漫画研究部の夏

第73話 テンション上がってますか?

 今日は一学期の終業式。明日から待ちに待った夏休みを迎えようと言うところ。

 思えば最近の部活、夏休みになったらあれをするんだ、これをしたいって言う話ばっかりだったなぁ。戸水さんや月見里さん。終業式の日が近づくにつれてテンション上がっていましたし。今日はどんなテンションになっているのやら。


「明日からがワクワクするよね煌晴」

「そうだな。ようやくやってきた夏休みだもんな」

「去年は受験で楽しむどころじゃなかったからね。勉強漬けの毎日だったんだから」

「……大変だった」


 去年は受験で、夏休みと言っても夏期講習続き。休みとはとても程遠い日々。仕方の無いことではあるがな。


「今年は去年の分もいっぱい楽しむんだ!」

「具体的には何するんだ?」

「んー……まだ決めてないや。これから考える」

「時間は沢山あるからな。今からでもゆっくり考えりゃいいだろ」

「そうだね。さーて何やろうか」

「おにーちゃーん!」

「お。葉月」


 着いたところで、部室の前でばったり葉月と莉亜に遭遇。


「明日から夏休みだねお兄ちゃん!」

「そうだな。葉月はやりたいことあんのか?」

「いっぱいあるよ! お兄ちゃんと遊んで、お兄ちゃんと花火見に行って、お兄ちゃんと海とかプールに行って!」


 要はいつも通りですね。


「葉月ちゃんは、煌晴の事大好きだよねー」

「葉月ちゃーん。私はー?」

「もちろんりあ姉も一緒だよ!」

「はづぅきぢゃぁぁん……‼」

「泣くなよみっともない。薫や蕾もいるんだぞ」


 例え二人が居なくとも、女としてダラしないってかやっちゃいけない顔してるからやめんしゃい。


「ともかく早く部室入ろう。今日は多分そっち方面の話になりそうだし」

「今日どころか、期末試験終わってからずっとそんな話だったけどね」

「それだけ先輩たちも楽しみってことだろう」


 部室の入口でずっと立ち話しててもどうしようもないので早いとこ部室に入ろうか。ゆっくり話をするにしても、その方がいいから。


「こんちはー……」

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 一年五人で部室に来て、ドアを開けた瞬間。聞こえたのは戸水先輩の叫びだった。

 あまりに突然だったもんで、皆固まってしまう。葉月はめちゃくちゃビクビクしてるし、蕾は無表情のまま両手で耳塞いでる。


「何いきなり」

「知るか俺に聞くんじゃねぇ」

「すごい叫びだったね戸水先輩」


 まずは何があったのか聞いた方がいいんだろうか。てかいきなり叫んだ人相手に、冷静に話ができるんでしょうか。

 なんて思っていたら薫が一歩前に踏み出して。


「何事ですか戸水先輩」


 そして発狂した戸水さんに聞くのだ。


「あ゛あ゛あぁぁぁぁ……って薫ちゃん達か。ごめんごめん」

「黒くてテカテカしたあれでも出ました戸水さん?」

「出てない出てない。そこまでこの部屋汚くないから。てか想像したくないからやめて」


 ぱっと思いついた理由がそれだったもんで。いきなり叫び出すあたりどうかしてるのかと思いますし。


「じゃあなんですか」

「原因はそれっすね」

「どれ?」


 部室の中で戸水さんと一緒にいた月見里さんが指さした先にあるのは、一冊の本。茶色のブックカバーがかけられているが、大きさと厚さからして文庫本かラノベであると推測できる。


「その本がどうかしたんですか?」

「内容があまりにクソすぎて、叫ぶ他ないんだとかで」

「そりゃいくらなんでも」

「具体的には?」

「ページの半分がよく分からんくて胡散臭い擬音で埋め尽くされる場面のあったド畜生ポンコツグリモワール」


 文章が壊滅級にヤバいってことだけは伝わりました。


「それからいかにもって感じの展開ばかりでなんかイライラしてくる」

「と、言いますと?」

「お前らこういう展開好きなんだろ? とか、敵を倒して俺かっこいいだろ? っていう作者の内心が主人公の心情描写に現れてるし、展開がご都合主義ばかりで気持ち悪い」


 話の詳細が見えてこないので、どういう話だったのか聞いておく。話すだけでも嫌そうな顔してるから、そうとうつまらなかったんだろう。

 ジャンルは流行りの異世界転移もの。


 主人公の黒凪颯馬は漫画が趣味の冴えない高校生。ある日颯馬は、見覚えのないボロボロの小屋で目を覚ますところから物語は始まる。

 それから神のお告げにより異世界に転移したことを知り、その際に貰ったチート能力をいかんなく発揮して世界中を冒険していく。


 戸水さんによるあらすじはこんな感じだ。まぁこれだけ聞けばよくありそうなやつだ。


「よく聞くテンプレとか、王道って言うんですか?」

「確かにそういうのは大事なのよ薫ちゃん。なんでも基礎というか元があるから応用があるのよ」

「そうですよね」

「でもそこから発展して自分なりの物語にしないと創作してる意味なんてないから。誰が好き好んでパクリや二番煎じを見たいと思ってるのよ。まぁ何が言いたいかって言うと……。クソ喰らえだよ微塵にも面白くなかったわ!!」


 よっぽどの事なんでしょうか。とうとう本を床に叩きつけちゃいましたよ。


「そこまで言うならなんで読んだんですか」

「表紙につられて買ったらしいっすよ」

「表紙……確かにいいイラスト」


 床に落ちた本を宮岸が拾い上げて、ブックカバーを外す。そして表紙のイラストをじっくりと見ている。


「私の好きな絵師さんなのよ……」

「あー。好きな絵師さんの絵につられて買っちゃうやつですよねー。私もよくあります」

「とまぁ……そんなクソラノベのことはどーでもよくてー!!」

「この切り替えの速さはなんなんだか」

「いつものわかちーっすよ」


 ポジティブなのか。さっさとそのラノベのことを忘れたいからなのか。


「明日から何がやってくる?」

「そりゃあ夏休みっすよねわかちー!」

「そうよ! てなわけで今日はその辺ばりばり語ってこうじゃあないのー!!」


 この人のテンションの上がり下がりが、よく分からない。

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