第95話 思いに時間は関係ない

「葉月ストップストップ。吐きそう。お兄ちゃん比喩でもなくマジで吐きそう」

「むっぎゅー……。すぅぅぅー……」


 おーい頼むからお兄ちゃんの言うこと聞いてくれー。そしてサラーっと俺の匂い嗅ぐんじやありませーん。てか今嗅いだとしても、多分焼けた肉の匂いしかしないと思いますよー。


「葉月さん。嬉しくなるのはわかるけど、煌晴君が困ってるから」

「そうそう。こいつの言う通りにね。だから葉月ちゃん、そろそろ煌晴を離してやりな」

「……はぁーい」


 莉亜と蕾が説得してくれたおかげで、ようやく離して貰えた。かれこれ二分以上はハグされてました。しかも他の人らに見られながらな。

 お陰様で、戸水さんと月見里さんから散々いじり倒されましたから。


「あ゛あぁぁ……助かったわ」

「どうも。でも負けたのは納得いかないわー」


 腹の具合がまだ優れないので、近くの椅子に座って休んでいると、鉄串持って莉亜がやって来る。俺の隣にあった椅子に座って串に刺さってる玉ねぎを一口齧って飲み込むと、さっきのことについての愚痴を聞かされることに。


「葉月の選んだ理由ならさっき言っただろう。そういうことだ、これ以上は言わねぇ」

「はぁ、はいはいわかったわよ。ネチネチ言ったところで、あんたに迷惑かけるだけなんだし」


 そう考えられる頭があるって言うのなら、これまでのあんたの悪行っていうか暴走についても振り返って頂けますよう、お願い申し上げます。


「考え……甘かったかも」

「何が」


 口調がさっきまでと変わっていた。いつものような明るい感じじゃない。


「煌晴って男なんだから、ガッツリしたもの好きなんだろうなーってくらいしか考えてなかったのよ」


 あれはあれで、食べごたえがあって結構好きだったけど。

 でも莉亜は、俺が男だからこういうボリュームのあるものが好きなんだろうと考えたそうだ。

 幼稚な考えになるのかわからんが、小さい頃から揚げ物とかハンバーグとか。そういう食べ物好きだったし。


「でもそれって、煌晴個人のことを考えて作ったわけじゃないのよ。でも葉月ちゃんはお兄ちゃんであるあんたのことを考えて作ってたんだから」

「まぁ、葉月はそういうやつだし。何するにしても、まず浮かぶのはお兄ちゃんがー……だし」

「そんな私が葉月ちゃんに勝てるわけなかったのよ。アイツには……よくわかんないけど」


 一番気に入ったのは選んだけど、順位までは付けなかった。選べなかったってのもあるが、そんなもんつけられるわけが無い。だってなんやかんや訳の分からん事情があったとはいえ、俺の為に作ってくれたものなんだから。


「最近なんて、あいつが煌晴と面識あったってのが発覚してさぁ。私って置いてかれたんじゃないかって思って」

「そうとも思わねぇけど。幼馴染なんだから、付き合いは蕾よりも遥かに長ぇじゃんか」

「時間なんて関係ない。世の中一目惚れなんてケースもあるんだし。私が前に読んだラノベでね、そういう展開があったの」



 詳しく聞いてみれば、その少女は容姿端麗でどんな男子も虜にしてしまうほどの有名人。しかし人の内心を探ることにするどい彼女は、中々自分の満足する相手を見つけられなかった。

 そんな彼女が一目惚れしたのは中学のとき。落し物を拾ってもらった時に目が合い、この人だとピンと来た。その人こそがそのラノベの主人公。

 しかし出会った時期が遅かったこともあり、中学卒業と同時に離れてしまう。

 それでも奇跡的に高校で再会。以降は積極的な猛アピールを仕掛けているとのこと。

 ちなみにそれに対し主人公は、振る舞いが変わっていたことに最初は驚いていたそうな。

 本人は最初、お友達からということで付き合いを始めたそうだが、彼女にとっては最初から恋人なのだ。



「ほぅ」


 思い出したというラノベの登場人物についてを語った後、玉ねぎをもう一口齧って莉亜はこう続ける。


「時間なんて関係ない。大事なのは気持ちの問題なんだって。長いこと一緒にいるからって、ずっと一緒にいるとは限りないなんて、前にあんた言ってなかったっけ」

「言ったかなそんなこと」


 口には出さずとも、考えていたことはあったような気もする。例えば前に、莉亜に手足を拘束された時なんかでしょうか。


「まぁ言ったか言ってないかなんてともかく。妹以上にってのは難しいかもしれないけど、私は煌晴の幼馴染として。アイツにはできないことをしていきたい」

「そ、そういう意気込みはいいんだが……程度は知れよ」

「わかってる」


 それから数分は、なんの会話もなかった。莉亜は持っていた鉄串に刺さっている残りをせっせと食べている。俺は適当に横になって、少しでも腹を休ませようとしていた。


「煌晴君」

「ん。どうした蕾」


 ちょうど莉亜が、鉄串に刺さってた最後のピーマンを食べ終えたところで、こちらにやってきたのは蕾だった。要件を聞いてみれば、


「なんかね。槻さんから煌晴君のこと呼んできて欲しいって頼まれて」

「おうそうか」


 槻さんさんが呼んでいるとの事だった。詳細を聞いてみたが、俺の事を呼んでいるとだけしか分からないと言う。なんの頼みかはわからんが、呼ばれたからには早く行かなくては。


「まだ話。終わってないんだけど」

「え、そうなの」


 もう終わった流れかと思ったんだけど。しかも左腕だけじゃなくて右腕も掴まれてんだけど。

 おそるおそる振り返ってみれば、何故だか蕾も俺の腕を掴んでいた。


「おーい。なんのマネですかー」

「米林さんがね。煌晴君に対して……自分にしかできないことを出来たらいいなって、話をしてた」

「あのー……これから何をしようと考えてるですかあなた達?」


 これからSMプレイでも始まるんですか。俺の腹どころか全身にダメージを負わせるつもりですかアンタら。


「今ばっかりは、何故だかアンタと気が合うような感じするのよ」

「……どうしてだろう」


 頼むから……早いとこ槻さんのとこに行かせてくれぇぇぇ……!

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