第70話 昔の私と今の自分

「やっと思い出せた。ある意味あのクソ野郎どものおかげではあるんだが」


 強い記憶というものは、また別の記憶をも思い出させてくれるらしい。なんとも不本意な思い出し方ではあったが。


「あの二人に趣味を否定されて、すごく悲しくて。大桑さんがあぁ言ってくれなかったら……って」

「ちなみに聞くが……ミリタリー趣味はその時から?」


 俺の質問にこくんと小さく頷いて答える宮岸。漫画趣味については男女問わずだろうから、おそらくあいつらにあれこれ言われたのって、そっちだろうなぁと。


「発端は?」

「お父さんに影響されて。カッコイイって思って。やっぱり、変……だよね?」

「そう思う理由が俺にはない」

「変じゃ……ないの?」

「むしろ今のこの部活なんて、変な人いっぱい居るだろ」


 いちいち一人ずつ説明していくと面倒だから名前はあげないけど、色々いるんだよな。振る舞いが変わってる人。


「他人に飛び火しそうな関係ない話になったけど、別に自分の趣味を他人にあれこれ言われようがどうでもいい」

「変な目で……見られても?」

「ほっとけ。自分の好きなもんを誰かに否定される道理なんかない」


 そんなことをするメリットがどこにあるというのだ。そいつは他人を嘲笑いたいだけだろ。何かと無理やりにでも理由をつけてケチつけたいだけだろ。暇人だろ、よくネットとかにいる面倒な人種なんだよ。構ってちゃん的な。


 あれこれ言われたからって、自分の好きなもんを切り捨てる理由にはならない。なんで知らぬ誰かに言われて自分を変えなきゃならんのか。

 お前はそいつの保護者にでもなったつもりか、傲慢なクレーマーの間違いだろ。調子乗んなクソが。


「でも……そう言ってくれたのは、大桑さんだから。あ……ありがとう」

「今更、そんなかしこまらんくても」

「そういえば……あの時はお礼、言えなかった」

「そうだったっけ」


 もう昔の過ぎたことだし、そこまで気にしないんだが。


「あぁ言ってくれたから、自分にちょっぴりと……だけど、自信が持てた」

「それなら……良かったのか?」

「今思うと、もっと早くに米林さんと知り合えたら良かったなって。そしたらって」

「どうだかなぁ。四年だとクラスは別だったしなぁ。それに」

「それに?」

「莉亜が漫画家志望を宣言したのって、六年になってからなんだよ。四年の時だと……多分まだそこまでのあれじゃないから……」


 六年の二学期始まったくらいに突然そう言い出したんだよな。きっかけは不明だが。

 それ以降俺は幼馴染として、手伝いというかモデルと称されては妙な頼みを聞き入れることになったわけで。


「そんときだと多分厳しかった……いや無理だったと思う。話が合わなかったろうし」

「そっか……」

「まぁせめて今からでもいいから、莉亜と仲良くしてやってくれ。最近はなんか見ていてどこかピリピリしてるとこはありそうだけど」


 何かと双方気に食わないことがあってか、衝突することがいつもの事なんですよ。もう七月に入ったけど、そこは変わんねぇんだよ。

 もしかしたら、の話だけどさぁ。小学校の時のまだ純情な感情の残っているうちに知り合っていたのなら、もうちょい温和な関係になっていたと思うんだけどなぁ。


「なんて言うか……あの人何考えてるかわかんないところあるから」

「それにあてはまりそうな人。うちの部活じゃいっぱいいるだろ」


 戸水さんとか干場さんとか薫とか。


「でも、私にとってはあの人……は特に」

「んー。あながち間違ってはないと思う。俺自身も時々手がつけられんくなるし」

「幼馴染でも、そういうこと……あるんだ」

「それくらいはな」


 ほんとにそれくらい。世話の焼ける幼馴染でしたよっと。


「なぁ、こっちからひとついいか?」

「何?」

「色々諸々考えちまうと……正直なところ、高校で最初に会った時ってどんな印象だった」

「えと……」


 こうして面と向かって昔のことを話していると、中庭で初めて接触した時のことを思い出す。思えばどんな印象だったのか。


「実は最初は……樋口さんだとは全く思わなくて」

「マジすか」


 最初から疑ってかかったのって、俺だけかよ。恥ずかし! あーあの時聞かなくてよかったー。変な恥かくとこだったよ。


「そもそも名字……違ってたから。そうだとは思わなくて」

「だよなー……」


 むしろなんで俺はその時点で、じゃあ違う。と決めつけなかったのか。


「そんで。いつぐらいから気が付き始めた?」

「一緒の部活に入って、過ごしているうちに……少しずつだけど。なんだかそうなんじゃないかなって思って」

「ほう」

「それで、いつの日だったかあの言葉を言われて……間違いない、って思って」

「……そっか」


 どうやら宮岸も、最初からあの樋口煌晴じゃないのかという確信はなくて。妙蓮寺高校での日々を過ごすうちに少しずつそうだと思うようになったようだ。


「打ち明けようか、不安だったけど。でも……そうしてよかったって、思ってる」

「あぁ。俺も、ずっとあったモヤモヤがようやく晴れたよ」

「こうして今は、大桑さんとじゃなくて……樋口さんとお話できるから」

「旧姓で呼ばれるの、いつ以来だろうな」


 樋口の姓を名乗っていたのは小学校を卒業するまで。中学からは大桑の姓を名乗っていた。

 特に話題に上がることもなかったし、これまでそのことを中学以降の友人や知り合いに話したこともなかった。


「それで呼ばれると、ますます小学校の時のことを思い出すな……ってどうしたいきなり顔赤くして」


 旧姓とともに、小学校時代のことを考えていたら、向かいに座る宮岸がの顔が赤くなっているのに気がついた。まだなんか恥ずかしくなるほどに言いたいことがあるというのか。


「あ、あの……ね。ひとつだけ……わがまま言っても、いいかな」

「わがままって。別にそんな遠慮することもないだろ」

「でもちょっと……恥ずかしい、から」

「だからそこまで気にせんくても。それでなんだ?」


 そう聞くと、彼女はあちらこちらに目を泳がせながらオロオロし始める。どんだけ恥ずかしいんだ。なんかこっちまで恥ずかしくなってくるんだけど。

 顔を赤くしたまま俺の方を向いた彼女は、今にも蒸気が吹き出しそうなくらいに顔を赤くしていた。それでも勢いに身を任せてか、いつもよりも少し早口で言った。


「あの、その……。こ、煌晴君って、呼んでもいい、かな?!」

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