第94話 どの一本がお気に入り?
「えーっとー、それじゃーあー……って挨拶って何言えばいいのよ」
「なんでもいいんじゃないんすかー」
「そうねー。ここはひとつ、皆のこれからの気合いの入るような演説でもしてもらおうかしらー」
「うわぁーしおりんえぐーい」
準備が整い、さぁこれから始めようってところで。部長である戸水さんからのありがたーいお言葉あるんだと言う。
しかしこれは本人が言い出した訳ではなく、槻さんから彼女に頼んだんだとか。バーベキューの前に、部長としてビシッと一言ちょうだいしたいって話らしい。
「さぁさぁさぁ」
「さぁーわかちーどうぞー!」
「……」
いじめなのかいじりなのか。もうわかんねぇ。
戸水さんを槻さんと月見里さんの二人でやんややんやと祀りあげてるってか、もうこれは煽り立ててるって言うか。
宴会で一発芸とか隠し芸、タブーとはいえイッキを要求してるようなそんなあれだ。されたことないからそうなる側の気分というのは、よくわからんが。
「え、えーっと……皆さんどうも……ご挨拶させていただきます……」
いつもとは打って変わって。槻さんにまであぁされてはオドオドしてしまうのも無理ないというものか。
「一年が入ってくれたおかげで、この部活もより活気が出たなーって、思ってます」
「ひゅーひゅー」
「ほんでその……今日これまで楽しかったなーって。私と詩織ではじめた部活だけど、こんなに賑やかになって良かったなーと」
「おー! それでそれでー?」
「あぅう……えぇと……その……あぁ、シャラくせぇ! ともかくこれからもいっぱい楽しいことしよう! そんじゃあカンパーイ!」
無理矢理締めた感あるが、最後は本人らしいノリで乾杯の宣言をして、バーベキューという夜宴が始まった。
それからは近くにいるもん同士でワイワイと話をしながら楽しく食事を取っている。
近くにいた葉月と槻さんの方からは、昼間に話していた吹奏楽に関する話で盛り上がっているようだ。
俺はこの部活で唯一の同性の友人である薫と話をしている。
「てか薫……お前めっちゃ食うな」
「いっぱい遊んだんだからそりゃあお腹もすくよ。煌晴こそもっと食べないと」
食べないとって。開始十分足らずで既におにぎり三つと鉄串二本を平らげてる薫以上にってのは無理だなーって思いまーす。
てかお前は普段から食う量がおかしいんだよ。それくらい食ってりゃ身長180は超えてそうなんですけど。太ってる訳でもないし、取り込んだエネルギーは何に使われてるんですか。
「どうかした煌晴?」
「いや。どこに食ったぶんが消えるんだろうなーって思って」
「美味しいものならどんどん食べられるんだよ。食べてる時ってすごく幸せな事だと思わない?」
「まぁ確かにそうだが」
そんなセリフ。グルメ漫画じゃ常套句じゃないんだろうか。邪魔でもしたらアームロックとかかけられそう。
そんな話をしていると、すすっと莉亜がこっちに近づいて来る。
「こうせーい。そろそろこっちのが焼けるわよー」
「あぁもうそんな頃合いか。わかったわかった」
呼ばれたんで、持っていたおにぎりの残りを口に押し込んで、飲み込んでからコンロの方に向かった。
先程三人が自信作と豪語していた串がコンロの端の方に並べられていた。
「米林さん。そっちに三本避けてあるのはなんなの?」
「あぁこれ。調理担当の私達で一本ずつ自信作を作ったんですけど、どれが一番煌晴に気に入って貰えるかを勝負してまして」
「ほうほう成程ねぇ……。モテる男は辛いねー」
「あの人らが勝手にやりだしたことなんで。俺は、何も。言ってなんかいませんから」
さっきの一件についてはなるべく穏便にすませたいものだが、そうなりそうな気がしない。
ここにいるのはほとんど、いや全てと言ってもいいだろう。変わり者の集まりなんだ。穏やかで終わるわけがないじゃないですか。これまでの経験や思い出が、勝手にそう語ってくれる。
「それじゃあ焼けたところで。誰のから行く? まずは私のからだよね?」
「りあ姉抜け駆けずるいよー! 最初は葉月のからだよねお兄ちゃん?」
葉月もやってくる。それから少し経って蕾もこちらに。
「私のからだよね?」
「おにーちゃーん」
「最後でも構わない。食べる順に有利も不利もないから」
三本の串を目の前に考えてみる。どれもよく焼き上がり、香ばしい匂いが食欲をそそる。
「じゃあ……呼んできた莉亜のやつから」
左端に置いてあった莉亜作成のものからいただく。
牛肉のボリューム抜群で食べ応え十分。血気盛ん、食欲旺盛な男を満足させるガッツリと食べられる一本だ。
そこからは右隣に順にとっていく。お次は葉月作成のもの。
牛肉から始まり次は黄色のパプリカ、その次はエビ、牛肉、ピーマンと色とりどりな食材が続く。味はもちろん、見た目の鮮やかさも楽しめる一本。
最後は蕾のだ。二人が使っていない鶏肉から始まり、野菜が多めのヘルシーチョイス。その為さっぱりとした後味になっており、濃い味による飽きが来ない。野菜が多いことで様々な食感を楽しめるのも嬉しい一本となっていた。
「……ふぅ。ご馳走様」
「それでどうだったお兄ちゃん?」
「ちょい待って」
薫から紙コップにお茶をもらって一気に飲み干す。流石に三本はかなりの量だ。男の俺といえど結構きつい。
お茶を飲み、近くの椅子に座って腹を少しでも休ませる。そこであの三本の味についてを噛みしめるように思い出し、自分の一番気に入ったものを選んだ。
「まぁ食った好みになるが……葉月のかな」
「ほんとに?! やったやったー!」
「理由は」
もちろんちゃんと理由も考えている。でなきゃ選ばれなかった二人も納得いかないだろう。
「こういうもんだから、色んなのが食べられるのがいいところだな。それでいて葉月のは食べるだけじゃない楽しみもあったから。カラフルでより一層美味しそうに見えたんだ」
莉亜のも蕾のももちろん美味しかった。でもそういう点から、俺は葉月の作った一本が一番気に入ったのだ。
「色合いか……。そこまで考えてなかったかも」
「煌晴男なんだし、ガツンと来るやつ好きだと思ったんだけどなー。まさかそう言うエゴイストだとはねー」
それだと俺が欲まみれって感じになんぞおい。せめてロマンチストとかそういう言い方してくれてもいいだろう。
「お兄ちゃん大好きー!」
「待っていきなり抱きつかないでヤバいから。俺の腹がヤバいから!」
嬉しさのあまりか、葉月が俺目掛けてハグしてくる。そんなにギュってされるとお兄ちゃんヤバいから。最悪リバースしそうですから。結構腹パンパンなんですからぁぁ……。
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