第84話 意外な一面が……?

 着替えが済んだら遊び道具と昼食用の最低限のお金、それから別荘の中にしまってあったパラソルを引っ張り出して、漫研一同いざ海水浴場へ。


 かれこれ移動と準備、用意なんかをしていたら時刻は十時を過ぎていた。

 朝よりも高く昇った太陽はより強く俺たちを照りつけてくるし、気温も上がってきてるもんだから暑くて敵わない。朝見た予報によれば、最高気温は三十七度の猛暑日。全国的に今期最高クラスの暑さだそうで。

 言い換えてしまえば、こんな日こそ絶好の海日和だよ! なんて朝から元気な月見里さんと戸水さんは言うけど、二人の元気についていける人なんてこの部にはいませんよ。


「お兄ちゃーん! 早く早くー!」

「おーいこっちは忙しいんだー。ちっとは待ってくれー」


 海水浴を楽しむべく家族連れや若い男女達で賑わっている。そんな海岸で元気な葉月の声が響いている。

 葉月は向こうで手を振って、こっちに来てくれと促してるんだが、こっちは槻さんと薫でパラソルもとい、本日の拠点のセッティング作業してるんだぞ。

 残りの面々といえば、先に海の方へと走り出してはワイワイきゃっきゃとはしゃいでいる。

 呼ぶなら葉月も手伝ってくれって言おうか一瞬悩んだけど、パラソル自体そんなに複雑な作りじゃないし、四人いても作業しづらいだけか。


「大変だね煌晴」

「いつもの事だ。たまにはそっとしておいて欲しいがな」


 今日だってこの前即売会の手伝い行った時みたいに、家の近くのバス停まで葉月をおぶっていくことになったんだぞ。しかも今回は明らかに狸寝入りだったし。匂い嗅いでる音しっかり聞こえてたからな。


「ピンくれ薫。それ刺しこみゃ終わりだから」

「はいはーい。槻先輩これでしたよね」

「そうそれ。シートの四隅にしっかりとね」


 シートを敷いて真ん中にパラソルの重りを置き、各々の荷物はその周りに。でもって最後に金属製のピンを四隅に刺しこんでシートを固定すれば、セッティング完了だ。


「ふぅー。結構大変な作業でした」

「パラソル重たいからね。こういう時こそ男の子の力を借りたいから」

「まぁ何かあれば言ってください。できる限りの手助けはしますから」


 セッティングを終えて、ひとまずシートの上に寝っ転がることに。照りつける太陽は暑いが、パラソルの下ならば少しはその暑さも和らいでいるようにも感じる。

 先程の作業の疲れを少しでも癒そうとしていると、ぬっと入る人影がひとつあった。


「いいのか蕾。こっち戻ってきて」

「あの人達のノリには、ついていけないから……」

「まぁ……そうだな」


 暑いからか、それとも戸水さん達に振り回されたのか。腕周りや首筋に汗を浮かべた蕾がパラソルの中に入ってくる。

 普段は物静かな蕾のことだ。普段からテンションの高い戸水さんと月見里さん相手に十分持ったのは、入部当初に比べれば成長したのではないかと思う。


「威嚇射撃だけして逃げてきた」

「威嚇って……」


 右手には小型の水鉄砲が握られている。海水だと結構ダメージありそうな気がしますけども。


「改めて見ると、蕾ちゃんの水着可愛いわね」

「あ、ありがとうございます……」

「槻先輩たちのと違った魅力があるよね」


 今日蕾が着てきた水着は、白いフリルの着いた水着。以前の買い物の時に試着していたワンピースタイプの水着よりも露出が多い。

 ちなみに槻さんはと言うと、優美な花柄のパレオの付いたビキニで、頭にはハイビスカスを模した髪飾りが付けられている。


「その水着も、槻先輩のとこのブランドなんですか」

「そうね。水着専門のブランドもあるから。これは去年の誕生日に特別に仕立ててもらったものなの」

「じゃあ世界に一着だけの水着ってことですか?! なんか羨ましいです!」

「ちょ〜っとお高くなるけど、依頼してくれれば桐谷さんだけの水着も作ってもらえるわよ?」


 右手でお金のハンドサインをしながら少々不敵な笑みを浮かべる槻さん。裏表のない人なのはわかっているつもりだけど、今ばかりはそうでも無いような気がする。

 なるべくそのことについては追求しないでおこう。もしかしたら槻家の権力? によって何かしらされそうな気がしてならない。

 ここは話題を逸らして……そうだ。蕾の水着についてだ。そういやその水着って……。


「それって、この前月見里さんが候補に上げてたやつに似てるな」

「この前、煌晴君が言ってたから。それがいいかなって」

「まぁ確かに言ったけど」


 それを言ったのって、蕾のじゃなくて月見里さんの水着選んでた時なんだよな。

 最初は露出の多い水着を好まなかったから、まさかこういう水着を選ぶとは思わなくて。


「どうかな……似合って、る?」

「そうだな。最初に選んでたやつよりも似合ってると思う」

「派手じゃなくて大人しめな感じなのが、宮岸さんによく合ってると思う」

「良かった。自信、なかったから……」


 男子二人で蕾の水着を褒めてたら、直ぐに彼女の顔が赤くなる。でもこの前みたいに真っ赤ではなくほんのり色づくような感じで。


「どこで買ったの?」

「最近できたショッピングモールの中にあった専門店ですね。名前は忘れちゃいましたが」

「あーあそこかー。そういやうちのブランドの店ってなかったわねー。そういえば今度テナントが空くっていう話だったから……」

「あのー?」

「立地を考えれば若者を中心に家族連れが多く来ると思うから……」


 これは進出する気満々だな。ビジネスのことになると、こうも目の色変わるのかこの人は。


「今度そのことについて……あ。ごめんなさいね、勝手に独り言呟いちゃって」

「いえ。とても熱心だなぁ……と思い、まして」

「そういう家柄なのか、なんか変な方向に気合い入っちゃうのよ」

「間違った方向ではないですし。それに――、「おにーちゃーん! はーやーくー!」」

「葉月ちゃんが待ってるわよーこうせーい」

「……呼ばれてるね」


 さっき莉亜が回収してくれたから少しはゆったりできると思ったんだが、そういう訳にもいかなかった。あんたら少しは人を労わってください。


「もうちょい休んでたかったんだが。早く行かねぇとうるせぇしな」

「僕も行くよ。槻先輩達は……」

「私達も行こうかな。なんかそろそろ若菜が――、「詩織ー。こっちで遊ぼーよー」」


 戸水さんの名前を出したら、それに反応したかのように。彼女が両手を振って呼んでいる。


「予感大当たりですね」

「そうね。行きましょうか」


 これ以上待たせてしまっては手がつけられなくなるに違いない。そんな心配を少し込めながら、皆のいる方へと走って行った。

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