第74話 計画前にやるべきことが
「やっほーう! 夏休みだー!」
「やりたいことたくさんできるよりあ姉!」
テンション高いのは、俺の近くにも二人いた。ずっと一緒だったからよく知っているつもりだが、今日ばかりはこうもテンション高いのが一箇所に集まってヒートアップしてるとなれば、騒がしさが違う。
「先輩達、みんなすごい元気だね」
「その代わり騒がしいこと、この上ないけども」
「周りの迷惑にならん程度でなら、容認してやろうぜ蕾。もう既にめっちゃうるさいってのは事実だけれども」
さっきの別意味での叫びから始まって、今もうるさいよ。ここはそんなに防音されてる訳でもないから、多分周りとか他の生徒に迷惑かけてんのは間違いないと思う。まだ怒鳴ってくるやつが現れてないだけましなんだろうか。
てかそれにしてもだ。
「それ、さっきのやつか」
「どんなものか、気になったから」
さっき戸水さんが叩きつけたラノベを読んでいた蕾。戸水さんがあんだけボロクソに叩いてたってのに、よく読もうって気になれるな。
「そんな無理に読まんくても」
「人の意見だけじゃ……わからないことはある、から」
「そうだけだも……」
「それでも今回は素直にあの人の意見を聞き入れてもいいと思った」
今回はって。って言っても、普段から戸水さんを返り討ちというか正当防衛? とはいえボコボコにしてるあんたが言うと、それはそれで。
「二十ページ程サラッと読んだけど、よく言えばテンポがいいし。悪く言えば内容が薄い」
「はぁ」
「つまらないってのは私も同意見。無限ロケラン装備でゲームを進めてる実況動画を見ているような、そんな感じだと思う」
ゲーム内の最強チート武器を持って攻略となれば、簡単だけどゲームとしてはつまらなくなる。最初は楽しそうに見えて、後から飽きるやつなんだろうな。
もっともこのラノベの主人公の心境は、読んでいない俺にはわからんが。
「まぁその話はもういいだろう。もう完全に夏休みモード入っちゃってるから、そっち方面の話になるだろうし」
「……そうだね。これについて時間を割くのはもったいない」
拾い上げたラノベを、蕾はそっとテーブルの上に置いた。
ひとまず入り口に立ったままでは邪魔になるから、各々空いている椅子に適当に座る。
「さっき聞こえた叫びはなんだったの?」
「もしや古より掛けられた封印が解け、魔竜が目覚めたというのだな?」
「そんなことはないからね姫奈菊」
「どうもこんにちは。叫びについては、まぁ以前からのもんがついに解き放たれたってことで」
ある意味夏休みへの期待という名の竜が解き放たれたっていうのは、あながち間違ってはいないのだろう。
まだこの場にいなかった槻さんと干場さんもやってきて、これで全員が揃った。
「まぁそうなるでしょうね。若菜や湊、ずっと楽しみにしていたんだから」
「そう言うが、それは貴殿も同じことであろう詩織?」
「そうね。言い方はともかくだけど、楽しみなのは同じよ」
「そうでしょう詩織! ということで何するか早速会議を始めましょう!」
部活に入ってもう三ヶ月くらいにはなるけどさ。今更になって思う。これ部活なんだよね。放課後座談会じゃないだよね。
なんというかフリーダムというか自由奔放というか。似たりよったりな言い方になってしまったが、とにかく自由すぎるんだよなこの部活。
「ハイハイわかったから。でも夏休みの計画のその前に。やらなきゃいけない事があるでしょう?」
「ふえ? なんかありましたっけしおりん?」
「湊もとぼけないの。忘れてないでしょう」
「「……何でしたっけ?」」
二人してボケが過ぎるでしょう。てか見苦しいとまでは言わないが無理があると思うよその対応。
「部室の掃除よ。昨日もその話はしたじゃないの」
「あ、あー……そうねぇ、うん。そうだったそうだった」
「あー私もー忘れちってたなー」
もう完全に棒読みだし。わざとらしいし。たしかに昨日の帰りにそういう話は槻さんからされてたし。部長もそうだし先輩方が掃除から目を逸らしてどうするんですか。
「あーもうやだー。掃除めんどくさいじゃーん」
「決まりなのだから。文句言わない」
「今日はお堅いっすよーしおりーん」
「今日は何変わりないと思いますけども」
どんだけ掃除したくないんだこの人達。パッと見でやばいもんではないが、放課後の掃除でやる場所ではないからなここは。この機会にしなきゃならんのはごもっともだろう。
「嘆くでない。神秘をもたらせしこのヒナギク様にかかれば、いとも容易く解決して見せよう」
「おおーひなちーが神々しく見えるー」
「さぁもっと崇めるが良いぞ。私はそう、世に栄光をももたらせし……」
「ハイハイそういうのいいから」
「私のお告げは最後まで聞きなさい詩織!」
干場さんは今日も変わらずだ。
「ねぇ煌晴」
「どうした莉亜」
そんなやり取りをしていた先輩達を見てか、莉亜がこんなことを言い出す。
「槻先輩ってなんて言うか、面倒見がいいと言うかオカンみたいな感じがすると思うのだけど」
「確かにそうだよねぇ。槻先輩ってなんてすっごく頼りになるし」
「いい人……だと思う。名家の育ちってのも、あるのかな」
思えば俺らが入部するまでは、性格も振る舞いも見事にバラバラで、個性的な先輩方三人を取りまとめていたことになるのかな。
そう思うとこの人の能力半端ないんじゃなかろうか。
「こういう人らをまとめられるってすごいもんだよなー」
「カッコいいよねー。大人っぽいって感じで」
「葉月もこんな風になれるかなー」
葉月の場合はそうだなー。もうちょい兄離れしてくれるのであれば立派に見えるんだがなー。校内でも何ふり構わず俺を見つけたら飛びかかってくるのはどうにかしてもらいたい。
「葉月ちゃんなら大丈夫だよー。私が保証する」
「えへへー。ありがとーりあ姉」
「僕も槻先輩みたいに、かっこよくなれるかな?」
「どうだろうな。ともかく今するべきは、そういう話をすることじゃないと思うがな」
一年と二年で、それぞれ別の話が展開されてしまってるが、そんなことをしている場合でもない。
「槻さん。急がないと時間が無くなるんじゃ?」
今日は終業式と成績表の手渡しくらいしかやること無かったから、午前中で終わってる。
それでも掃除をするとなればそれなりに時間はかかるだろうから、早くしなくては完全下校の時間になってしまう。
「そうね。これだけ人もいるから、手分けすれば早く終わるかしら」
「そうですね」
「じゃあ皆揃ったから、早く始めるわよー」
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