第85話  いきなり収集つかず?

「遅いよーおにーちゃーん」

「お兄ちゃんはさっきまで忙しかったんだ」

「なんでよ?」

「おいおい……」


 葉月たちのいる方までやってくれば、彼女のは腰に両手を当てプンスカした顔をしてる。海に着いたら着いたで、月見里さんたちと一緒に真っ先に走っていったからな……。

 お兄ちゃん道中でパラソルの棒のとこ持ってたことくらいは覚えていてくださいよ。


「まぁなんにしても? その用事とやらも終わったんだから、あとはとことん遊ぶだけじゃないの」

「そうだな。気合い入りすぎて倒れない程度にしてくれたらな」


 莉亜は莉亜で、歯止めの聞かなくなるタイプだからむやみにほっとくのは危険だ。


「ってか……勝手にスマホ向けんのやめてくれませんか戸水さん」

「お堅いこと言わないでよー。思い出作りとなれば、写真撮るのは当然でしょ?」

「そうかもしれないですけども」


 そんなご様子をスマホのカメラに収めようとしている戸水さん。

 言ってることはわかりますけども、なんでその思い出のワンシーンのチョイスが、俺が水着の莉亜と葉月に両腕引っ張られてる絵面になるんだと。


「もうちょいなんか絵になりそうなものにしたらどうですか。絵描きの心を揺さぶるような」

「さっきのだって十分に心を揺さぶってくれるわよ。これで二人の女の子に別々のことに誘われたら、あなたはどっちを選ぶわけ?」

「急にとんでもない質問ぶっ込んできますね」


 そんな修羅場にはなってないものの、もしそうなったらと考えてみれば、確かにどちらを選べば良いものか。三人仲良く……なんて言う選択肢は、この人の前には通用しそうに無さそうだし。


「ということで莉亜ちゃん葉月ちゃん! そういう雰囲気でなんかよろしく!」

「他人事だと思ってぇ?!」


 これが自作自演とかじゃなかったらどうなさるおつもりですかあなたは!?


「お。写真撮ってるんすかー。あーしも混ぜてくださいよー」

「こうせーい。葉月ちゃん達と何してるのー」


 月見里さんと薫がこっちにやってくる。これは何とか切り抜けられるチャンスかもしれん。


「そうだ戸水さん。写真ってことならまず集合写真撮りませんかね? そういうのも必要だと思いますし!」


 これ以上変な修羅場に発展されても困るから。俺が困るから。ここは何とかしてでもそんな事態になるのは避けたい、てか勘弁して。ここは別の方に意識を逸らさせて何とかなかったことにしてもらいたいなー。


「まだそういうのじゃないんだけど……」

「えーせっかくですし撮りましょうよー」

「そ、そうですよねー月見里さーん」

「なんか逃げようとしてない大桑君?」

「キノセイデスヨキノセイ」


 いやー大変だなー。選択を迫られた俺が。


「うわっぷっ?! 誰よいきなり!? はっ、この一撃まさか……蕾ちゃんだと言うのか! だったらもっとプリーズ!」

「はーい。私でーす」

「詩織ィ!?」


 いきなり戸水さんの背後からビシュウ! と水が飛んでくる。そこに居たのは蕾から借りたのであろう水鉄砲を持った槻さんがいまして。でもって振り向いた戸水さんの要求に対して、はいどうぞと言わんばかりに引き金引いてもう一発。今度はお腹に命中。


「あの大人しかった詩織が……どうしてグレてしまったというの?!」

「私はあなたの子じゃないわよ……」

「あぁ、なんてことだと言うの! まだお昼だと言うのに、私は悪夢でも見ているのかしら!」

「そーれ目覚ましにもういっぱーつ」

「あひゃん!」


 それからは楽しそうに水鉄砲の引き金をカチカチと笑顔で引く槻さん。

 まさか槻さんにまで蕾のドS体質が芽生えようとしているのだろうか。それはそれで手がつけられなくなるよ。数少ない常識人だっていうのに。もしくは今日のテンションで少し人が変わっているだけだと俺はそう信じたい。


「お兄ちゃん。あれってツッコんだ方がいいの? いつものお兄ちゃんみたいに」

「あれは……ほっとけばいいと思うよ」

「煌晴の言う通りだね。なんだか槻先輩楽しそうだし」


 葉月と薫も、考えてたことは俺と同じなようだ。てかいちいち色んなことに口出す体力もないっていうかそういう方面で使いたくないです。


「これ楽しいわねー宮岸さん」

「はい。楽しいですよ」


 その楽しいですよが単に水鉄砲で遊ぶことなのか、それとも戸水さんを己が感情の赴くがいじめることなのか。後者でないことを深くお祈り申し上げたい。


「それで何してるの皆は」

「ちょっと早いですけどこうちんが集合写真でも取らないかって」

「あらいいわね。あれこれやってると忘れちゃいそうだから、いいんじゃない?」

「そんじゃあ私のスマホで撮りますか。ひなちーはどこにいるんすか?」

「姫奈菊だったら……」


 槻さんが自身の左後ろの方を指さす。その先に見えたものはと言うと。


「我ならばここだ」

「何してんです?」

「見てわからぬというのか。この海岸に秘められし魔力を我がものとしようとしているのだ」


 なんか大袈裟なこと言ってるけど、実際は頭だけ出して砂風呂の要領で埋まってるだけだ。


「そういやひなちーに言われてこうしたの忘れてました」

「いや忘れちゃいかんでしょう。自分でやっといて」

「そういう訳で我は忙しいのだ。しかしそなたらの要望というのであれば、このヒナギク様が聞いてやろうではないか」


 かっこいいこと言ってるけど。今のあなたの状況を見ると封印されてやけくそ言ってるようにしか見えないという悲しさが。


「今から写真撮るんすけど……ひなちーそのままで撮ります?」

「……え?」

「それはそれでなんか面白そうですし。インパクトあるんじゃ?」

「そういうインパクトはいらないわよ! 撮るというのだったら早く掘り出して! このヒナギク様のこんな惨めな姿を経典に収めようというの!」


 このまま撮るよと言われて、素が出てキャラ崩壊? しだす干場さん。そらそんな格好で写真に収められるのは俺だって嫌だし。


「写真撮るって言うなら私を掘り出してからにしなさいよ! でないと我が下僕からの祟りが降りかかることになるわよ!」

「魔力供給は良かったんすか」

「今はどうでもいい! 私の尊厳が最優先!」

「月見里さん。流石に掘り出してあげませんか? 干場さん可哀想ですし」


 なんかもう見てられない。


「こうちんが言うなら仕方ないっすねー。そんじゃあ掘り返すの手伝ってくださいよー」

「わかりましたよ。静観はしません」


 不意に干場さんの身体に触れないように慎重に掘り起こすことに。十分ほど掛かってようやく掘り起こせた。それからはパラソル近くに集まって集合写真を撮った。

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