第69話 あなたとの出会い
「助けたって。俺は別にそんな大それたことをした覚えなんざないよ」
暴漢から救った訳でもないでしょうに。俺そんな英雄でもなんでもねぇし。少なくとも男と取っ組み合いの喧嘩をした覚えはない。男とは、な。
腕組みながら昔のことを思い返してはみる。宮岸となんかあった思い出ねぇ……。
うん。何も思い出せねぇ。
「まぁなんだ。過去に面識があったってのはわかった。でもだ。スマンが何も思い出せん」
「……そっか」
「マジですまん」
そしたら宮岸はこう言うのだ。
「誰になんと言われようと、自分らしく振る舞うのが大事」
「そ、それって……」
「昨日、あなたに言われたこと。これを言われて、やっぱりそうなんだって……。そうするのが大事なんだって、思ったの」
「大層なこと言ったつもりはないんだけど。そんな心に響くような名言言ったつもりもないんだけど」
「それでも……そう言ってくれたのが、あの時の私は嬉しかった。大桑さんがそう言ってくれたから、今の自分がいるの」
今の自分ねぇ。普段が大人しいのは元からだろうし、ミリタリー趣味があったのはいつからだか知らんが。
でも俺はあんたがドSになるように仕込んだ覚えなんかはありませんよ。
「同じクラスになったのは、小学四年の時。五年に上がる前に、転校しちゃったから……それっきりだった」
「卒アルに名前がなかったんだしな」
「大桑さんは……忘れちゃったのかもしれない。でも私は……ちゃんと覚えてる」
話を聞きながら思い出そうとはしているんだけど。ホンットに思い出せん。そうしようとすればするほど、莉亜と葉月関連のことばかりが出てくる。
なんなのフィルター? それとも記憶のアクセス権限でも掌握してるのあんたら。って何言ってんだ俺は。
「前にも話したけど、同じ趣味で語れるような友達がいなかったから」
「いつだったか、サラッと言ってたな」
「もちろん、友達はちゃんといたよ。私の好きなことで語れるのが……っていうので」
「おう」
「でもそれで……たまに、ひとりでいる時もあって。その、ある時に……だった」
ちょっと話し方が悲しそうになったのがわかった。これまでは俺に昔のことを話すのが楽しそうだった。でも話す声が少し小さくなって、
「宮岸。なんか辛そうだけど、無理に話す必要なんかないからな」
「大丈夫。無理……してないから」
「だったら、いいのか?」
「うん。それで……黒田と南野って覚えてる?」
「あぁ。感じ悪い奴だったってのは覚えてる」
名前は確か、黒田恭大と南野圭一だったか。当時の同級生であれば、この二人の名前を知らない奴なんていなかった。いい意味ではなく、悪い意味ではあるが。
「いつもうるさくて、先生にはしょっちゅう怒られててて。あーまたアイツらかって、みんな思ってたろうな」
トラブルメーカー。騒音機。ガキンチョ大将。変なあだ名が学年内でいくつも広まってたっけ。
「なんか色んなことに突っ込んでたし、周りからのイメージっていいもんじゃなかったし。だいたいそれでよく喧嘩になって……」
そう言いかけたところで、うわぁってなった。なんで今になって急に思い出したんだろうって。
「……どうかした?」
「そういや一回だけ、アイツらに難癖つけられたの思い出してよぉ。なんだ貴様偉そうに偉そうにって、グチグチ物言いやがってそんで……」
そこまで記憶が蘇ってきて、今は宮岸の口から黒田と南野の話題が上がって。
「そっか……。それじゃあ……?!」
ようやく。はっきりと全てではないが思い出した。一度だけあの二人に絡まれた。いや正確には俺の方から首を突っ込んだんだ。
そのときそこにいた一人の女子生徒。それが当時の旧姓、小室屋であった宮岸だった。
記憶が確かであれば、小学四年の九月の頃だったと思う。
「樋口ー。片付け終わったら早く来いよー!」
昼休み。クラスの友達に誘われて、体育館にドッチボールしに行こうって。それはいつもの事だった。
その週は、俺の班は給食当番だったから、体育館に行くのは少し遅くなった。片付けを終えて、さて俺も体育館に行こうって思った時。教室の角っ子の方。二人の男子が一人の女子に絡んでいるのが目に入った。二人の男子は黒田と南野。そして座り込んでる女子。当時の名で、小室屋蕾。
何をしてるんだと思って聞き耳を立てていたら、何やら二人が彼女に色々言っているみたいだった。彼女を小馬鹿にするような発言ばかりだった。
「なんだよ女子がそんなもん」
「似合わねーんだよ」
二人が荒くれ者で色んなやつに迷惑かけてるって言う話は有名だったけど、実際そういう場面に遭遇したのは、あれが初めてだった。
それを見た俺は、彼女を放っては置けないと思った。莉亜と葉月がいたからだろう。ずっと二人と過ごしてきて、俺は二人のことをよく守っていた。だから女子が誰かにいじめられているってのを、黙って見てなんかいられなかった。
「おい。何やってんだお前ら」
「んだよ誰だ……ってお前かよ」
近づいて話しかけてみれば、なんだよお前うるせぇんだよっあっちいってろって。あれこれ言われましたよ。
「確か二組の米林と仲いいんだよこいつ。あと妹いんだよすごーくベッタリな」
「なんだよモテたいアピールかよ。いいとこ見せたいやつかよ」
「優等生ぶってんのかー」
「偉そうに上から言ってんじゃねーよ!」
黒田から始まって、二人はあれやこれやと言いたいこと、つば巻き散らかす勢いで言ってくるけど、俺はそれに対しては何も言い返しはしなかった。
してもどうしようもなかったし、てか聞いててどうでもよかったし。そんなもん今は関係ないんだから。
「お前らに、あの子の趣味とか好みをどうこう言える理由なんかないだろ」
「お前が言うなよお前だって無関係だろうが!」
「クラスメイトだ。少なくとも無関係じゃない」
「うるせぇんだよしつこい!」
南野の方が俺に手を出してきた。
「あぁもう腹立つ。行こうぜ黒田」
ムカついた俺を一発ぶって向こうの気が済んだのか。それとも相手する気が失せたのか。二人揃って教室の外に出ていった。
「……あ、あの」
「ん?」
「だ、大丈夫? ご、ごめんなさい私なんかのせいで……」
さっきまでのやり取りを目の前で見ていた女子。男子三人が大声で言い合いしてたから、ビクビクしていた。
「えっと……小室屋さんだっけ。そっちが謝ることじゃねぇよ。悪いのは向こうだし」
「で、でも……」
「これくらいなんともない」
ぶたれた頬はちょっと痛かったけど、これくらいなんともない。
「俺のことは気にすんな。そんじゃ」
「あの……!」
「なんだ」
早いとこ体育館に行こうと思ったが、小室屋に呼び止められた。
「変って……思わないの?」
「何が」
「その……女の子らしくないって、言われちゃったから」
「そんなもん知らん」
さっきあいつらにも似たようなこと言ったが、他人の趣味がどうだだの、そいつに何の関係があるという。
なんでそれが誰かにらしくないだの、似合わないだなどと言われなきゃなねぇんだ。
「他人の趣味にケチつける奴がそもそもおかしい。そんな奴の言うことなんか聞かなくていいんだよ」
「そ、そう……なの?」
「大事なのは自分らしく振舞うこと……って俺の母さんが言ってた」
「自分らしく……」
「そんだけ。後は知らん」
もう特に話すこともなかったから、そんだけ言って俺は体育館に向かったんだ。
それが俺と宮岸が初めて二人で話した、五分にも満たない出来事だったんだ。
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