第83話 真夏の海日和
水着の買い物に行ってから一週間くらいが経った頃、七月末。かねてより心待ちにしていた者も多かった、漫研の皆で海に遊びに行く日がやってきた。
朝の八時に駅に集合すると、私鉄に乗って県の北西にある海水浴場へと向かう。二十分程の電車の旅であったが、それでも早く海に入りたいと騒がしい人らは何人か。というかほとんどがそうだ。
楽しみで待ちきれないというのは皆同じだ。でももう高校生なんだから、後輩としてはもうちょい年相応の振る舞いをして欲しいものだ。親とか保護者という訳では無いのだが、見ていて恥ずかしい。
終着駅について駆け足で降りていくと、頭の後ろから燦々と輝く太陽の光が照りつけてくる。もちろん日焼け止めこそ塗ってきたが、それでも日焼けしてしまうんじゃないかというほどにだ。
「はー長かったー。海どこっすか! 早く行きましょうよ!」
「湊、海はあっち。もう少し歩かないと」
私鉄の終着駅をおりてすぐ。海は何処かと周りをキョロキョロ眺める月見里さんに対し、肩を軽く掴んで少々素っ気なく答える槻さん。
「マジすかー。降りたら目の前が海ー! とかそんな風にならないすかね」
「確かにいいですよねーそれ。でもそういう駅もあるところにはあるんですよ。よくアニメや漫画にも使われてて……」
「マジすかりあちー! どんなんどんなん?」
「これなんですけど……」
すぐに行こうと言った高らかな宣言はどこへやら。莉亜の発言にガッツリ食いつき、彼女の視線の先はさっき槻さんが指さした方ではなく莉亜のスマホの方に。
それに食いつくように葉月と戸水さんも集まっている。
「全く。すぐに意識がそれちゃうんだから」
「いつもこんな感じ……ですよね」
「宮岸さんの言うようにね。バラバラなのに、何故か噛み合ってるのよね。うちの部って」
「自由奔放なのが多いだけな気もしますけども。それについては馬が合うみたいな」
「まぁ……そんな感じもするけどね」
うちの部には色んな人がいて、それぞれ尖った個性を持っている。それなのにバラバラにならず、まとまりがあるようでないようにも見える。
「でも何かを楽しむ。ってことに関しては考えることは同じなのよね。だから今の漫画研究部があるんじゃないかな」
「どう言えばいいんですかね」
「もう何色かも分からないくらいに……塗りつぶされている。とか?」
「何色かも分からない、か。宮岸さんのその表現、なんか面白いかも」
白い旗かそれとも紙か。それを皆が好き勝手に塗っていく。集団でひとつの色を持たないってのは、言えてるかもしれない。
「だから毎日が楽しいのかも。これまで経験したことないことばかりだったから」
「そうですね」
「おにーちゃーん、何してるのー? 早く行こーよー」
「何を躊躇う必要があるか。オアシスはもうすぐそこにあるのだから……」
「あらあらごめんなさいね。私達も行きましょうか」
駅の入り口で、三人で立ち話してたら。他の皆は先に歩いてしまっていた。
周りの安全を確認してから、先に行った六人の集団に小走りで追いついた。
「それよりまず、別荘に行って荷物置いてくるんじゃなかったの?」
「あぁーそうでしたねー」
「やっぱりお金持ちの家ってなると、別荘も立派なのかなーお兄ちゃん?」
先日に打ち合わせした時に聞いたことになるんだが、今回訪れた海水浴場の南の方には港があり、仕事の関係でこちらを訪れることも多かったそうだ。
その際に移動の手間を省けるようにと、十数年ほど前に購入したのが、今回お借りさせていただく別荘になる。
三年ほど前からはプライベート用となったものの、使用頻度も少なかったと言う。時々掃除に来る以外では、ほとんど訪れなくなってしまったのだとか。
「ほんとに、使わせてもらって良かったんですか?」
薫が聞くと、槻さんは裏のないにっこりした顔で答える。
「いいのいいの。むしろ使ってもらえてありがたいくらい。家があっても、住む人使う人がいなきゃ可哀想でしょ」
駅から歩いて十分ほど。目的地となる海水浴場の近くに、槻さんの別荘はあった。
大層なもんではないと本人は言っているんだけど、ごく普通の一軒家よりも一回りは大きいし、広い庭まで付いているという。夜になったらここでバーベキューをすることになっている。
立派すぎんでしょうよ。一年皆しばらくは空いた口塞がりませんでしたし。やっぱりお金持ちは格が違うなぁって。
中に入って別荘の中を一通り、簡単に案内してもらってから荷物を整理していく。今日はこの別荘に泊まることになるので、水着や遊び道具以外にも着替えや食材なんかも沢山あるのだ。食材は冷蔵庫に。各々の荷物は寝室となる部屋に運び込む。
それが終わったら、別荘でこれからのことについて簡単に確認してから、海に向かうべく水着に着替える。
自分のリュックを置いた男子に割り当てられた寝室に戻り、そこで着替えることに。
「水着選び、大変だったでしょ? 皆どんなやつ選んでたの?」
「見てからのお楽しみってことにしといてくれ」
「そっか」
一緒に着替えてる薫から、この前の買い物のことについてを聞かれた。
「誰か私とお揃いのにーってのはなかったかな。みんなそれぞれ違うの選んでたし。種類もバラバラだ」
「それはそれで、ますます期待が高まるよね。煌晴としては、誰のが気になるの?」
「いや俺はあん時に見てるんだからほとんど知ってるっての」
「あ。そっか」
この前の買い物で、誰がどんな水着買ったのかはだいたい覚えている。だから誰のが気になるって聞かれても期待値高くないんだよ。わかってるから。
「そういう薫は?」
「僕は月見里先輩かな。先輩の中じゃ一番背が高いから。槻先輩のだって一目置くほどスタイルいいからね」
「まぁそうだな」
「そんな人の水着を想像するってなれば……期待できずにはいられないよ!」
そういう思考はやっぱり男なんだなと、少し安心する自分がいた。
あと思うことがあるとすれば……。
「なぁ薫」
「どうしたの?」
「流石に持ってきた水着は男物だよな?」
「いくらなんでもそこまではしないよ。コスプレするのとは違うんだから。今日は純粋に遊びに来たんだもん」
考えはまともなほうだったので、俺の心配はなくなった。
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