第96話 私の思い出

 あー死ぬかと思ったー……ってのは言い過ぎだってけど。あんまり過激なことになろうもんなら、とうとうマジで吐く所では済まなそうな気がしましてなぁ。俺の身が持たなくなる。


 蕾がドSだって言うんなら、莉亜は監獄長だよ。どっちに転ぼうがろくな結末にならない気がしてきたぞおい。


「お待たせ、しました……」


 何とか二人から逃げてきた俺は、庭の端の方にいた槻さんの元に。


「どうしたの大桑さん。何だかとてもつらそうですけど」

「大丈夫っす……。ちょっと食べすぎてお腹苦しくなってただけなんで……」


 さっき二人にとっ捕まってえらい目にあいそうになりました。とは言わないでおく。

 女の子を無理に振りほどこうとするのは、俺の良心が傷む。しかし今回ばかりは命と貞操の危機さえ感じたので、そうとも言ってはいられなかった。意地でも振りほどいて逃げてきました。


「それにしてはかなり苦しそうですが……。薬、もってきてますから……」

「いいですいいです大丈夫です! さっきちょっと休んできたんですぐに元通りになりますから! だからご心配なく!」

「それなら、いいんですが……無理はなさらないでくださいね。薬欲しくなったら遠慮なく言ってくださいね」


 槻さんが深く追求しないタイプの人で本当に良かった。うちの部じゃ、こういう人本当に少ないんだもの。それとご配慮、ありがとうございます。


「ありがとうございます。それで要件ってのはなんですか」

「実はそんなに大層な用じゃないのよ。ただちょっと、大桑さんと話がしたくって」


 わざわざ呼んで、二人きりになって話があるってなったら、相当な要件だと思うんですけど。

 誰かに聞かれたくない話だとか、こうでもしないと言えないような話とかじゃあないんですか。

 ともかくまずはリラックスだリラックス。過度な期待をしては自爆するだけだ。


「今日はすごく楽しかったなぁって思って。同年代の友達とこうして遊んだことって、今までほとんどなかったから」

「確かに楽しかったですけど……」


 今日のことについてらしい。しかしなんでそういう話を、わざわざ俺一人に?

 他にも疑問はあるが、とりあえずは槻さんの話を聞くことにしようか。


「今までなかったんですか」

「前にちょっとだけ話したけど、私って皆にちょっと恐れられてたから。だからこうしてお友達と遊んだことってほとんどなくて」

「言ってましたね」


 記憶が確かなら、前に戸水さんのわがままで槻さんの家を訪れた時だったか。

 その時に戸水さんと知り合った時のことについてを話してくれたんだった。


「やっぱりそういうことについては厳しい家だったんですか?」

「そんなことはないわね。むしろ大桑さんの考えてることとは逆になるわね。そうでなかったら、家に呼んだりこの前のイベントの手助けはしないから」

「それもそうですね……。となると、自由奔放……とかですか」

「そんな感じかしら。うちのブランドのモットーのひとつに、流行や型に囚われない自由なファッションを。ってのがあるくらいだから」


 自由と言うには言いすぎるかもしれんが、ひとつの考えに囚われない、柔軟なアイデアを持って新たなファッションを生み出していく。というコンセプトらしい。

 そんな槻さんの家の話を少し聞いてから、本題に戻る。やっぱり気になるので、核心から聞いていくことにした。


「てか、そういう話を俺一人に?」

「こういう話、なかなかほかの人には出来なくて。信用してない訳じゃなくて、冗談交じりに聞く人がほとんどだから」


 そしたら彼女は、つややかな髪を左手で撫でながら答えた。

 戸水さんや月見里さんはこういう話を正面から聞いてそうなイメージは湧かないし、干場さんはよく分からない返事をしそうだと言う。

 他の一年になると、槻さん自身がどう考えてるのかはわからんが、俺相手が一番だと判断したようだ。


「大桑さんだったら素直に聞いてくれるんじゃないかなーって思って。お互い苦労人同士」

「あまりいいもんではないですけどね」


 俺が莉亜や葉月に振り回されてばっかりならば、槻さんは戸水さんや干場さんに振り回されてたってことか。これまで会ったことの数々を思い出していれば、ため息ばかりが出てくることだろう。

 そういや時々、そういう話を俺にしてるんだよな。


「まぁさっきもだったんでしょうけど」

「……え」

「チラッとね。米林さん達に何やら言い寄られてるのが」

「あぁー。それについてなんすけど……」


 もう槻さん相手に隠せそうにもないんで、さっきあったことについてを順を追って彼女に話した。


「成程。そう思ってもらえるなんて、大桑さんは幸せものなのね」

「苦労は絶えませんけどね。小さい頃とかじゃなく、生まれた頃から」

「そうねー。宮岸さんは小学校が同じで、米林さんはご近所さんだったものね。それに双子の妹までいて」


 それ故にか。関係を保つのも楽なもんじゃないんです。仲が良いばかりでもないので。


「ところでさ。大桑さんだったら、誰が一番気になるの」

「い、いきなりなんですか?!」

「ちょっと聞いてみただーけ」

「やっぱり今日の槻さんはなんか変ですよ。テンションというか、振る舞いがいつもとは違いますし」


 普段は大人しく、まとめ役な彼女だけど。今日はそんなイメージ払拭されるくらいにはしゃいでいた。挙句、戸水さんがしてくるようなとんでもない質問をいきなりしてくるんだから。


「楽しかったから、かな。こんな体験、今までなかったんだもん。あの水着を貰った時は、着る機会があるのかななんて、ちょっと不安にもなっちゃってたから」

「オーダーメイドなだけあって、とてもいい水着だったと思いますよ」

「ありがとう。……私――――」


 お礼の後、なにか言おうとしたところで、向こうの方からこっちを呼ぶ戸水さんの声が。


「おーい詩織ー! 姫奈菊ちゃんがアイス買って来てくれたんだってー!」

「そーっすよー。早くしないと欲しいのなくなっちゃいますよー」


 それによって、槻さんの言っていた言葉が遮られて聞こえなかった。


「あの……それで」

「んー……なんでもない。若菜が呼んでるから、早く行こっか」

「あぁ、はい」


 リビングの方へと彼女は言ってしまった。その横顔が、ほんのりとだがピンク色に色付いていたのが目に入った。

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