いつだったか兄妹の話題になって、そんときうんざりしながら話してたっけ。

 蕾には県外に住んでる従兄がいるって。さっきのを見るに、あの人がそうなんだろう……ってかあれだよな確実に。


「はた迷惑な従兄ですみません」

「それだけ従妹思い……なのかなぁ」

「……兄の立場で言わせてもらうけども、あれは多分ウザイだけだ」


 俺はそこまで葉月を甘やかすようなことはしていない。してない……と思ってる。

 甘えてくるからついつい構っちゃったりとか、お菓子とかねだられてついつい自分のを分けたりとか、お風呂に突撃してきたのを渋々ながらも容認したりとか。


「煌晴。なんか変な顔になってるよ」

「そんなことは無い」

「今思うと、葉月さんが羨ましい。可愛らしくて」

「時々面倒だけどな」


 いつになったら兄離れするのかと常々思っている所存です。


「……漫画家志望の米林さんの幼馴染である煌晴君なら、想像に難くないと思う」

「何が」


 聞いてみれば、蕾からこう言われる。


「兄のことが好きな妹と、妹のことが好きな兄。想像してみて」


 言われた通りにその二つについてを考えてみる。少しして、蕾の言いたいことの少しだけでもわかるような気がしてきた。

 前者ならば健気とか人懐っこいとか。ほのぼのとか愛くるしいというイメージが湧いてくる。

 しかし後者の場合はだ。危険とかヤバいとか、傍から見れば犯罪臭や地雷臭さえ思わせる。


 それを考えれば、前に言ってたことを少しづつは思い出してきた。あんな従兄にうんざりしていると。隣で色々と話しているのは聞こえてきたけど、確かにあれは嫌になるやつだわ。


「なんというか……その……」

「気遣いとかは、いいから」

「おう……」


 触れちゃいけない話題なんだろう。この前は特にそんな反応はしてなかったんだけどな。


「と、ともかく早く行こう? ここにいても暑いから」

「そ、そうだな! 冷たいコーヒーでも飲んでゆっくりしようか! ということで早く行こう蕾」


 掘り返したら行けない話題だ。早いとこ忘れることにしよう。さっきは何も無かった。いいな俺?

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